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第3話 女装少年が見た鏡は曇ってる

 どうも。

 メンタルの防御力が薄っぺらいと人生九年目にして自覚した女装男子、スフィアです。

 皆様いかがお過ごしでしょうか。


 えー。我々、つまり冒険者一行は。

 そう、冒険者一行。

 美少女である俺。英雄フィン・マックール。フィンの部下セイルタ・キルトロナン。女騎士マクネッサ某。ベテラン冒険者ハゲのおっさん。他、七名。

 合わせて十二名ですが、襲撃を受けております。


『わたくしめの知らぬ語り口ですが、当世ではそういうのが流行っているのですかな?』


 いや。俺のテンションが戻ってないだけ。


『素直に認められるのは美徳ですな。偉い、偉い』


 やめろぉ! 俺を褒めるな子供扱いするな!


『ただの情緒不安定ではありませぬか』


 今ので落ち着いたから大丈夫だ。

 漫才はここまでにして、状況を進める。


 通廊で接敵(エンカウント)

 最前線に斬り込むのは金髪壮年の英雄フィン・マックール。

 天井に頭を擦りそうな巨躯の亜人型モンスターたちは、ただ立っているだけで道を塞がれたような威圧感を放っている。それでも彼は勝つだろう。

 そこで安泰にしたかったが、背後からの強襲があった。

 前衛に戦力を割くのは当たり前。中・後衛にはリソースを温存したい者、単に戦闘要員でない者だっている。

 じゃあ背後への備えは? 俺たちの役目だ。


「セイルタお兄さま! 小さいのは通してくださまし!」


 犬鬼コボルトに似たモンスター複数と斬り結んでいたセイルタの左右を抜いて、四足の獣が迫る。それとも獣ではなく、コボルトが本当の犬みたいに走っているだけだろうか。

 低く速く構えられる体躯。

 正面からは単純にパワーで、背後からはスピード重視の襲撃。モンスターのくせに良い連携だ。

 小鬼ゴブリン系モンスター相手にも取っ組み合いになれば体格差で負ける俺なので、技で有利を取れるのは一対一だけ。先手の一撃は譲れない。

 手中に小石をふたつ握る。


 手指をコボルトもどきに向けて、親指で中指に嵌めた指輪を擦る。起動。

 腕肘を曲げて、ローブとインナーの袖に仕込んだ紋様を歪ませ、重ね合わせる。調節。

 

輪蔵濁唱(マニ・グランジ)、成立」


 出力を絞って発射された小石は、二匹のコボルトの眼窩を正確に撃ち抜いた。

 傍から見ればただの指弾だ。

 いや、ごく小さな挙動の攻撃だ、見えたかどうか。


「ギャフゥッ」


 悲鳴を上げても怯まず噛みついてくるコボルトたち。

 片方は射線を空けて、背後からの援護射撃に任せる。

 もう片方は目を潰した側にまわりこんで、すれ違いざまに短剣で喉を貫いた。暴れるコボルトにとどめを刺せる腕力は俺には無い。

 短剣を手放して、顔面めがけ至近距離から指弾をもう一発撃ち込む。


 顔を上げると、残ったコボルトは援護の矢を受けて倒れていた。

 セイルタも相手を斬り伏せている。

 気を抜かず予備の短剣を抜き、俺も血の海でもがいているモンスターたちを仕留めていく。


『楽にする、苦しませぬ、と言うべきか。ずいぶん優しいとどめの手さばきなのですな』


 なんだそりゃ。

 害獣相手に優しいも何もあるもんか。断末魔の足掻きなんて食らいたくないから、反撃されないよう即効のとどめを入れてるだけだよ。


『それはそれは。わたくしめのときにも同じようにお願いいたしますぞ』


 はいはい。

 正面、前衛の戦いはもう終わりかけていた。

 フィンが剣を振る度にモンスターの巨躯がひとつ倒れていく。いや違う、今、二匹まとめて両断した。彼の金髪と剣の軌跡がひるがえって、何度も同色のきらめきを描く。


『アーティファクトの力だけではありませぬな。そう見せかけて力と手札を温存しているのでしょう。そういえばお嬢様、このダンジョンに入ってから、どこかであれに触れましたかな?』


 あれっていうのはフィンのアーティファクト、ナインライブズのことか。国宝級の代物だぞ、そんな機会あってたまるか。

 いや、そういえば。

 人違いで斬られそうになったときに触った。不格好な無刀取りで。死にかけた記憶だから思い出したくないけど。


『なるほど、そのときにわたくしめとお嬢様の波長が重なったのでしょう。こうしてお話ができるのはそのおかげですな』


 アーティファクトの影響だっていうのか? 触れたというか、ほんの一瞬以下の接触だったぞ。


『ふむ? お嬢様があれを使ったほうがよろしいのでは?』


 おっかないこと言うな。俺は庶民なんだよ。

 あんな歴史に名前が残っちまうレベルの代物を振るうなんて、絶対に嫌だね。あんなのフィンが引退したら博物館送りにしちまえ。

 などと念話で雑談しているうちに前線では、女騎士が最後のモンスターを倒していた。


「警戒を緩めるな! 負傷した者は報告しろ! その他、消耗がないか確認だ!」


 フィンの指示に従ってそれぞれが動く。

 数がいると相互に様子を見れていいよな。


『わたくしめもお嬢様をいつでも見ておりますぞ』


 ノリがわかんねえよ。気持ち悪いって言っていいボケなのかよそれは。


「どういうことですか!?」


 ノリがわらないのが追加でひとり。

 女騎士が強引に俺を抱きすくめた。相変わらず加減を知らないらしく、苦しいんだよな。


「なぜ、この子を危険な目に遭わせたのだ!?」


 フィンだけと言わず冒険者たち全員を糾弾する女騎士。

 ダンジョンの中で何言ってんだ。

 しらけた空気が流れる。それが別の雰囲気に変わってしまう前に、禿頭の巨漢が進み出た。


「いんや、嬢ちゃんはよくやってくれましたぜ。後ろの守りをこなしてくれたんだ、おかげで被害はゼロ。なかなかできることじゃねえ」

「そんなことを言っているのではない! 歴戦の冒険者たちが揃っておきながら、なぜ子供を危険に晒したのかと訊いているのです!」

「今は非常事態なんですぜ? 子供だなんだと区別しちゃいられねえ。猫の手も借りたいんだ。それに子供である前に嬢ちゃんは正規のランク持ち冒険者だ、区別する理由がねえんですよ」

「その冒険者とやらが言い訳ですか!? 情けない!」


 うわぁ。人に質問しておいて答えを切って捨てたよ。

 逃げられる状況でもないし仕方ない。


「お姉さま、ワタシは──」

「黙れ! 子供の意見など聞く耳持ちません! 貴方はすでに私に保護されているのだと自覚なさい!」

「嫌ですわよそんなの。丁重にお断りいたしますわ」

「な、なんだと……!?」


 女騎士は目を剥いて、美貌を台無しにした。当たり前の返答をしたつもりだったんだけど、そんなにショックかよ。

 ハゲのおっさんが顔を覆った。


「こ、子供のくせに、な、なんて生意気な、身のほど知らずな……! 子供ごときが、子供なのに!」

「子供扱いしてワタシの意見を尊重してくれない相手に保護されるなんて、御免に決まってますわよ」


『お嬢様。ご注意を』


 わかってる。女騎士から表情が消えた。きっと次の瞬間には剣に手が伸びている、だなんて物騒な確信があって。


「そこまでだ。申し訳ない、リブル・マクネッサ卿。ここは私が預かる」


 いつの間にか女騎士のすぐ隣に立っていたフィンが、彼女の剣の柄を押さえていた。正直、助かる。俺はよーいドンに強い相手には勝ち目がないんだ。

 おとなしくなる女騎士。逆鱗に触れた感じだったんだけどな。


「コナン。任せた」

「アイアイサー。報酬の追加、頼みますぜ。……嬢ちゃん、大丈夫か? あ、こりゃダメだな、ちょいと持ち上げるぞ。おーい、休憩! 嬢ちゃんはご休憩をお望みだ! 安全を確保しろ、水とメシを出せ!」

「え? ちょっとおじさま、まるでワタシのせいみたいな空気作るのやめていただけません?」


 とは抗議したものの、ローブの下では小さく膝が震えている。

 くそ。次はこうはいかねえぞ。モンスターとババアと幼馴染み以外から殺意を浴びるなんて久しぶりだったからな。


『どういう比較内容ですかな? もしかしてお嬢様、奇態な育ちをしていらっしゃる?』


 気づくのが遅いよ。

 冒険者たちは迅速だった。すぐ安全な場所に移動して見張りを立てる。おっさんに抱え上げられた俺が下ろされると、すぐさま痩せぎすの男が水筒を差し出して。


「うおっ。近くで見ると本当にかわいい」

「あら、やだ。美少女と言ってくださいまし」


 おっと、水どころかお茶じゃないか。

 薄い苦味が染みる。この鼻に抜ける香気は消毒作用もある、薬湯の入門編のはずだ。飲みやすいのでよくベースに使われる。


「ほれ。こいつも食べな。お前はあれだろ? このダンジョンから出たら、補給隊の復路といっしょに王都に行っちまうんだろ?」


 そうなのかな。そうなるのかな?

 ダンジョンの調査は一朝一夕には終わらない。子供の基礎体力ではついていけない。子供の技量では役に立たない。子供に合わせては進まない。

 もちろん俺は例外のつもりだけれど、それを会う冒険者たちに周知するのは手間だ。子供を保護しようって奴に、子供だと侮る奴に、単にどうして子供がダンジョンにいるのかと疑問する奴に、いちいち説明するのか? 全員が納得するまで? どんな罰ゲームだよ面倒くせえ。

 抜群ものの手柄を挙げたってそれからは逃げられない。正直、名案もないので王都でカルチャーギャップを埋めつつ勉強しながら考えよう、と思っていた。


『しかし王都とやらはお父上や女騎士めのお膝元なのでしょう?』


 そうなんだよなぁ。でも欲しい情報もあるんだよなぁ。どうしようかなぁ。


「このダンジョン探索で役目が見つからなければそうなるでしょうか。せっかくお兄様たちとお近づきになれたのに、ワタシ、寂しいですわ」


『そこでなぜ媚びを売るのですかな』


 ……はっ。や、やべえ、つい無意識に。美少女仕草をしていると、意味もなく機嫌を取るのが癖になっていて……!


『それはもう哀しきモンスターの域なのでは?』


 やめろぉ! 俺を哀れむな同情するな!


「お、おぉう? 体調悪いのかい? しっかり休んどけよ?」


 痩せぎすの男は俺の媚びに相好を崩しかけていたが、すぐにぎょっとした顔になって離れてしまった。また百面相を披露してしまったらしい。おのれ。この声が聞こえるようになってから、俺の美少女ぶりに傷がつき始めているんだが!?

 フォローは……ああ、もう! いいや、面倒くせえなぁ!


『はっはっ。そもそもの話、お嬢様の生家であるウィッチクラフト某? とやらめへの義理立てが不要でしょう。お嬢様の育ちざまはまるで被虐待児ではありませぬか。おっと、自由に生きるにしても、その自由とは何かがわからないお歳頃ですかな?』


 あ、すまん。露骨に煽られるとかえって冷静になる。

 不自由だって自分で選んだことだから、責任は持つし心配いらないぞ。


『うまくいきませなんだな。心の隙を突いたはずでしたのに』


 そうかよ。この闇側存在め。

 痩せぎすの男がくれた携帯食糧に齧りつく。ドライフルーツを練り込んだ固焼き棒クッキーみたいな代物だ。甘すぎの超高カロリーが不評で、WCCウィッチクラフトカンパニーでは有り付けなかった代物だな。俺は芋の次に好きなんだけれど。


『わたくしめもお嬢様に好いてもらえるよう頑張っておりますぞ』


 どの口で言うんだよ。たった今、おかしな揺さぶりを仕掛けやがったくせに。

 複数の視線を感じるが振り返らない。美少女は注目されて然るべきものだ。


『だからそのおかしな自己肯定は問題ではありませぬかな』


 フィン、ハゲのおっさん、セイルタ、女騎士、他いくつか。美少女はつらいぜ。でも俺は高嶺の花だから、気安くついて行ったりなんかしないけれどな。


『…………』


 おう、なんとか言えよ。下手なことを言ったら許さねえぞ。


 ダンジョン脱出後のことは後で考えればいい。今は集中の邪魔だ。

 俺の視線の先には、通廊の突き当り、物々しい大きな扉があった。

 冒険騎士ナイトフィンを擁する一団が苦戦なんてするものか。ここまであっさりたどり着いたとも。

 それはダンジョンの最下層、深奥の扉だった。

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