第11話 踊り蜂と女装少年と聖女
後払いリソースとか前払いリソースなんていうのは、俺の勝手な造語だ。
後払いリソースは借金としてのリソース運用。これができる派閥や流派は少なくて、できても利子がえげつない。
前払いリソースはその反対。
巻物や護符への魔力注入にそれらの作成。もっと広義では日々の修練や学習も含むとする。未来で成果を実らせるためのリソースなんだから、前払いと呼ぶべきだろう。
どうして造語を作ってまで定義したかっていうと、俺、こういう形でしか自前の魔力を使えないんだよ。だから区別したほうが勉強が捗る。
呪術に特化するとこうなるようだ。というか、呪術士は後払いリソースと前払いリソースの専門家だというのが俺の見解。師匠たち、もといババアどもに型に嵌められたとも言う。
アーティファクトや魔道具の発動に魔力を使うのは、前払いリソースに相乗りする形なのでセーフ。
『まわりくどいが抜け道もある、と。使い魔という生きたリソースを魔力プール内で扱うのもセーフでしょうかな?』
そう。そんな感じ。
『そんな専門分野で今、負けそうになっているのですな』
そこはそんな感じとは言わねえぞ?
◆◆◆◆◆
夜気の冷たさを感じる暇もない。
殴り飛ばされ、家屋の外に吹っ飛んでいる俺に、聖修士の司祭が追いついた。
「ケァッ!」
腕を振り下ろされたのはわかる。他派の挙動はよくわからない。
受け身を取ることもできず地面に叩きつけられた。
「スフィア! ……嫌っ!? 離してよ!」
あれは男装少女グレイの悲鳴だ。また何か面倒が増えてるのかよ。勘弁してくれ、動けるデブな司祭を叩きのめして終わりにさせてくれよ。
司祭は俺の頭を踏み潰そうとしている。
ダメージが抜けず身動き取れないはずのところを、俺は転がって回避した。
『また負傷の先送りですか。お嬢様、もしや癖になっているのでは──』
説教は後でな! 速攻で決めて次に行く!
転がりながら手中に棍を出現させ、司祭の脚を打つ。
よし、脛に直撃。怯んだところで棍を地面に突き立て、勢いよく伸長させる。棍を掴んだままの俺はそれに引かれて起き上がった。
「……! ……!?」
不本意だが見慣れ始めてしまった激怒顔で、たるんだ顎肉を震わせ司祭が何事か叫んでいた。
たぶん卑怯者とかクソガキめとか。呼吸を乱しすぎだろ。
赤い節の連結によって構成された棍は竹に似ている。
棍を振り下ろすと、また直撃。怒ってみせたのはカウンター狙いの誘いかと思って牽制してみたんだが、どうやら違ったらしい。
続いて胸を押すような突き。これも命中。
間合いの調整、よし。
司祭が防御しようとする腕を、棍の先端でコンパクトに外に弾く。慌てて構え直そうとする腕を、もう一度外に弾く。しつこくもう一度。防御を剥がす意図が伝わった司祭は足を止めて、がっしりと護りの構えを取った。
詰みだ。
頭めがけて大振りの一撃を見舞うと、待ち構えていた司祭は難なく防御した。
だが棍は節を多重の関節のように曲げて、鞭のようにしなり、まわりこんで、司祭の後頭部を打ち据える。
「……ふっ……!?」
それはもう呼吸や声ですらない。驚いて肺が息を絞り出しただけの反応だ。
『というか棍ではなく、アキュートめの尾ではありませぬか』
そうだよ。マンティコアの蠍の尾な。毒はやりすぎだから先端の毒針は形成しなかったんだけれど、遠心力が乗らなくてダメだよな。
返す一撃。多節鞭から棍に戻しながら、司祭の顎先を打ち払った。脳震盪狙いだ。
白目を剥いてあっさり倒れる司祭。
「ん、んんっ。こほん。あー、発声よし、と。新蒼の魔術はこういう時の判断が速くていいですわね」
決着だ。
個人的にはとどめを刺したいけれど、穏健な冒険者的に考えて、一般人女子の前だしな。
それよりもアーティファクトに頼らず終わって満足である。やっぱり老害のお下がりなんて要らないんだよなぁ。
「で、お兄さま? 何のつもりですの?」
「動くな。動けばこのガキを殺す」
痩せぎすの男がグレイの首に刃を押しつけていた。次の局面だ。
◆◆◆◆◆
「何のつもりってな」
口端を吊り上げるせせら笑いは、ついさっきも見たものだ。
「お前の首を持っていけば、うちのお嬢の溜飲も下がるってもんだろ。聖女を捕まえていくのはついでだ」
「そっちがついでなんですのね」
わかる。聖女なんてのは懐柔しても良し、使い潰しても良しの便利な駒だものな。聞こえが良いから体面を気にする味方も喜んでくれる。捨てるところがないよな。
「スフィア? なんだか怖いこと考えてない!?」
「いえいえ、グレイお兄さまに悪いことは考えてませんわよ、聖女様にはちょっと聞かせられませんが。クックック……おっといけない、悪い笑いが」
「ま、まじめに心配して損した!」
「本当に損ですわね、もっとゆるめのアプローチでどうぞ。損してるのはそっちのお兄さまたちもですわよ。大人しく撤収しなさいな」
「黙れ。魔女め」
家屋の壊れた扉から出てきたのは、正体は実直な騎士なのだという山賊コスプレ青年……面倒くさいな。ただの騎士でいいや。
彼は実直な騎士らしからぬことに、初老の村人を拘束して盾のように突き出しながら現れた。
「騎士さまなんですわよね? ご老人相手に何してるんですの。正直、引いちゃいますわ」
「魔女の佞言など聞くものか。新蒼の法に盾突き、司祭様を手にかけた異端めが」
こいつ、頭の中が司祭さまと一緒かよ。特に排他的なところが。
剥き出しにした俺への憎悪が尋常じゃない。最初から馬鹿げた工作員の真似事してたんだから大概だが、そのために卑怯を重ねて被害を増やそうっていうのは、騎士としてどうなんだ。
「武器を捨てろ! いや、魔女の左術で武器を呼べるようだな。自害しろ! 速くしろよ、先にジジイから殺していくぞ!」
「ヒステリックなところまで司祭さまと一緒ですわね。さては親子ですの? ……いえ、よそ様の家庭の問題に踏み込むのは、さすがにマナー違反ですわよね。……ごめんなさい。どうかお許しくださいまし」
「なんだその真に迫った謝罪は!? 我らの家族はマクネッサの母祖だけだ!」
『ほほう。なかなかのツッコミの冴え。油断できませなんだな』
お前が油断してなければこんな面倒な事態になってないだろ。
痩せた男は俺に視線を注いでいるようでいて、警戒は全方位に向けている。当然だろう、俺の他にも伏兵がいると知っているんだから。騎士の意識を奪ったふりをして打ち合わせしていたんだろうが、あの直情ぶりでは頼りにできそうもない。
捕えられた初老が身じろぎする。
「ぐっ……。すまん。わしは拙い手を打ってばかりだな」
「そんなことありませんわお爺様。助かることだけ考えてくださいな」
「そうもいかん。こんな老いぼれなど気にするな」
鈍く軟質なものが噛み砕かれる音。初老の男は口からこぼすように、大量の血を吐き出した。
舌を噛んだのかよ。
「う、うわ、うわぁ!?」
たちまち慌てる騎士。何に慌てているんだよ、本当に殺すつもりはなかったか? それとも血で手が汚れて驚いたか? やっぱりこいつザコだ。人の命を握っておいて、なんだよそれ。
突き飛ばすみたいに解放される初老。
俺の体格では受け取めきれず、地面にぶつからないようクッションになることしかできない。
「アキュート!」
屋根から飛び降りた赤猫が、宙で騎馬サイズを越えて巨大化する。そのまま騎士を踏み潰した。
「ま、魔女の術か!? く、くそっ、くそ! 汚らわしい魔女め!」
「アキュート、押さえ込んでおけ」
『かしこまりました』
前足で潰された騎士は悲鳴も上げられず静かになる。殺さないよう加減できるのは偉いぞ。
「いい格好だな、美少女ちゃん!」
痩せぎすの男はグレイを突き飛ばして、身動き取れない俺めがけ剣を振り上げながら迫った。バカだな、時間切れだ。逃げればよかったのに。
蜂の羽音が、妙に大きく聞こえた。
新しい闖入者が現れる。
清潔なならず者なんていう矛盾した風体のそいつは、手っ取り早く言えば痩せっぽち男たちの仲間でマクネッサの一員だ。ひどく息を切らし、辺りを見回しながら訴えた。
「ハァ、ハァ……。た、助けてくれ、みんなやられちまった……! ぐっ!?」
背後からの攻撃を受けて倒れる男。
気配遮断の魔術か、隠密の達人か。手にした槍だけが立派な黒ずくめの男が、いつの間にかそこに立っていた。
「限定AランククランBWlz所属のワスプ。この村の賊は全員捕えた。残るはお前だけだ。降参すれば殺しはしないと、名誉にかけて約束しよう」
倒れた男の傷は不自然なほどに浅い。
あの槍、あれは麻痺や行動阻害の効果を持ったアーティファクトの魔槍だろう。
「何の名誉にかけての約束だよ」
「冒険者の名誉にかけてだが」
どうでもよさそうに突きつけられる槍。それっぽっちの動きで、周囲の逃げ場が閉じた。立ち向かえばそんな技量の持ち主の槍の餌食だ。高ランク冒険者こわい。
「……チクショウ」
剣を捨て、諸手を挙げる痩せぎすの男。
黒ずくめの槍使い、ワスプの目がちらりと俺を見た。見覚えがある胸元のペンダントに触れながら。
「クインが言っていた冒険者の少女だな。よくやってくれた、おかげで村に他の被害はない。……交代する」
「──はーい! 限定AランククランBWlzのハニー参上! そーれ、拘束ぅ!」
何だ何だ。
黒ずくめの姿が消えて瞬時に現れたのは、鍔広の三角帽にまぶしい蜂蜜色で全身を揃えた声の大きい女。
彼女が指揮棒を振るうと、大量の蜂蜜としか思えない何かが痩せっぽちと騎士たちに絡みつき、硬質化して動きを封じた。
「これ、すっごい虫が寄ってくるんだけど、早めの罰ってことで我慢ね!」
本当に蜂蜜だった。甘ったるい匂いが周囲に満ちる。
「チクショウめ。なあ美少女ちゃんよ、お前、囮だったのかよ。一人じゃねえのはわかってたけどよ」
「囮というか時間稼ぎですわね。お兄さまと接触してなければ使い魔といっしょに騒いで注意を引いて、その隙に背後討ちでひとりずつ捕らえてもらう予定でしたわ」
「チクショウ、チクショウが。我らが母祖よ、申し訳ありません」
聞き流す。こっちはそれどころじゃないんだよ。
初老の狩人は、口腔から血を溢れさせ続けている。喉に詰まらせないよう側臥位の姿勢で横たえたところで、処置が止まってしまった。負傷を譲渡してもらうには条件が合わない。後払いリソース任せの疑似治癒を年輩の老人にかければ最悪、即死することだってある。
ためらう俺を押しのけたのは、グレイだ。
彼女は迷わず膝をついて両手を組み合わせ、祈りの形になる。それもヤバいんだってば。
「いけません。お待ちくださいまし、グレイお兄様。転移者や転生者に代表される賜り物のスキルは、心の在り様に大きく左右されます。一生ものの歪みになることもありますわ。貴方は、その、お兄様が亡くなっていたこと、村がそれを隠していたことを知ったばっかりで──」
「そういうの、いいから!」
男装少女が叫ぶ。俺の下手くそな忠告なんて無視して、全身からほのかな光を放ち始める。
「そういうの本当にいいから! 人が死にかけてるんだよ!? なら助けないと! もう死んでほしくないんだ!」
「──ごもっともですわね! そういう即決って大好きですわ!」
『は? アキュートめはもっとお嬢様のことが大好きですが?』
茶化すなアホ!
俺とグレイの間に身を割り込ませてくる獣を押しのけ……られねえなぁ! デカさは重さだ、まったく歯が立たない。もういい、無視する。
回復の補助に負傷の先送りを使うと、おや。水が沁みるような感触が返ってきた。乾いた砂に水を撒くのとは違う。まるで肥沃な土壌が雨を吸って、より豊かになるような。
ああ。このお爺さん、日頃の善行っていう前払いリソースをふんだんに蓄えていたんだ。頑固ジジイのサンプルみたいな見た目してるのに、陰で徳を積む人だったらしい。
これなら、いける。グレイの神聖魔術の効きも良いはずだ。この村にこれ以上の被害者は出ない。
駆け寄りながら胸元のペンダントに触れたハニーさんが、クインさんと入れ代わる。お揃いのペンダントを介して置換転移を行う特有の魔術、それともアーティファクトだろうか。
クインさんは懐からポーション類らしき小瓶を取り出しているが、使うまでもない。
徳に富んだお爺さんの顔が、見る間に色を取り戻していく。聖女が扱う治癒魔術って失血まで回復するんだよな。
『反則ではありませぬか。なのに効果の程と、信仰や修行とは無縁であると?』
信仰と修行をするに越したことはないって話だけど、はっきり言って怪しいよな。
でも、これで安心だ。
『……人死にがなかったことにはなりませぬ。未熟な聖女に刻まれた心の傷も。安心というのは、ため息をつくのが許されただけの感傷ではありませぬか?』
その通りだな。今度こそ返す言葉もねえよ。
でも、だなんて言葉が出るんだ。それで充分だと思うけれどな。
記録に残っているワーカホリックな勇者様は、ほんの少しの余暇のために戦っているって公言していたんだとさ。
『命という大事と比較するから徒労が小事に思えるのであって、差し引きで骨折り損なのは変わりませぬ。そんなに大切なものですか、命を救った感触は?』
言語化がえぐいって。お前は俺の心の翻訳機かよ。
答えはイエスだ。傷でも荷物でも呼び名はなんでもいいが、それを忘れられる瞬間っていうのは、すげえ有り難いんだ。
なんていうんだったかな。
ぷはーっ、この一杯のために生きてる。だったかな?
『い、いけません! 体が出来上がっていない年齢での飲酒は認めませぬぞお嬢様!!』
声がでかくなるタイミングおかしいだろ。いいんだよ、俺は体の成長性も前払いリソースに当てていたから、どうせあと数年は育たないから。
『聞き流せぬ情報ばかり出してくれますな! 今日の家族会議は長くなりますぞ!』
あー、うるせえー。
面倒くせえというか、家族会議だなんて単語をスルーできる胆力が欲しいね俺は! なんだよそれ。いつの間にお前と家族になった。さすがにツッコまずにはいられねえぞ!
『かかりましたな、お嬢様。触れてはならぬ話題に触れましたぞ。この罠はもがけばもがくほど深みに嵌まっていく……!』
うーるーせーえーなー。




