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第2話 女装少年はダンジョンどころじゃない

「よく戻った、スフィア。我が妹よ」


 などというトンチキな台詞で俺を迎えたのは、女騎士だった。あんたの妹になった覚えはないんだけど。

 まさか。すわボケジジイめ。王国の英雄ともあろう者が、そこまで放蕩の限りを尽くしていたのか?


「いやいや。そうはならないよね」


 疑惑の目をフィン・マックールに向ける俺の肩を、セイルタが軽く叩いた。


「貴様! その子から離れろ!」

「えっ? な、なんだい?」


 女騎士がセイルタの手を払いのける。


「幼い婦女子を連れ出して何をしていたか答えてみなさい、セイルタ・キルトロナン!」

「僕が連れ出した……? スフィアは婦女子……?」


 遠い目になるセイルタ。どういう反応だ、こら。


「お姉様ぁー。ワタシ、とっても怖かったですわぁー」

「あ、あのなぁ、お前!」

「お姉様。私がお姉様……」


 冗談で女騎士の影に隠れてみせると、大柄な体は震えていた。ダンジョン特有の悪い症状かと思ったが、すばやく抱きすくめられる。

 感想? すげえ重そうな総身甲冑(フルプレート)なんて着てるんだよ、この女騎士。


「痛い、痛い! ちょっとお姉様、鎧のエッジのところが顔に当たってるんですけれど!? 削れる、削れる!」

「そうだとも、私がお姉様です。お前は今日からうちの子だ……!」


 感極まって聞こえてねえよこの人! 顔面整形される! ギブギブ!


「リブル卿。彼女は我がマックール家の一員なのだが」

「いいや譲れません、フィン殿。この子はマクネッサで引き取らせていただく」


 そういう話は当人に相談して決めてくださいまし!? どっちにもついて行く気はありませんわよ!

 だなんて言葉にもならない。


『女騎士めの腕をぺちぺち叩いているのはどのような意味のジェスチャーですかな?』


 これはタップというかギブアップというか。でもローカルな限定スポーツ仕草だって母さんも言ってたような。

 いや、マジで解放してくれないかな。抵抗してもびくともしないんだが。女騎士は脅威のパワーキャラだった。


『朗報をどうぞ。女騎士めから周りの男たちへの殺意は増しておりますぞ』


 お前は朗報って言葉の定義が違う生き物かよ。本当なら女騎士の情緒がわからねえよ。


「あー、フィン殿さんよ、リブル殿も。よろしいですかい? 反対方向に行っていた斥候が戻ってきましたぜ。階層探知の結果も上々だ。今後の打ち合わせ、よろしいですかね」


 遠巻きにしていた冒険者たちの中から禿頭の巨漢が建設的な意見を出すまで、俺はヘッドロックされ続けていた。



◆◆◆◆◆



 ここは十五階層あるダンジョンの最深層だそうだ。あとはもう進むだけ。

 ダンジョンの深度探知に長けた魔術士が保証した。


『これは驚いた。当世にはそのような芸を扱う(まじな)い師がいるのですな』


 (まじな)いじゃなくて魔術な。


 フィン・マックールが首を縦に振る。ここまでのクソボケジジイ英雄さまの乱心ぶりを一般プロ冒険者の皆さんはどう思ってるんだろう。


「事前に宮廷魔術士が行った調査と一致する。王国ではここを中規模の資源ダンジョンとして維持、管理する予定だ」


 予想以上に正気じみた言葉に、何人かは早くも顔を引き締めた。


「このままダンジョンを攻略する」


 そうなるか。上層へと逆しまに踏破するよりはましな目論みだ。

 多くの場合、ダンジョンの最深層には帰還ギミックが置かれている。それで地上に戻るつもりだろう。


「俺が前衛に立ち続けよう。本来の攻略計画から外れるので、報酬の追加を約束する。それらを含めて相談のある者は今すぐ言ってほしい」


『この期に及んで金銭の相談とは。人というのは変わらぬものですな。深き強欲、尽きぬ暴食、いやはやとても結構』


 貶してるのか喜んでるのかどっちだよ。

 こいつ、絶対にダークサイド的な何かだよ。


『ベテランを自認する皆様はさっそく話し合いを始めているようですが、お嬢様はよろしいので?』


 お嬢様ってなんだ。もっと違う呼び方があるだろ。

 俺はいいんだよ。どう言い訳したって子供で、しかも途中参加なんだから。そんなのが主張してたら、文句のある奴が出る。面倒なことはごめんだね。

 何もかも実績を作ってから。この集団依頼はその一歩目のつもりだったんだけどなぁ。


『一歩目からつまづいておられるではないですか』


 本当にどうしてだろう。考えてみる。

 見ている先では、禿頭のおっさんが交渉の仲介に入っていた。

 疑問に沈んでしまいたいが、一端の冒険者なら動じずに当たるんだろう。報酬に食いつくのだって、きっと精神的なコンディション維持の側面がある。

 胸の中でぐるぐる渦巻くのは、先達への敬意になりきれない感情だった。もっとスマートに見栄を見せてほしいもんだ。

 面倒くせえ、とは思うんだけれど。


「俺の中で一般プロ冒険者ってのはハードルが高いのかもな」


 いや、高いのは俺の意識だろうか。余分なこだわりだ。傍から見れば、お高くとまりやがって、ってやつだ。気持ち悪すぎだろ俺。


『俺、俺、俺、と繰り返しとは。悩ましいものですな。よろしければ相談に乗りましょうぞ』


 正体不明の相談かよ。


『正体とな。わたくしめは……うーん……どうしましょうかな。そうだ。何を隠そう、わたくしめはこのダンジョンに封印された女神なのであります』


 へえー。そりゃすごーい。

 嘘も下手ならユーモアのセンスもねえよ女神さま。


『寸毫ほども信じておりませなんだな。よろしい。とっくり語ってしんぜましょう。あれは二千年前のこと──』


 いや。いい。話さなくていい。遠慮じゃなくて本当に聞きたくない。

 お前に油断してたまるか。

 護符を無視して頭に直接話しかけてきやがって。怪しい呪譚なんて聞かされちゃ、たまったものじゃない。


『これは感心しきり、危機管理ができていらっしゃる。さりとて正直なところ暇でして。わたくしめの話がダメならば、お嬢様の身の上話など聞かせてはいただけませぬかな?』


 視線の先、大人たちの相談は続いている。

 しばらく暇なのは俺も同じか。


 身の上話ねぇ。聞かせるというか、思い返すというか。

 人格形成も終わっちゃいない子供の半生だぞ、面白くなんてないんじゃねえのか。


『そうやって客観できる時点でただの子供ではないのでは』


 聡明であれ、愚鈍は許さないと躾けられて。子供らしくない、気味が悪いと罵られて。そんなろくでもない教育の結果だよ。

 俺の生まれ育った冒険者クラン、WCCウィッチクラフトカンパニーは女だけの集団だ。大なり小なり訳ありの人間しかいない。

 母さんは駆け込み寺の悪い部分のさらに掃き溜めなんて呼んだこともあったかな。


『寺とは?』


 神殿のことらしい。俺も知らない。

 男は俺だけ。そりゃ育ちに影響が出るよな。

 すっかり習慣になっちまった女装だって、初めはクラン構成員は女性だけっていう体面のためだよ。教育というか学習は必死にやって、それに応えてもらうというか過剰だったというか。

 身につけたスキルは俺の自慢だ。頑張って身につけたんだ。


『スキルとやらは、武術、呪術、薬学……。統一感がありませぬな。構築がどうのとセイルタめに文句をつけられぬのでは?』


 無意識を拾うなよ。

 そこは頭目の婆さんたち、いや、ババアどもに言ってくれ。

 物心ついた頃から冒険者登録して、クラン規模の依頼ならずいぶん参加した。ところがいきなりWCCウィッチクラフトカンパニーから放り出されたんだ。わけわかんねえ。都合のいい男に育つよう仕込んどいて気分でポイだぜ、やってらんねえ。老害らしい見事なダブスタ発揮しやがって。


『お嬢様は自分が育った集団を、クランとやらを恨んでおられますかな?』


 思い出すものがある。

 保護されたばかりのボロボロの女性が、死にかけのはずの体で俺の首を締め、欠けた爪を食い込ませてきた。鬼気迫る形相で号泣しながら、俺じゃない男への怨嗟を叫んでいた。その残し子には俺が殺したんだと悪罵の限りを浴びせられ続けた。

 そういう現実もある。だから。


 ……当たり前だろ。恨んでるよ。

 あいつら、九歳の子供を放り出しやがったんだぞ。世が世なら犯罪だ、育児放棄だ、ネグレクトだ。ふざけんなっつの。


『ほほう。子供? はて? 子供など、どこにおりますのやら?』


 ケッ。拗ねたガキに効果覿面の物言いありがとよ。


「スフィア? 大丈夫かい? フードの下ですごい百面相してるみたいだけど」

「セイルタお兄さま。……ワタシは悪い子ですわ。お兄さまに心配してもらえて、今、とても嬉しいんですもの」

「お前のその芸風は僕の胃に悪いよ」

「まあ。良い返しをしますのね」


 ちょっと元気になってるじゃん。

 歩み寄ってきた軽鎧の青年は、温厚そうな顔を崩さずに応えてみせた。


「お兄さまは相談に加わらないんですの? ……やべ、あいつと同じこと言ってますわねワタシ」

「僕が話し合いに混じってもね。HAs(ハイアングラーズ)に戻れば下っぱだよ。記録するべき要所が終わったから、お前に声をかけたんだけど」


 若造同士の考えなんて似たり寄ったりだな。共感をおくびにも出さず、眉をひそめる。


「ワタシ、そういう趣味はないって言いましたわよね? 脈はありませんわよ?」

「そんな返事が返ってくるだろうなって思ってたよ」


 お? 呆れやがったな? だがこれが俺の芸風だから一顧だにしないぞ。

 

「では、どうして?」

「どうしてって、心配したからだよ。変な顔してるって言ったろ? コナンさんも気にしてる」

「コナン……ああ、ハゲのおっさんですわね」

「口が悪いなぁ。彼にもそんなふうに?」

「不本意ながら、おじさまとは長いお付き合いですので。何度もWCCウィッチクラフトカンパニーに依頼を持ち込んでいるんですのよ」

「口が悪くても友達はできるんだなぁ」


 余計なお世話だこのヤロウ。

 というか、そうか。心配してくれるんだ。


「…………」


 いやいや。そんなの話の取っかかりだろ。リップサービスってやつだ。言葉にしてくれるだけ充分な果報だけれども。

 チクショウ。ああ、ちょろいなぁ俺。

 これっぽっちでそう思っちまうのか。


『所謂、愛に飢えたお子様ですな。もしや詐欺に引っかかった経験などありませぬでしょうな、お嬢様』


 お前、覚えてろよ。


「スフィア? やっぱり体調が悪いんじゃないのかい。顔を上げてくれ」

「うっさいですわね。ほっといてくださいまし!」

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