第10話 踊り蜂不在進行
「ふ、ふはは! よくやったグラニエ! 食らえい神の裁きを!」
小悪党は立ち直りが速い。
太ったおじさん司祭の神聖魔術による魔力弾を、俺は片手で払い落とす。
え、という形に口を開いて硬直した司祭から視線を外し、余裕で対応できるんだぞアピール。
実際は楽勝ではなく、前払いリソースの護符を消費しているんだよなぁ。女騎士にまとめて両断されてから、頑張って作り直してるのに。
広くない家屋の中で、女装男子グレイが前に出すぎないよう庇う位置に立つ。
彼女は力の入りすぎた、迷いを持て余した顔で。
「ぜんぶ聞こえてました、司祭様。本当なんですか? どうしてこんなことを?」
「お、お前が悪いんだろうがグラニエ! 村がお前ごとき小娘を引き渡せんと言うから! 私のせいじゃない!」
「否定じゃなくて、ごまかしから入るんですね……」
「な、なんだと! 何も知らん田舎娘が語るでないわ!」
『気のせいでしょうかな。こやつめら、お嬢様を爪はじきにするつもりですぞ』
俺の肩越しに言い争われるのは気分悪いよな。冒険者なんてのは問題請負人だから相応の扱いかもしれないけれどよ。
観察にまわろうとしていたが、痩せっぽちの青年が挙手する。
「はい、お兄さま。発言を許可しますわ。どうぞ」
「おうよ。こちらで気絶してらっしゃる若く信仰深い騎士筆頭さまはな、目くらまし目的の騒ぎを起こすに当たり、立派な司祭さんが村に居ると知ってお伺いを立てたのさ」
「はい? お伺いって、今から騒ぎを起こそうっていう村の司祭さまへのお伺いですの?」
「そうそう、飲み込みが早くて助かるぜ。そしたら、こいつ、村の半分である狩猟部落は自分の言いなりだから任せろ、なんてぬかしやがってよ」
「いろいろツッコミたいですけれど、人死にが出たところまで含めて任せろの結果なんですわよね?」
「マジかよそこまで知ってんのか」
グレイと太ましい司祭さまは、話を肯定も否定もできずに百面相を披露している。
痩せた男はといえば、眉間に皺が寄りそうなのを必死に堪えていた。そういえば俺、まだこいつの名前を聞いていない。
『聞いても忘れてしまうのでは?』
そうかも。女騎士もそうだったし。
「すまん、お嬢ちゃん。わしからも発言をいいか」
「まあ。喜んでどうぞですわ、お爺さま」
おっと意外だ。お行儀よく手を挙げたのは初老の男。
乾いた草土の臭いと獣臭が染みついた、いかにも腕利きの狩人といった雰囲気だ。節くれた手指の特有のタコがすごい。
村の狩猟班とやらの一員だろう。
「グレイは聖女だ」
「──ンガッ──」
「司祭のおじさまはグラニエと呼んでましたけれど、それってグレイお兄様のことでよろしいんですわよね?」
「男の格好をしているのは村の習慣だ。十二歳までは男として育てる」
おかしなうめき声をあげる司祭さま。
やっぱり因習村だった。軽めの因習と言いたいけれど、健全に育っていれば少し無理のある年齢ラインだろ。
司祭が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そうだ、そんな田舎村の奇習のために私は! グラニエを聖法国に連れて行けば出世できたのに、もう一年待てなどと、クソが! 私は聖修士なのだぞ!? その私に向かって、クソ未開人どもが! くだらん相談事を持ち込んで責任転嫁するくせに、私の要求は聞こうとしない、クソ田舎のクソ猿どもがあぁぁ!」
唾を飛ばしてわめく。
クソクソ言いすぎだろ。いや俺も言うけれどさ、仮にも聖職者の口振りかよ?
「と、まあ、こんなおっさんなんだよ、司祭さんは。ご立派なお方だと思ってお伺いを立てた俺らは、こいつの癇癪に巻き込まれて共犯者になっちまったわけだ」
「偉いですわお兄さま。騎士さんのせいにせず、俺らと言って責任を共有しますのね。共犯者としての具体的な働きは、村人たちへの無体でいいんですわよね?」
「そりゃどうも。俺らから持ちかけた協力なんだから最後まで付き合うべきだ、なんてのが俺らの主張な」
顎を引いて上目遣いになった痩せぎすの男は、馬鹿らしいだろ、と目で訴えているようだった。
もしかして彼は騎士たちの保護者役なんだろうか。
だって、こんな司祭に付き合って共犯者になって、共倒れまで行こうっていうのは馬鹿の所行だ。それでダメージコントロールまで試みるのは、ドライな関係じゃできないことだろ。俺みたいな子供相手に助けてくれなんて台詞が出るわけだよ。
そのあたりで考えるのをやめる。
「で、なんでしたっけ。グレイお兄様、それともグラニエお姉様? 聖女でしたっけ」
『アキュートめは初耳なのですが、聖女とは?』
修行なしで神聖魔術を使うレア物のことだよ。
『神聖魔術とやらを修行しないで使うのは、信仰的に矛盾しているのでは』
だから聖女なんていうお綺麗なタグ付けして、神殿で囲ってるんだよ。
『……なるほど?』
納得できていない返事が脳裏に届く。適当に理解しておけ、魔獣にはおいしい人間の情念の話だぞ、たぶん。
「司祭さまは、グレイお兄様を聖女として保護したいんですわよね。でも、もうすぐ新しい資源ダンジョンへの中継地として村に開発が入りますわ」
この期に及んで因習を理由に聖女を隠し立てしようなんてのもおかしいだろ。
「愚弄するか! そのくらい知っておるわ!」
「ならいいじゃありませんの。この機に村とお話を進めれば、保護を早めることもできたでしょうに」
「それでは私が手柄を独り占めできないではないか!」
何言ってんだこいつ。
わかっちゃいたけど話にならないぞ、この失格司祭。
「私はこのガキを教え導いた聖人として神聖都市に登るのだ! 私はこんなクソ田舎で終わる器ではない!」
「おじさま、司祭のお仕事できていましたの?」
あっ。狩人のお爺さんが目を逸らした。マジかよダメだったのかよ。どうやって司祭の地位に就いたんだよ。
「……人死にが出た以上は何もかも、もしもの話にしかなりませんわね。というかワタシはグレイお兄様に訊いてるんですわよ」
俺の主観では村人代表だものな。
「お兄様はどうしてほしいんですの?」
「えっ? どうって?」
返ってきたのは状況を把握しきれていない戸惑いの声。
無理もない。把握する必要だってない。因習村に騎士団に因業司祭が絡んだ事態だ、人死に沙汰だ。とっくに子供が理解できる限界に達してる。
ああ、内情に関わる前にスピード解決してしまう線もあったのかな。面倒くせえじゃなくて、事実として面倒だよ。
「人が死んだくらいでどうだというのだ! まったく、今さらだというのに。いいか、このクソ村は一年前にお前の──」
「グラニエ。お前の兄、セアルは一年前にわしが殺してしまった」
司祭の能書きをさえぎって、いきなり初老の狩人が告白した。
「狩りの最中の事故だった。村の衆たちと司祭で相談して、お前に隠すことに決めたのだ。……こんなときに、すまん。だが司祭に言わせるのは我慢ならん」
「ま、待ってよ。え? だって兄ちゃんは冒険者になるんだっていつも言ってて、急な出発で見送らせてくれなかったけどさ、でも。えっ?」
「隠し立てした。やがて聖女になる者の心を乱してはいけないと言われて、罪を告げる勇気もないわしはそれに乗ったのだ。司祭に借りを作りながらな。本当にすまん」
「そんな、謝られたって……!」
頭を下げる初老。震える男装少女。
目が合った痩せっぽち男は小さく首を振った。そうかー、どうやら初耳っぽいなー。助けてくれの天井更新らしいぞ。
「そんな、そんなことって!」
「ふ、ふはは! 思い知ったか、これが天罰だ! 神のご意思に逆らった報いであるぞ! ざまあみろ!」
哄笑を上げる太めの司祭。
ざまあみろって台詞が出る聖職者とか初めて見た。
状況を整理しようかな。
グレイお兄様は実は聖女で一年前に事故で兄を失うが、そのことは隠されていた。そして暴漢集団に扮したマクネッサ騎士団の襲撃。人死にが出た。
これらに司祭が、いや。グレイの兄の事故死隠蔽、騎士団による殺し、少なくとも以上ふたつに司祭が関わっている。目的はグレイの身柄。まだ余罪がありそうだけどそれ以上は知らん。
こいつが悪役ってことで場を収めよう。
ダンジョンでの一件がフィンをヒーローにして話を収めたのと大差ないだろ。
『よからぬことを考えておりますな』
失礼な、ちょっと暴力に訴えることの何がよからぬのか。お前も役割を忘れるなよ。
「司祭さま、司祭さま。私は悪くないっておっしゃってましたわよね」
「その通り、私は清廉潔白である! 全て不信心者どもの罪業よ!」
「はい。言質取りましたわ」
「なに?」
おもむろに俺が取り出したるは銀龍の髭……の端っこの、さらに切れ端。人智に親しむ龍は法と人間の関係に寄り添い、新蒼の俯瞰者となった。懐に入れていたこれを両断した女騎士はどうかしてると思う。
元から末端、さらに寸断された代物でも新蒼が敷く法に繋ぐには充分な触媒だ。
「輪蔵濁唱、接続。ワタシたちは──我らは正しきを訴える。審理の訴えではない。我らは共に正しいがために」
「し、神聖魔術!? いや、決審魔術だと!? 貴様、神官だったのか!? ただのガキではないのか!?」
あんたの信仰に相乗りしてるだけだよ。場を整えているだけで、俺はただ発動させるだけ。神様はあんたの潔白を示す機会をくださるんだ。
銀龍の髭が光りながら宙を踊って聖印を描く。
「法への奉仕とは力たれば、それにて競い、正しきを比べる。もって人智は決闘と呼ぶ」
「き、貴様ぁっ!」
「審らかの場に言葉は不要。故に我らは言葉を捧げ、言葉を禁じ、言葉を勝利の報酬とする。──決闘、成立」
「……! ……!!」
司祭の抗議は声にならず、間抜けに口を開けるだけになった。
◆◆◆◆◆
『つまり、どういうことですかな?』
いわゆる決戦空間の亜種かな。外部からの遮断とか、内部への防壁とかの諸々を省略した、原始的な形式だけの魔術だけれど。
ただ言葉を代償に捧げたから勝負の間は喋れないし、負けたら永久に喋れなくなる。
『相手を煽れなくてはお嬢様は戦力半減でしょう。というか決闘とは、そんなに軽いものなのですか』
お前の中でお嬢様とメスガキって同じジャンルになってる?
決闘の扱いについてはなぁ。
原始的な話、お互いが正しさを主張しているときに、裁きを省略して判決する手段でしかないんだよ。
『暴力ではありませぬか』
返す言葉もない。負けたら本当に言葉をなくすんだが。
特定の状況でなければ成立しない暴力だ。今はあいつが無罪を主張したから、じゃあ絶対に勝つだろ正しいのならっていう神さまの判断だよ。
発動の手順は正規じゃないから秘密な。
『もしや神とやらも相手は子供と侮っているのですかな?』
それはない。新蒼は中身のないガワだけの神さまだからな。法と秩序なんてのは、手順が面倒なだけで運行そのものは簡単なんだ。レア触媒任せのゴリ押しが効くのが良い証拠だろ。
この決闘魔術は司祭の潔白証明のためって名目だが、俺が勝ってご破算にする。俺プロデュースの自作自演だ。後で然るべき執務官にログを見せたって通用するんだぜ。
『まあ、あの肥満体が相手です。難しからぬのでしょうが……』
たぶん、そうでもない。
使い魔との高速交信による会話は1秒未満で終わる。アキュートからの疑問符が届きかけて。
◆◆◆◆◆
鉄を鳴らす勢いで歯を打ち合わせ、口を閉じる司祭。
震脚一歩。彼の足が床を踏み砕いた。
「フン! ハァッ!」
あ、想定よりもマズいかな、と思ったときには、もう俺の体を衝撃が貫いている。打撃の正体もわからない。体表を焼くとか、体内で爆散するとかよりはまし。
直後の浮遊感はいっそ懐かしかった。
『言葉を封じたのでお互い詠唱が必要な魔術を使えない。ですが呼気に伴う単音は言葉ではないので、封じることができない、ですかな』
正解。
吹っ飛ばされ、背中で扉をぶち破る感触。そこまでのダメージを無視して受け身の準備に入る。
司祭がやったのは言葉だけでなく、呼吸器官と鍛えた肉体による導引。日々の鍛錬の繰り返しなんていう、最も初歩的で堅実な前払いリソース運用だ。
聖修士。
ハッタリじゃなかったのかぁ。またババ引いちまった。




