第13話 魔女の集い、動かず
SIDE∶?
「スフィアを追放したよ」
「はい? ああ、冗談よね。いえ、槍のは冗談なんて言えないわよね。特にあの子に関しては。……あっ、じゃあ? はい!?」
「お前は愉快な奴だ、薬の。スフィアを追放したと言ったんだぁよ」
「どうして!?」
活動範囲の広い大規模クランにとって、組み立てテントはありふれた移動拠点だ。クラン長のテントともなれば並みの家屋よりも広く大きい。
「ふふ。なぜ声を荒げるのだい。なぜ薬のが慌てることがある」
「このっ……いえ、そうよね、そうだったわよね。槍のはそういう奴だったわね。冗談を言えなくとも人をからかえるもの」
「私の報告をからかい扱いとは心外だぁな」
「言ってなさい。それで? どうしてそんなことをしたのよ」
「スフィアのWCCへの帰属意識を確定させるためだぁね」
「……続けて」
薬の、と呼ばれた声が落ち着きを取り戻して、先をうながす。
話が続くはずだったが、
「ほら! 誰もいないわよ、嘘つき!」
「でも声がしたんだもの。やめようよ。誰もいなくてもダメだよ、長老様たちのテントに無断で入るなんて」
「怯えてるんだ? びびりじゃん!」
ふたりの侵入者があった。どちらも子供で女の子だ。生意気盛りと、怖がりの組み合わせ。
ふたりは誰もいない大テントの内をぐるりと見まわす。
「初めて入った。広いのね。これを留守がちの長老様たち三人だけで使ってるとか、ズルい」
「ね、ねえ、なんだか寒くない?」
「えー? 冷房とか使ってるのかな。やっぱりズルい」
「そういうんじゃなくって。戻ろうよ、お使いはいつもみたいに、スフィアにやらせればいいよ」
「そのスフィアが家出なんてズルしてるから私たちが叱られたのよ。ごまかす道具くらい欲しいじゃん、アーティファクトとか」
「そんなの本当に叱られちゃうよぉ」
「だから帰ってきたらスフィアのせいにすればいいんだってば。ていうか、最初からぜんぶスフィアのせいじゃん」
「うん、それなら……」
言いたい放題しながら家探しをする子供ふたり。証拠を消す能がない自覚はあるようで、家財道具に触れるのは最低限だ。そんな探し方で何かが見つかるはずもなく。
だから、あっさりそれにたどり着いてしまった。
テントの最奥。
小さな祭壇と、その上に載ったぶ厚く青白い深皿、立てかけられた朱槍。
「……何これ」
「さ、寒い」
「まだそれ言ってるの? しつこいわね」
「さ、触っちゃダメ!」
片方が理由もわからないまま制止した。片方は聞く耳持たなかった。
「これだけ立派な得物なら、兎なんかじゃなく鹿や猪だって仕留められるわよ。道具は使ってこそだって……おっとと、意外と重いわね」
「大丈夫なの? 槍なんて使えるの?」
「はあ? スフィアにできることが私にできないわけないじゃない」
「そ、そうだけど。──危ない!」
槍を持ち上げたが、重さを受け止めきれず倒れる。体を支えるのにも失敗したようで、肩から絨毯に埋まるように倒れ込んだ。
何をしているのか。これだから親なしはダメだ。
「祭壇にぶつからなかったのは幸いだったね。ほ、ほら、立とうよ。こんなところ、もう出よう?」
倒れた少女からは反応がない。
白目を剥いて、口端から泡を吹いている。
「もう。また冗談。本当にやめて」
やっぱり卑しい子はどうしようもない。こんなことで心配させて、びっくりした? だなんて嘲笑うんだ。それでマウントを取ったつもりになれるんだから救いようがない。
私は怖がりだけど、馬鹿にだまされたりなんてしないんだから。
起き上がるのを待つ。生意気な台詞を吐くはずだった口からは、泡がこぼれ続けて絨毯に染みができる。
「……嘘」
どうやら嘘ではないらしい。
そんな考えに至って最初にしたことは、保身だった。
周囲に誰もいないことを確認する。誰にも見られてない、私のせいだと言う者はいない。誰も見てくれていない、私の無実を証言してくれない。
どいつもこいつも役立たずばっかり!
限界になりかけた頭が、ある物を見て止まる。
立てかけられた朱槍。
さっき、生意気な子が手に取ったはずの槍。どうして、最初と同じく祭壇に立てかけられたままになっている? どうして、倒れた女の子と同じように絨毯に投げ出されていない?
どうして、こんなに寒い。外の草原は暑いくらいなのに。吐く息が白くけぶるだなんて。
どうして、この朱槍はこんなにも冷気を発しているんだろう。
「ひっ!」
そこからは即座の行動だった。
痙攣しだした子を担いで、火事場の底力と言ってもいい勢いで逃げ出していった。
証拠隠滅? 死地でそんな余裕のある奴がいるものか。
あとには無人のテントがあるだけ。
「フン。それぇで、何の話だったか」
いや、すぐに、槍のと呼ばれていた老婆の声がした。
「その前に、さっきの子。スフィアにできることは自分にもできると言ってたわよね?」
「そんなわけがあるかぃ。スフィア以上の巫女なぁどいない」
「もし巫女の代用品として通じるのなら、教育するべきよ」
「だぁから、そんなわけがあるか。スフィアの他は遙かに劣る落第生ばかりだ。忌々しいことぉにね」
「予備の保険の実用性について語るべきかしら?」
「おい、呪いの。薬のがしつっこい。黙ってないで何とかしろ。小娘の心の声なんぞ受信せんでぇいい」
祭壇がわずかに揺れる。
「スフィアは帰ってこないでしょう」
みっつめの老婆の声は落ち着いていた。いっそ人間性が欠け落ちているのではという域に入っていた。
「ほら!」
「薬のぉを調子づかせろとは言っていないぞ、呪いの。……お前らぁ、そろって私の判断を糾弾するのか。それとも相談がなかったから、腹を立てて文句をつけているぅだけか?」
「わ、私はそんなことないわよ」
「スフィアの帰属意識について説明を求めます」
「ああ。やぁっと話が戻ったな。──あれはガキだ」
息を吐く。それは話題にしている少年とよく似たため息だ。
「育った環境の外ぉを知らん。物を知らず、判断の材料を知らん。そのくせ生意気で、育った環境の内だぁけで通じる反抗のふりをしたがる。それがあいつの全てだ。ほぉら、子供で、ガキだぁろう?」
嫌悪を隠さずに評した。
「……そういうふうに育てたのは私たちよ」
「薬のぉ。罪悪感を感じているふりはやぁめろ。反吐が出る」
「私は話の続きを求めます。スフィアが子供であるのはただの事実です。それと帰属意識の関係についての説明を求めます」
「生まれ育った環境の外で、しかも一人で生きられる子供ぉなんぞいない」
「でも何年か前から、スフィアは美少女を自称していたわよね? あれは外でも通じる価値観ではないの?」
「突飛なことぉを言うな薬の。あれは男が自分だけ、周りは女だけの環境で、必死に自分の価値を得ようとしたぁだけにすぎん。女の格好までしだしたぁのだぞ。滑稽な媚びへつらい、WCCに帰順したがる姿以外のなぁんだというのだ」
「そうでしょうか」
声が止まった。
わずかな緊張の気配を感じて、笑い飛ばす。
「ハッ。よせ、呪いの。言霊というのだったぁか? お前が言うと洒落にならん」
「あら懐かしい。スフィアの母の、モリガンの言葉だったかしら」
「槍の。薬の。貴方たちの言う通りスフィアは子供ですが、同時に男です」
「だぁから、よせというに。毛も生えていない小僧が男のうちに入るものかよ」
「まあ。やだ」
「…………」
「ガキに自立の能はない。だから他の能があっても、結局どこかで耐えきれず、泣きべそかいて家に帰ってくる。そのときに言ってやればいい。そぉれ見たことか、お前ごときが生きていける場所はここだけなのだぁ、とな。これが私の考える帰属の形だよ」
「まあ、よそでどうにかなれる子ではないものね。そのあたりどう思うのかしら?」
「……スフィアの原動力たりえるもの。WCCでは発揮できなかったもの。……例えば、道連れへの見栄、でしょうか」
「クッ」
意識して笑おうとしていたのが、堪えきれない笑いに変わる。
「クックッ、クハッ! ハァーッハッハッハァ!」
大型の組み立てテントが揺れる。内からの圧が柱を揺らし、飽和した何かが外へと漏れた。
怖がりの子供だけでなく、クランに所属する女性たちの全てが身を低くして、頭を抱えてうずくまる。
嵐が過ぎ去るのを待つ無力な姿だった。
あの子のせいだ、と誰かがこぼして、またたく間に全員が同調する。
スフィアのせいだという怯えと怒りの声が充満する。子供だけでなく、大人が率先して糾弾の声を上げる。帰ってきたらどうしてやろうかと暗い相談をする。誰もが彼は帰ってくると思っている。全ての責任の押しつけ先であると、全ての悪事の原因であると信じて疑わない。
老婆たちは、そんな環境で育ったのがスフィアだと知っている。そんな環境を作った当事者だから当然だ。
「見栄を頼みに自立か! あのガキが? クハハッ。呪いのぉ、冗談なら最初からそう言っておくれ。そぉうか、あの甘ったれが帰ってこないと!?」
心をへし折り潰しきった男の子のことを思い出して哄笑する。
笑いながら断言する。
「もしそんなことになったぁなら、私を境界樹の下に埋めてもらっても構わんよ!」
◆◆◆◆◆
一方その頃、王都の冒険者ギルド受付で自称美少女が訴えていた。
「WCCからの脱退手続きをお願いしますわね。長期の単独行動みたいな暫定処理でなく、永久脱退で進めてくださいまし。ワタシ、もう帰るつもりはありませんので」




