第14話 王都ギルドの女装少年
「WCCからの脱退手続きをお願いしますわね。長期の単独行動みたいな暫定処理でなく、永久脱退で進めてくださいまし。ワタシ、もう帰るつもりはありませんので」
場所は王都の冒険者ギルド。カウンターの職員女性は困った様子で答える。
「お嬢ちゃん。お父さんかお母さん、保護者の方は一緒じゃないの?」
いきなり子供扱いときた。
事実子供だけど。
『アキュートめの出番のようですな』
嫌だよ。お前の出番は最後の手段だ。
『なるほど。……最後とはいつですかな? 五分後くらいでしょうか』
頼むから引っ込んでろ。
俺はよそ行きの笑顔で、職員のお姉さんに立ち向かう。
「ワタシは集団・単独ともにC級の冒険者ランクを保持していますわ。C級以上になれば年齢や種族による自己判断の制限が外れる。つまり自分のことは自分で決めれる規則ですわよね」
「うーん。でも、貴方は子供でしょう?」
正論が通じないときた。
善意で言われているのはわかるから、どうしようかな。
「もういいですわ。後回しにしますわね。この封筒の確認、よろしくお願いします」
「ああ、はい。ギルド宛てですか? 先に出してくれれば……送り主は……コナンさん!? 封蝋の印もきちんとしてる。あ、貴方、何者なんですか?」
「それはWCC所属の時点で訊いてほしかったですわ」
「まさか本当なんですか!?」
大丈夫かこのお姉さん。そもそも俺の話を信じてなかったのかよ、きちんとギルドカードを提出したよな。
でもハゲのおっさんの名前が効いたのはありがたい。今度会ったらちょっと優しくしてやろう。
「だから某たちの用が終わってからにしろと言っただろう。理由もなく忠告したわけではないのだぞ」
横から割り込んできたのは着物に袴、腰に大小の刀を差した、侍っぽい格好の青年。
王都に来る前に世話になった準A級クランBWlzのメンバーだ。辣腕なのは確かだが顔が柔和すぎて、いっそ覇気に欠ける域まで入ってしまっている。
「誰がへっぽこだ貴様ぁー!?」
「言ってませんわよ」
被害妄想を疑っていいか?
「メ、メリサさん!?」
受付のお姉さんに名を呼ばれて、おサムライさんが顔をしかめる。そんな名前だったのか。
「某を名で呼ぶでないわ。この小娘の身分は保証してやる。ギルドカードの記載に偽りはなかろう。少なくとも某たちと行動を共にして以降はな」
「一週間ぽっちの保証じゃありませんの」
「うるさいな。クインに言われたから駆けつけてやったのだ、こんな手間など某は御免だというのにだぞ」
「助かりますけれど胸を張って言うことですの?」
俺を無視して眉間のしわを深くするおサムライさん。その表情で迫力が出ないって大概だろ。
「ええい、何を見ておるか。封書を然るべき部署へ届けろ、小娘のギルドカードを詳しく確認しろ。ぼさっとするでないわ」
「あ、はいっ。いいえ。その、ですね」
「なんだ。はっきり言わんか」
「……は、はい。こちらへどうぞ、クランBWlzのメリサ様。クランWCCのスフィア様」
「ワタシはそのWCCから抜けたくて来たんですけれど」
「慌てるな小娘。順序というものがある」
「そうなんですの?」
「そうだとも。筋道にのっとるのは楽しいなぁ」
見上げたおサムライさんの顔は、歯を剥いた喜悦に染まっている。そういう顔のが様になるお兄さんなわけか。
彼の視線の先は、受付のお姉さんが開こうとしている扉。
「こ、こちらへどうぞ、おふたりとも。この先がギルドマスターのお部屋です」
◆◆◆◆◆
「それにしても、お前、まったく。後で覚えてろよ小娘」
「なんですのよ、いきなり」
歩きながらおサムライさんが息を吐く。
扉をくぐった先の廊下は妙に狭い。ふたり、すれ違うのがやっとくらいだろうか。闖入者との戦闘でも想定してるのかよ。
「広い受け付けカウンターでやらかしおって。お前、注目を集めていたではないか」
「そうでしたの? あー、ワタシ、鈍感なんですわよ。申し訳ありませんでした」
『衆目に高揚するお嬢様の性分、アキュートめはどうかと思うのですが』
ほっとけ。
緩みそうな頬を押さえる。
「悪意や害意にまで至らない目線には鈍感か? 気取りおって。悪意なしに攻撃してくる輩などいくらでもいるのだ、いつか痛い目を見るぞ」
「むしろそういうのが慣れてるんですわよねぇ」
「んあ?」
サムライの青年は間の抜けた声を上げたが、まあいい、と仕切り直して。
「小娘。お前、受け付け嬢のお前への申しざまをどう思った?」
「子供が間違いを起こしにくい、良い判断だと思いましたわ」
「そうだなぁ。間違い、それも子供のな。まったくその通りだ」
「……何かあったんですの?」
「うむ。王都の恥部などとぬかして口をつぐむ連中もいるが、知っておけ。ギルドカードの内容を勝手に書き換えたり、金でランクや経歴ログを買ったり、ひどいときにはギルドカードその物を偽造していた時期があるのだ」
「ちょっとちょっと。マジですの」
元々、ギルドカードは鑑定系のスキルを賜わった転移者が自分の能力を鑑定、その仲間たちと解析・改造・量産したのが始まりだという。
偽りができないはずの身分証。本人照合の手段。
地方によっては住民全員が登録している代物だ。
「古い話だ、今はやっておらん」
「古いって、摘発は終わっているんですわよね? 済んだ話なんですわよね? 嫌な予感がしますわよ」
「勘が良いな小娘。この話、売り主は冒険者で、買い主は貴族たちでな」
「うげえ」
王都の貴族には冒険騎士フィン・マックールに倣って、冒険者として民を助ける風習がある。それが近世代の高貴なる者の務めの一形態だ。
王都の貴族には、そんなポジティブな評判があった。商業連合国にも善評は届いていたんだ。でも、いざ王都にやって来て蓋を開けたらこれだよ。
ギルドカードの経歴ログを書き換えるって言ったよな。
手柄を買えるってことじゃねえか。
「鎮静化は迅速だったらしいぞ。どこまで捕えられたのか、その過程にまつわる様々な噂の真贋までは知らんが」
「聞かなきゃよかったですわ。リゾート観光地の暗い裏事情みたいになってるじゃありませんの」
「そして鎮静化したので次だ」
「ワタシ、もうお腹いっぱいなんですけれど」
「簡単に功績を作ることができなくなったので、貴族たちは新しい方法に走ったのだ。急促進育成と、寄生冒険だ」
「それ商業連合国ではピーナッツとかパラサイトとか呼ばれるやつですわよ」
「専業スキル特化型や集団行動の専門家も居るから某は悪いイメージはないが……そんな育成方法が普通だと思っている世代が出来上がりつつあるのも問題だろう。専業が閉じれば他派を軽んじるようになる。まあ、つまりだ」
視線が合う。
といっても俺はフードを下ろしているので、おサムライさんが俺の顔を把握しているかは微妙だ。話をしてくれてはいるがこの人、俺を警戒しているような気がする。
「お前はそのあたりを受付嬢に疑われたのだ。年齢不相応な冒険者ランクを持ち、王都に馴染みがなく、後ろ盾の保証もない。……役満ではないか! 怪しすぎるぞ小娘、いったい何者だ貴様ぁ!?」
「一人で盛り上がらないでくださいまし」
数歩を前に出る。
一本道の廊下なので、受け付けのお姉さんはもういない。突き当りの扉まであと少し。
『お嬢様?』
パンクするなよ。ローブの前を開いて、戸惑ったままの子猫を前に行かせる。
そこへ全開で魔力を注ぎ込んだ。
「うおぉ!? 急になんだぁ!?」
俺の使い魔アキュートは、一息に獅子サイズになる。さらにそのレベルを越えて、大きく丸く、獣の姿を崩しながら膨らんで、みっしりと廊下を埋めるほどに肥大化する。
おサムライさんが驚くのも当然だ、毛玉の壁で廊下を塞いだ形になったんだから。
『肥大化とは婦女子に対して用いる言葉ではありませぬな。お嬢様、抗議いたしますぞ』
え……? お前、婦女子扱いしてほしかったのか?
『い、いちばん傷つく反応を! さすがはお嬢様!』
それは悲鳴かよ。それとも喜声かよ。
ともかく前に騎乗したときとは違う。あれは拙速重視のため好きに魔力を食わせていたが、今は方向性を持って魔力を注いだ。
「おい小娘! これはいったいなんだ?」
「あぁん? メリサもいっしょにいるのか?」
返答は聞いたことのないくぐもった声。
巨体化したアキュートの向こう、あの扉からだ。
「おいギルマス! 某をその名で呼ぶでないわ!」
「チッ。まあいい、もろともに──」
届いてくるのは鉄の駆動音。先に気づいていたのは火薬の臭い。もっと前に確信があったのは敵意だ。
「──死ね! 魔女のクソババアが!」
銃声が大音量で、しかも連続で鳴り響いた。




