第12話 ガールズトーク・ウィズ・ホーリーシンボル
亡くなった村人の中に村長が含まれていたこと、狩猟班の代表が危篤状態を脱したばかりなこと。クランBWlzと同道している商隊が先に着いたにせよ、王都からの応援が届くのは数日後なこと。
以上の理由で状況解決は遅くなると思っていたんだけれど。
「ほれ、飯だ、薬だ。どんどん出すからな。遠慮して後になって間に合いませんでした本当は欲しかったんですは無しだぞ。後からの補填は手間なのだ。ああ、そこ! 最低でも握り飯と水と薬は持っていけと言ったろうが! 重傷の者はいないのだろう? ならば食え、食え! 何もかも腹を満たしてからだ! 悲しかろうが悔しかろうが飯を食わんか、ほれ!」
BWlzの四人目は、村人たちへの配給に努めていた。
腰に大小の刀と短い棍。長髪を几帳面に整えた頭上では小銃のように髪が一房結い上げられている。あれは、ちょんまげ、なのか?
「……濃い……」
「キャラの濃さに反比例した弱さで悪かったなぁー!?」
「そこまで言ってませんわよ。ていうか知りませんわよ」
大福帳と筆なんていう珍しい筆記用具を手に、怒声を上げる男。妙に顔つきが柔和で、ちっとも迫力がない。
「ええい。もういいわ。スフィアよ、お前、某に後は任せて村の子供の相手でもしてこい」
「そんな。ワタシにも何かお手伝いさせてくださいまし」
「お前、某の数少ない活躍のチャンスを奪うつもりかぁー!?」
「知りませんわよ」
ダメだこの人、ちょっと苦手かもだぞ。
嫌いなわけじゃないんだが、どこまでツッコミ入れていいのかわからない。むしろ好きなノリまであるんだけれどなぁ。
『おっと。アキュートめの嫉妬を煽っていらっしゃる?』
無視して続けるけれど、おサムライさんってマジ切れの地雷がわかりにくくてさ。いきなり斬りかかってこないかと警戒してる。クインさんの仲間とはいえ万が一が怖いんだよ。
だが彼は追い払うように手を振って。
「なら名指しだ。グラニエ、いや、グレイというのだろう、この村の今後を担う聖女は。言い訳もくれてやる。村の益に繋がる行動は、今回、依頼発生前に動いた我々の行いの正当性を補強する。冒険者として村の要たる聖女の心を救ってくるがいい」
「心ですか。……ワタシにできるでしょうか?」
「そこで迷うでないわ。ええい、某たちではできんことなのだ。ちょっと女の子同士、お友達になってくるだけでお前のお手柄なのだぞ」
「女の子同士というのは、いえ、ゲフンゲフン」
「おん?」
「いいえ、いいえ。ありがとうございます、おサムライ様。ワタシ、行ってきますわね」
ひとつ頭を下げて歩き出す。
行く当ても村の地理もわからないが、アキュートなら匂いを辿れるだろ?
『アキュートめの能を他の女のために使えとは業腹な』
いや、お前とはもっとよく相談したほうがいいって今回のことでわかった。俺たちで何ができるのか把握しておかないとまずいだろ。
グレイと話をするのはその前哨戦、っていうのも少し違うだろうか。
◆◆◆◆◆
教会と呼ぶには粗末すぎる建物だ。外見上の特徴は、扉に白塗りで聖印が描かれているだけ。
左遷の末に与えられたのがこの家屋というのは、あの恰幅と気位のよろしい司祭さまには耐えられなかったに違いない。
それでも単独では暴発しなかったんだから、何なんだろうなあの人は。教義の絡む話だったりするのか。然るべき機関にきっちり供述していただきたい。
家屋の中、長椅子を並べて体裁を整えただけの空間にグレイは居た。見上げているのは粗末な祭壇に掲げられた木彫りの聖印。
ぼんやりとしたままの彼女の隣に腰かける。
『こやつめ、お嬢様が気にかけているのに無反応とは』
やめろやめろ。何するつもりだお前。
頭の上から降りようとした赤猫を捕まえて、逃がさないように抱きかかえた。
「……お父さんとお母さんがね、ごめんね、だって」
「穏便ですわね。ワタシのお婆さまたちなら最初にぶん殴ってきますわよ。それも鈍器で、知らないけれどお前のせいとか言って」
「え? スフィアってお労しい家の子?」
「自慢にもなりませんがご名答ですわ。大絶賛、無茶振りに便乗して家出からの自立ルートに入ってますのよ」
「ええー? 僕より小さいのに?」
「常に命の危機があるレベルでしたので」
「そっか。それってさ……自立って、僕にもできるかな?」
そういう話になるのか。
わからなくはない。
「グレイお兄様はご両親とこの村がお嫌いですの?」
「どうかな。ちょっと、わからなくなってる」
「心配してくれる人たちを振り払って村を出ていく。そんなのを望んでますの?」
「も、もうちょっとソフトな出発にならないかな」
「無理ですわよ。こんなことの後ですもの。疎ましいかもしれませんけれど、心配されるのは自然な感情ですわ。お兄様に申し訳ないと思うほどに、守りたくもなるんでしょう」
「僕はさ」
グレイが言う。
「兄ちゃんのほうが、ずっと凄いって思ってたんだよ」
直前の唐突な提案を引きずらない、ただの感想としての言葉だ。
「だって聖女とか、なんだよそれ。ぱっとしないじゃん。傷を癒したり、味方を守ったりとかってさ。敵を倒せる戦士のが、もっと、ずっと格好いいじゃん」
「わからないじゃないのが困りますわね」
「でしょ? だからさ……兄ちゃんは王都のギルドでとっくに活躍してて、僕は聖女なんてので追いつくのがやっとで。でも、絶対に兄ちゃんのパーティに入って一緒に活躍してやるんだって、僕は諦めないぞって、そんなふうに思ってたんだよ」
長椅子の上で膝を抱えるグレイ。
理想と現実の話だ。俺だってまだぶつかっていない問題に、グレイは真剣に向き合わざるを得なくなっている。
慰めは苦手だ。もちろん茶化すなんて選択肢もないけれど。
「戦える聖女、いますわよ。戦士や騎士よりも強いのがたくさんいますわ」
がばっと跳ね上げた顔が涙と鼻水でひどいことになっていたので、ハンカチを差し出す。
「聖女が!? 戦えるの!? 本当に!?」
食い付きがすごかったので、ハンカチを押し当てるみたいにして顔を拭ってやった。
「はい。聖女だって本当に戦えますわよ。有名どころでは、極小の神聖結界でナックルガードを形成して殴りかかる神拳聖女。神聖魔術を自己強化に特化して殴りかかる鉄拳聖女。聖餅の加護による身体強化が得意で、食べて殴りかかる重拳聖女とか」
「何それイメージ違うの。戦える聖女ってハードパンチャーしかいないんだ?」
「……ワタシの知識が偏っているということにしてくださいまし。だから」
なんて言えばいいんだろうな、こういうの。
「グレイお兄様が、お兄さんに並ぼうと夢見た景色は、失われてはいませんわ。今はその景色が、少しだけ遮られているだけですもの」
どうだろう。
村ぐるみの大人たちによるグレイへの隠蔽なんて、一顧だにもしてやらない。
無邪気に信じるだけで、それだけで本当なら足りているはずなんだ。ちょっと曇って不純物が混じったらもう取り返しがつかないだなんて、そんなバカな話はない。
憧れってそんなに弱いものか?
「ていうか、司祭さまの当てこすりにやられてむざむざ曇るだなんて、そんな腹の立つことってありませんわよ」
「あー。僕、その理屈のがわかるかも」
「グレイお兄様は反骨心強めですわね。そんなお兄様に朗報ですわ。商業連合の神殿に属する刃と翼の聖女、ワタシたちと大差ない歳で、白隼剣のエイメルというお方がいらっしゃいます」
「な、何それ。か、格好よすぎる……!」
おサムライさんが言う心の救いとか要らないだろ。救われたかどうかは本人の主観で、即日救済なんてのも無理で、そもそも傲慢だ。俺みたいな子供に救われるっていうのもどうだよ。
でも、悲しみから目を逸らす手伝いなら、ありかな、と思う。
悲しみを癒やすには時間が一番の特効薬だなんて文言もあるんだ、決して的外れじゃないはずだ。
他人様の人生に口出しするような台詞が言えないだけなんだが。
『……それがお嬢様のお考えであるならば、アキュートめは全力でお支えするだけです』
やめろやめろ。重い重い。
俺、甘やかされるのに慣れてないからマジでやめてくれ。うちの使い魔はイエスマンのふりして、おかしなプレッシャーかけてくるよな?
『他人を救うより先に、まず自分を救ってから。ご立派なお考えです、お嬢様』
そんなこと言ってねえよなぁ?
「あ、そうだ、スフィア。さんざん聖女なんて言った後であれなんだけどさ、僕、本当は──」
「本当は女の子なんだ、なんて台詞はワタシより美少女になってからお願いしますわね」
「うわ! それ過去イチで腹立つ!」
「そのときはワタシも真の性別を明かすことができるでしょう」
「えっ。怖っ。スフィアが女の子でなかったら何なの」
「…………」
「黙らないでよ、本当に怖いなあ!」
「くっはっはっはっ」
「笑い声まで怖い! ……あのさ、スフィアはさ、もしかして僕に気を遣ってる?」
「いいえ全然? そういう自意識過剰はせめてワタシの美少女レベルの十分の一にまで達してから言ってくださいまし」
「あはは、すっごい自己肯定感が強いんだ。覚えてろよ」
跳ねるように長椅子から立ち上がったグレイは、聖印を背に笑った。
「次に会うときは、びっくりさせてやるからな」
歯を見せる笑顔は、まあ、俺としては美しさなんて感じなかったけれど、一般的には魅力があるうちに入るんだろう。
俺ひとりの感想だけれどな。
『ふぎぎぎぎ』
アキュート、歯ぎしりを脳内に伝えてくるな。
抱きかかえた子猫が身を強ばらせている。
感傷に浸らせろ、気分出させろよ。もう俺、グレイの笑顔よりもお前の歯ぎしり副音声のほうが記憶に残りそうだよ。
『ね、狙い通り……!』
嘘つけ。俺の気分はおしまいだぞ。
村に安堵を保証するのも、補填を約束するのもガキの俺には無理だ。だったら誰かを救う真似ごとで、自分の安心を買い叩くくらいさせてくれよ。
あーあ。ポジティブに卑屈だ。
そのくせ気分は良いんだから、何なんだろうな俺。
ふとグレイを見ると、ずっと答えを待っていたんだろう、挑戦的な視線と目が合う。
競争には興味ねえな。俺が一番の美少女だもの。
「ハッ」
鼻で笑ってやると、笑顔のままぶん殴られた。
「この、ひねくれ者ー!」
『あ。その所見には賛同いたします。ええ、お嬢様は、随一のひねくれ者でありますな』
納得いかねえなぁ! 抵抗しねえけれどさぁ!




