第15話 王都の銃声は連なって
とある大英雄の伝説において獅子は第一の障害だったという。
獅子には槍も矢も通じないが、大英雄はこれに格闘戦を仕掛けて組み付き、絞め落として倒してしまった。そんなのありかよ。これを皮切りに彼は多くの難題に挑んでいくが、それはともかく。
大事なのは、獅子には武器が通用しなかったことだ。
そして万能の堅守ではなく弱点があること。獅子という題材も俺たちには重なる。
「寓話とは、呪術にとって手がかりであり屋台骨なのです。そういう偉大な伝説が、あるいは悲劇や喜劇という前例があったという認識が、無意識の共有が、呪術をより強固にします」
比較的ましな師匠が語ったところだ。
教えはきちんと覚えている。題材を利用できる機会なのも幸いした。
だから、防げる。
アキュート。獅子の相を持つお前は、銃弾なんかには負けない。
◆◆◆◆◆
『なるほど理屈はわかりますがそれはそれこれはこれ無理にございます未知の武器は怖いので拒否権を痛い痛い痛い痛い!』
廊下を塞いでいる毛玉、というかアキュートに容赦なく着弾する銃弾たち。
眉間を割られても腸をこぼしても平気そうにしてたくせにどうしたよ。いや致命傷だったのはわかるけど、ダンジョンのときは態度に出してなかったろ。
アキュートのダメージはさておいて弾が貫通してくる様子はない。壁としては上出来じゃないか。実験成功だな。
『くぅ! 使い魔の立場をわからされていく!』
俺たちは狭い廊下で攻撃を受けている。銃撃、しかも連射というレア物だ。
連続する銃撃音は止まない爆音だが、こういう代物には装弾の隙がある場合が多い。射撃の空隙は音が知らせてくれる。
「畜生! 弾切れだ!」
……口頭で申告するのは斬新じゃん?
魔力を抜くぞアキュート。落差で酔うなよ。
たちまち廊下を塞いでいた毛玉が子猫サイズまで縮小化すると、バラバラと大量の弾頭がばら撒かれた。全て毛皮で止めることに成功、と。嬉しくなる結果だ。
『アキュートめはびっくりしたのですが!? いったい何ですかなあの攻撃は!?』
見た目無傷じゃねえか。骨や内臓を痛めたなら言えよ。
銃撃が連射されていたのは一分くらい。それを可能にした銃は……なんだあれ? 長細い銃身を束ねた代物だ。あの銃身全部から弾を撃つのか? 台座に固定されている形は、個人サイズの破城槌みたい。初めて見るぞあんなの。
驚いたけれど撃ち手が丸見えだ。廊下突き当たりの扉は、すでに銃撃で全損している。
給弾よりも俺の指弾の方が速い。
「ぐあぁっ!? お、俺の指がぁ!」
やべ。うまく当たりすぎた。手の甲を砕くくらいのつもりだったが、指先を弾き飛ばしてしまった。
「お、おおう? もう平気か? ギルマスは……返り討ちではないか、馬鹿者め」
廊下に伏せて頭を低く押さえた、模範的な防御姿勢のおサムライさんが起き上がる。服の埃を払いながら、
「そんなことよりも。あの銃弾を全てお前が防ぎきったのか、小娘」
「ワタシではなくワタシの使い魔がですわ」
「そこ、こだわるポイントか? しかし……うぬ……。いや、評価は次の機会にさせてもらうぞ。クインではないが某もお前に興味が湧いた」
「はあ」
「小娘。そやつに護衛はおらんから残身を解いていいぞ」
「そういうことでしたら」
俺も子猫を拾い上げて前へ。
しかしこの部屋、廊下も含めて迎撃のための構造だったわけだな? でも逆にギルドマスターを閉じ込める意図まで見えてしまうのは邪推か? 不便極まりない牢獄じゃねえか。
近くで見る、ええと、輪装銃? にゴツいなぁ、くらいの感想が出る。構造がわかれば機能美を感じるかもだけれど、銃口を向けられた側はたまらねえよ。
『ほう。これが大量の礫を飛ばしてきたと? いやはや、どうなっているのですか、現代の魔術は』
魔術じゃなくて工学技術だよ、とも言いきれないか。
工材生成や精密な組み立てを助ける魔術もある。どこかしらが魔術駆動なのもよくあることだ。
薬莢が散らばる部屋は、思ったよりも硝煙の臭いが薄い。換気がきちんとしているのか、魔術式の銃だったのか。
「いつまで痛がっておる。とっとと立たんか、ギルマス」
「ううぅっ」
身なりが良いようにも、すぐ依頼に出れる現役冒険者のようにも見える格好の男。仕立ての良い服であるのは確かだ。
目の下の隈がひどい恨めしげな視線と、目が合う。
「やっぱり魔女じゃねえか、畜生! 見間違えるもんか、あのときみてえにはいかねえぞ!」
「……納得ですわ」
『いきなり何をですかな』
俺だけ納得っていうか説明が難しいんだよな。出会い頭の魔女呼ばわりでピンと来た。
俺の師匠たちは、他人の姿に化けるんだ。
『それは……アキュートめも納得いたしましたぞ。ご老体たちの狼藉のツケが、お嬢様に降りかかっているのですな』
でも、どう説明すればいいんだよ。
『そうですなぁ。うぅむ?』
ギルドマスターだという男の傷を手早く消毒し、包帯を取り出しながらおサムライさんが訊いてくる。
「おい小娘。お前、魔女だったのか」
「人違いなんですわよねぇ」
「嘘をつけ魔女め! 四年前と変わってない姿で、よく言えたな!」
「四年も姿の変わらない子供なんて普通いませんわよ」
「それこそお前が魔女だって証拠だろうが!」
「そうかもですけれど。ギルマスさん、でいいんですわよね? 魔女と面識があるんですの?」
「てめえ……! 四年前、俺にした仕打ちを忘れたってのか!?」
そりゃお気の毒。
ババアの人と為りを知っているのなら話が早い。
「もう面倒なので人違いを証明しますわね。……ヘカテーは不細工クソババア」
ひゅっ、とギルドマスターの喉がおかしな音を鳴らした。顔色は真っ青で、せわしなく瞳を動かし辺りを確かめている。
重症じゃねえか。心を折られてやがんの。
「おサムライさんは四年前とやらのお話、ご存知ですの?」
「いや。某たちBWlzは昨年に帝国から拠点を移してきたばかりのクランでな。噂でよければ話してやれるが、よく知らん」
「さっきの話は全部噂でしたの? まあワタシも初耳なんですわよね、ババ、んんっ……。お師匠様が王都に来ていたなんて。しかも勝手にワタシの姿を借りて」
「ほーん? 王都ギルドが受けた大規模合同クエストを横からかっさらったらしいぞ、そのヘカテーとやらは」
「あ。その名前を口にするのは危ないので気をつけてくださいまし。呪われますわよ」
「こ、心得た」
慌てて口を押さえるおサムライさん。
しかし、ババアたちが王都圏に来ていたねぇ。
「一番、槍で暴れた。二番、薬草の生育域が壊滅した。三番、呪い由来の病魔が蔓延した。どれですの?」
「砦と関所、その周辺の街道が大きく直線状に吹っ飛んだのだとか。まあ眉唾だろう。某は修復後の姿しか見とらん」
おサムライさんが口を覆ったまま、もごもご喋る。
「わかりやすいですわね、一番ですわ。お得意の投げ槍ですわね」
「……某、何も聞かなかったことにして帰っていいかぁ?」
「か、帰るな! 俺を魔女とふたりにしないでくれえ!」
袴にしがみつくギルマス。
なんつーか、もう何もかもダメくさいな? おそらく俺の無実は証明できない。ギルマスがこれだ。魔女疑惑が解けても別の誤解が生まれるだろうし、関係者なのも事実だ。とっとと王都から出ていく算段を立てたほうがいいか。
「そもそも誰もギルマスさんを助けに来ないのは、どういうことなんですの。ワタシ、厄介魔女だと思われてるんでしょう?」
「お、俺はぼっちじゃないぞ! 化け物の相手は俺ひとりで充分だ!」
「だったら某の足を離してくれんかな? そうすれば少しは事態の収拾に協力してやらんでもない」
おサムライさんは懐紙に筆で何事かしたためると、軽薄に手を振ってみせた。その指先には蜂が一匹とまっている。
「と思ったが、やっぱりめんどい。後はがんばれよ小娘」
「ちょっとおサムライ様?」
「あっ! こ、この野郎!」
俺とギルマスさんの声が重なる。
瞬間後には軟弱なサムライもどきの姿が消えて、軽レンジャー装備の真面目そうな女性に入れ替わる。
首元には置換転移の焦点になるペンダント。背には使い魔たちを収めた背嚢。クランBWlzのリーダー、クインさんだ。
「メリサ、後でソフト牛裂きですね」
「処刑の話ですの?」
「彼、そのくらいしないと堪えないんですよ。図太いんです。早めの再会になりましたね、スフィア、アキュートさん。……ギルマスは離さないとセクハラで訴えますけど」
「ち、畜生!」
クインさんの足元から弾かれるように離れるギルマス。懐に手を入れようとする動きが、半端なところで止まって硬直した。
いつの間にかギルマスの手と眉間に、大ぶりの蜂がとまっている。
「私、こういうの嫌なんですけど仕方ありません。……メリサはきっと今ごろワスプとハニーにあることないこと言ってます。困ったなぁ」
「クイン! お前は冒険者なんだから味方だろうが! 俺はギルドマスターだぞ!?」
「拳銃を抜いたら刺しますけど。目に行きますからね」
「き、恐喝だ! それもギルドへの──」
「先にご自慢の軽ガトリングぶっぱなして何言ってるんですか。スフィアは先の件で手伝ってもらいましたし、コナンさんから護送を任された子でもあります」
「──なら、ギルドマスター権限で依頼は終了したものとする。お前らのクランと魔女にはもう何の関わりもない! だから!」
「そんなことだからコナンさんがギルマスをやればいい、なんて言われるんですよ」
「お、お、お、お前! 限定Aランク止まりのくせに! 帝国のスパイめ! 次は商人どもに情報を売るんだろう!? 王都の内患め、俺は初めから怪しい奴らだと思ってたんだ!」
話がころころ変わるじゃん。
欠伸を始めてしまった子猫を頭に乗せる。俺もめいっぱい欠伸したいなぁ。
「ギルドマスターになるほどの経験を積んだ上での私見ですね。私は尊重しますけど……スフィア。冒険者ギルド以外にも登録がありますよね」
「あ、はい。錬金ギルドの薬学部と商人ギルドに籍を置いていますわ」
冒険者はスキルに応じて複数のギルドに籍を置くのが普通だ。少なくとも商業連合国では。
初耳で驚いたみたいな顔しないでくれ、ギルマス。
「ではギルマス。依頼の見積もりの話をしましょうか。依頼の内容は、スフィアの潔白の証明について。各ギルドでの働きの履歴調査と、計画的な監視によってそれを行うことを提案します」
眠気なんて引っこんだ。
ちらりとクインさんが振り向いて見せてくれたのは、おサムライさんの達筆による留め書き。あいつ、ただ面倒くさくなって逃げたんじゃなかったのか。
クランリーダーの言葉として提出しろ、と強調された留め書きの内容は以下のもの。
「そして内部監査特員コナン・マウルの名義において、単独C級冒険者スフィアを失うことの損失と、今後も彼女が活動し続けることによる利益。ギルマスの唱える危険と、その信憑性。それらのバランスを試算、計上しましょう」
ギルマスは憎々しげにクインさんを睨みつける。
助けてもらえるのは嬉しいけれど、やばい。監視って言ったよな。
『いかがしました、お嬢様。今さら見られて恥じる心などありませぬでしょうに』
覚えてろよお前。いや、それどころじゃなくて。ほら。
俺、女ってことで登録しているんだよ。
『それは……やばいですな?』




