第1話 女装少年と流行りの追放
初投稿です。よろしくお願いします。
「出ていけ。いわゆる追放だ」
「は?」
「今すぐだぁよ。荷物をまとめる時間は三十分」
「雑すぎだろ。ついにボケたかババア」
槍の石突きで思いきりぶん殴られた。
やりやがったなチクショウ。キレそう。寝起きの挨拶には上々だ、眠気が吹っ飛んだ。起き上がり拳を握る。
どろり、と頭から顎へとしたたる流血の感触といっしょに理性まで排出しかける。槍の穂先が喉に突きつけられていなければ、そのまま殴りかかっていた。
薄暗い夜明け前。場所はクラン保有の組立式移動テントの内で、横たわる子供たちの寝息が聞こえる。騒いで起こすのはかわいそうだ。
ため息。気がつくと俺は声をひそめていた。
「どういう朝の挨拶だよ。もうあくびも出ねえぞ」
「いいからとっとと出ていく準備をしなぁね。北に行けば大規模移動中の冒険者たちの一団がいる。そいつらぁの依頼に途中参加するんだ。ギルドカードは失くしてないだろうね?」
「つまり、いつもの抜き打ち試験な。はいはい了解了解クソったれが」
「まぁだ勘違いしてるのか」
槍の切っ先が浅く、俺の喉に食い込んだ。
「追放だと言ったろう。二度と帰ってくんな」
「…………」
「早く出ていけ。十分以内」
枯れ木と見間違えるくらいに細い、槍を構えた老婆のシルエットに見下される。
何か言い返したような気がする。当てつけのつもりで身をひるがえして、速攻で準備を整えたのかもしれない。
俺の出立、もとい追放は、そんな雑なものだった。
◆◆◆◆◆
「お怪我は大丈夫ですか?」
「嬢ちゃんか。地獄に仏とはこのことだぜ」
「まあ、おじさま。余裕ですのね」
「へっへっ。眼福、眼福ってな」
よく減らず口が出るもんだ。
この状況で。
治癒魔術もどきを受けた禿頭の巨漢は、腕をぐるぐるまわして調子を確かめた。出血は止まり五指も問題なく動く。
「相変わらずたいした腕前だなあ、嬢ちゃん。どうだい? 今、俺の甥っ子がパーティメンバーを募集してるんだ。ついでにあいつの嫁さんになっちゃくれねえかなぁ」
「おじさまったら! ご冗談が過ぎますわ」
なんだとこのヤロウ。
下手に出てりゃつけ上がりやがって。
僧服とも法衣ともつかない服装の美少女は柔らかく微笑んだ。
かぶったフードから錦糸を編み込んだ髪がこぼれる角度まで、全て計算づくだ。
何せ俺は、美少女だからな。
主観や自称じゃないぞ。客観で、厳然たる事実だ。
どこからどう見ても美少女だからな、俺は!
「お、おい、嬢ちゃん」
巨漢ハゲの顔がひきつる。
笑顔を引っこめない俺に不審と身の危険を感じたようだ。
お嬢様口調で追い詰める俺。
「怯えていますのね。ひどいですわ、おじさま。いったいワタシの何が怖いのかしら?」
「何がだあ? ふざけんな! スマイル一発、死か金か、なんててめえらに言われて俺はマジで身ぐるみ引っ剥がされたんだぞ。筋が通らねえだろうがよ!」
「逆にどうすりゃそんなことになりますのよ」
「ちょっと尻を撫でてやっただけだっつうの」
うわ。おっさん最低。
睨みつけそうになりながら、スマイルを維持する。
「ワタシは話題ができて嬉しいですわ。パニーちゃんとお話するときのために」
「……お前、どうして会ったこともねえ俺の娘の名前を知ってんだよぉ」
この巨漢ハゲ、こう見えて愛妻家で、アットホームなファミリーパパさんである。主義として自衛として、仕事と家庭を切り離している。
何かを察してがくがく震えだすおっさん。
いいなぁ。笑顔が冴えていくのが実感できるぜ。
WCCでは男それも性犯罪者に容赦するなって教わってるんだよなぁ。俺も男だけど、女じゃないけど!
「おい、勘弁してくれ。俺が悪かった。な?」
「くっくっくっ……」
「こ、こいつ、いや、なあ。この通りだ。チャラにしてくれよお?」
「くっはっはっはっ……」
「あっ。おい、やべえぞ嬢ちゃん」
「はぁーっはっはっはぁ!」
哄笑する俺の背中に、別の声が届く。
「そこ! 何をしているか!」
振り向く。
俺たちを叱りつけたのは、冒険者にしては身なりの整った軽鎧の青年。
振り向いた視界に映るのは、石造りの回廊。
地下だというのに乾いた、不自然に真新しい石材の壁、床、天井。光源はもちろん陽光ではなく、松明とも違う魔力光が満ちている。
発生したてのダンジョンの特徴だ。
「なんだ。よりによって子供か。聞いてるのかい?」
ちょっとした街道ほどの広い回廊には十人くらいの冒険者たち。
身なりと腕前はピンキリだろうか。もちろん見なりが実力に反映されるわけじゃない、という意味も含めて。
そこでは俺も例外にならない。
「あぁっ。申し訳ありません。ワタシ、思いがけない事態に戸惑ってしまって。こんなの冒険者失格ですわよね」
「あ、ああ。それは、あれだ。無理もない?」
俺は涙を拭うように目元を押さえながら訴える。声を震わせるのも忘れない。
青年はすぐに戸惑いだした。ちょろい。
「えげつねえ猫かぶりだよなあ。……いってえ!?」
「そっちの彼は──」
「まだ傷が痛むのでしょう。治療はワタシにお任せくださいな、こう見えて治癒魔術を使えますのよ。他にお怪我をした方はいらっしゃいますか?」
余計なことを言うおっさんの足を踏みつけながらアピールする、というか媚びを売る。
「これでもワタシの治癒魔術は、WCC仕込みなんですのよ」
「それは頼もしい」
子供扱いだった青年の目が、大規模クランの名を出すと値踏みするものに変わった。まだ一人前扱い未満かな。切り替えが早くて何よりだ。
というか、こいつだって俺以上の大クラン所属者だろう。
王国領内に新しく発生したダンジョンの調査。
追放されてから数日後、飛び入り参加した依頼の内容はそんなものだった。ギルドを通して大人数に募集をかけられた依頼だそうで、危険度も高い。
だが、王国随一のクランの主導で進むこと、頭数が多いだけに役割分けされて危険も分散されること。それらが油断を招いたのかもしれない。
転移トラップを踏んで、この人数が飛ばされた。
今は転移直後のモンスターの襲撃をやり過ごしたばかり。ダンジョン内なのは確かだが、何階層なのかもわからない。
「治療魔術だと。ヒーラーがいてくれたのか」
「ありがたい。俺、薬を預けてた仲間とはぐれたんだ」
「あれ? でも今、あの子って頭悪そうなバカ笑いしてなかった?」
お? バカって言ったやつがいるな? 顔を覚えたぞ? 治療するとき鎮痛行程を省略してやる。
ともあれ立ち位置の取っかかりは得られた。
子供、それも女の子として振る舞っている俺だ。きちんとした冒険者としての経歴はギルドカードで確認できるけれど、それでも初見から一人前として見てもらうのは難しい。
ひとつひとつ手柄を立てていこう。
と、前向きに段階を踏んでいくつもりだったんだけどなぁ。
「ふざけるな」
王国の英雄が、激怒の顔で進み出た。
◆◆◆◆◆
押しも押されぬトップクラン、HAs。
そのクランリーダー。王国が誇る英雄。冒険騎士。今回の依頼の最高戦力。
フィン・マックール。
体格に恵まれた金髪碧眼の壮年男性で、圧がすごい。息が詰まる。
というか、誰に向かって怒ってるんだ。
後ろを見る。おっさんが首を振る。
周りを見る。どいつもこいつも目を逸らす。
フィンを見ると目が合った。
軽く頭を下げて横に動いたら、フィンの視線が追ってきた。
「は? 俺? じゃない、ワタシですの?」
「とぼけても無駄だぞ、クラネ。お前には留守を申しつけたはずだ」
知らねえよ。誰?
長身から見下ろす厳しい目。声まで重圧をかけてくる。
「あ、あの。お初にお目にかかります、フィン・マックール様。申し訳ありませんけれど、人違いですわ。どなたかと間違われているのでは?」
「チッ」
舌打ちかよ。
なんだこの老害。腹が立ってきた。
王国全ての子供たちの憧れだなんて看板は嘘っぱちか。
フィンの視線が自分の杖と、俺との間を往復する。
もう一度舌打ち。
いや、おかしいな。フィンが魔術士じみた杖を持ってるだって? 英雄譚や吟遊詩人の語り草ではいつも、冒険騎士の得物は──
次の瞬間、フィンは剣を振り上げていた。
嘘だろ。
構えも抜きもわからなかった。まるで時間を削り取られたみたいだ。魔術も働いていない、純粋な武術だけ。
その卓絶した剣技が、俺の頭めがけて振り下ろされる。
「……!」
とっさに剣の側面を打ち払う。
いや、重量と体格の差で、俺は一方的に弾き飛ばされてしまう。
無造作な一撃だった。剣技と呼べるのは振りかぶるところまで。片手打ちなのも幸いした。だから無刀取りもどきみたいな曲芸を成功できた。
危うく脳天から両断されるところだった。
寸止めの気配もなかったぞ!
このクソボケジジイ、何してくれやがる!? もう英雄として敬ったりなんかしねえ!
「マックール殿!?」
「な、何しているでんすか、団長!」
ようやく周囲が騒ぎだす。
思い出した。ナインライブズ。
刹那の間で杖から剣へと姿を変えた得物、金の髪の英雄フィン・マックールを象徴するアーティファクト。所有者に合わせて姿を変え、潜在能力を引き出す最適化武装だ。
フィンはこれを九つの形態に使い分けるなんていうけど、老害化の限界まで引き出すとか聞いてねえんだよなぁ!
「いや待て。待ってくだせえ、フィン。嬢ちゃんもだ。ちょいとだけ堪えろ。な?」
「下がれ、親子の問題に口を出すな。そいつは俺の娘、クラネだ」
「人違いだってこの子も言ったじゃねえですかい。俺が証人になってもいい。俺は、ずいぶん前からこの子を知ってるんですぜ?」
禿頭のおっさんが俺とフィンとの間に割って入る。
そうだ。どうにか冷静になろう。話せばわかる。人違いなのは確実なんだから。
だがフィンは、同じクランの青年に向かって言うのだった。
「痛めつけろ。殺すつもりでやって構わん」
やっぱり冷静とか無理だわこのクソジジイ!!
自分の口内から歯ぎしりの音が聞こえる。頭に血が上ると目の前が真っ赤になるなんていうけど、こういう感覚なのか。
無理もないだろ。いきなり有名人に殺されかけた上、半殺し宣言されたんだぞ。俺って温厚なつもりだったんだけどなぁ! あのババアの振る舞い以降で溜まったストレスが爆発寸前だ!
さらにおかしな事態は続く。
『いやはや。これは善哉。さっそくの事態にございますな』
俺の意識に直接、しわがれた声が語りかけてきた。
『お困りのご様子にて。わたくしめが助けてさしあげましょう』
横から軽鎧の青年が掴みかかってくる。
怪しげな声を確かめる暇はない。
『彼もフィンとやらに呆れておりますな。それでも従うのは、おやおや。貴方様がお好みのようで。力づくで屈服させて、あわよくば、などと考えているようですぞ』
男はみんなバカで短絡的だなんていう俺の偏見が深刻化していく!
いや、俺も男だけれど。姉たちに仕込まれた偏見なんて今思い出したくらいだけれど。得体の知れない声の言うことなんて、信用しないけれど。
『なんと。信じてもらえませなんだか。なぜに?』
ババア声のババア喋りが苦手だからだよ! 相手の心情だなんて情報が役立つ間合いじゃないからだよ!
胸中で言い返しながら後退する。
「お待ちくださいまし! どうか話を聞いてください」
青年は俺の訴えを無視して、小ぶりの竪琴を胸前に構えながら掻き鳴らす。
途端に俺の足が、地面に縫いつけられたように動かなくなった。
呪曲か? いや竪琴は聖印入りだ。旋律詠唱か? 足止めの魔術を使うのかよ、こいつのスキル構築どうなってるんだ。
仕方ない。
俺はローブのフードを跳ねのけ、顔をあらわにして髪を振り乱した。
とくと見やがれ美少女の艶姿。いつか拝観料だって取れるようになってやる。
大きく広がったのは、黒金まだらの虎のような縞模様。生来の特有の髪色と、編み込んだ錦糸に護符に呪符。髪は力の源泉だなんていう根源的で珍しい術式の姿だ。
視線誘導よし。
「ぐぁっ!?」
青年が竪琴を取り落とす。
まずは視界の外から指弾で手指を砕いた。悪いな、八歩以内なら百発百中なんだ。
ほとんど転倒するように突っ込んでくるのに対し、身を深く沈めてカウンター気味のタックルで脛を狩る。
足止めの効果は元から一瞬だけ。
つまずかれるみたいにもつれ、転がりながら、青年の脇腹、首筋、ついでに眉間を軽く叩く。
「きゃあーっ」
わざとらしい悲鳴も追加。転倒が終わったとき、下になって組み伏せられた形になっているのは俺の方だった。
目を合わせてウィンクしてやると、わけがわからず呆けながらも理解が及んだようで一気に顔色が青くなる。何をされたのか、万が一俺がその気なら自分はどうなっていたのか、よくわかったようだ。
視界の端で、禿頭のおっさんが顔を覆っているのが見えた。
「お前! いや君、その髪は……!?」
英雄にして事態の原因、フィン・マックールが大声をあげる。
青年を押しのけて詰め寄ってきた。お前の命令で動いたんだからもうちょっと何かあるだろ。というか怖い。
金髪のイケオジに肩を掴まれる。これっぽっちもときめかねえな。
「クラネじゃなかったのか!」
「そこからかよ。……んんっ。誤解がとけて何よりですわ」
「WCCの所属を名乗っていたな。おお、その黒い瞳には見覚えがある。……なんという……なんということだ……!」
「あの、一方的に盛り上がられても困りますわ」
「君の母親の名は!?」
「答えられません」
嫌だよ、こいつに家族の個人情報を漏らすなんて。
しかも覚えがあるなんて言いやがった。
「そうか。ならば君の名前は?」
そのくらい自分で調べろよ。集団依頼に参加した時点で、ギルドカードの情報は公開されてるんだから。いちおう今回の責任者だろ?
俺は、もうフィンへの好意が底辺に達していた。
「……スフィアです」
それでも答える。王国に名だたる英雄からの質問だ。断れば面倒になる。
猫かぶりを続けるのがせめてもの抵抗だった。
「過剰研磨、突出持たず、打ち所なし……悪魔女の子。そんな二つ名をいただいた、単独C級冒険者です」
ああ、もう。本当に嫌だ。
「スフィア・ザ・スフィアと呼ばれておりますわ」
なんとなく察している。
俺の黒金縞模様の髪は、異種族との混血の特徴だ。母さんは黒髪だった。そこに金髪の英雄フィンの、この反応である。
これで察しない方がどうかしてる。
俺をクランから放り出したババアめ、仕組みやがったな。
『感動の親子ご対面ですな。いやはや、おめでとうございます? と言祝がせていただきましょうぞ』
うるさいよ役立たず。
◆◆◆◆◆
「何の茶番ですか、フィン殿、セイルタ殿! 状況がわかっているのですか!?」
一喝。進み出たのはひとりの女騎士だった。
俺を庇う位置に立った彼女は、ぐるりと周囲の面々を見渡す。
「婦女子が暴力に晒されたのですよ? なぜ誰も助けようとしないのです!? 言わせていただこう、冒険者とはそんな卑怯者ばかりなのかと! フィン殿! 貴方ともあろう者がなぜこんな状況を作ったのですか!? これでは今後の協力に支障が出てしまう!」
味方がいてくれたか。
『そやつ。その女騎士め。頭の中が悪意まみれですな。どいつもこいつも死ねばいい、男なら誰でもいいから殺したい、だそうで』
安堵しかけの吐息が止まる。
俺を守ってくれている鎧姿の背中を見る。会ったばかりで誰なのかも知らない背中を。彼女の言葉も俺を庇うものではなく、不和を煽るためなのかと思ってしまう。
『おやまあ。得体の知れぬ者の言葉など信じぬのでは?』
「……ありがとうございます、騎士様。ワタシはもう大丈夫ですわ。だからどうか──」
「もう貴方ひとりの問題ではない。この場の連中は誰ひとり信用なならいと証明されたのだ。さあ、数多の困難をくぐり抜けた冒険騎士フィン・マックールよ! かかる事態を収めていただきましょうか!」
「そこでブン投げるのかよ。……いいえ、騎士様。わきまえて団結と協力を行えるのが冒険者というものです。ご心配は──」
「黙りなさい! 貴方のために言っているのだぞ!? 子供ごときが、分際をわきまえるがいい!」
なんだこの人。怖い。
論理飛躍ヒステリー起こすじゃん。
『話をさせてもらえませぬな』
周りの冒険者たちも困惑している。
英雄フィンの乱心じみた行動と、女騎士の糾弾。そのどちらも筋が通っていない。事情がわからない。そんな場合じゃない。
察する者もいるが、それができるなら我関せずの方針を取るのが冒険者だ。面倒はごめんだものな。
俺は、治療が必要なほど負傷した者はいないのを確認。ひとりを除いて。
「すみません! ワタシたち、ちょっと斥候に出てきますわね!」
やってられるか。三十六計逃げるにしかず。
へたりこんだ軽鎧の青年を引っぱり起こして、通廊の奥へと退散した。
◆◆◆◆◆
「灯れ」
ランタンの明かりは新約魔法を選択。光量を調節するにはこれが便利だ。
フィンたちから適度に距離を取ったところで我慢の限界が来る。
大きく息を吸ってから、絶叫。
「どうなってんだよHAsはよぉ!? 王国領のトップクランじゃねえのかよ!? ボケジジイやらヒス女騎士やら面倒くせえなぁ! おかしいだろ、どう考えても!!」
軽鎧の青年が、手を庇いながら一歩引いた。
「あの、君、その口調は。いや、すまない。返す言葉もない。本当にすまない」
叫んで少しだけすっきりした。
いいんだよ、俺の口調なんてのは。それよりも。
「その手を見せろ。俺が砕いた指を」
「これは……治癒魔術か。すまない。……フッ。僕は謝ってばかりだな。だが言わせてくれ。ありがとう」
「治癒魔術もどきっていうか呪術の応用な。負傷を未来に先送りにしただけ。お前の日頃の行い次第じゃ、えげつない負傷になって返ってくるからな」
「何してくれるんだよお前!?」
「善行を積めよ。情けは人の為ならずだろ。あと、俺は男だ。あっちの趣味もないからおかしな勘違いするんじゃねえぞ。お前、小さな子が好きなんだろ」
「本当に何なんだよお前!?」
「すまない。フッ。僕は謝ってばかりだな。だが言わせてくれ。ありがとう。……すげえ変なキメ顔だったぞ。それを子供相手にやるんだから味わい深いよな」
「もうやめてくれよお前ぇ……」
頭を抱えてしゃがみ込む青年。
よーし。ストレス解消、終了! 我慢の限界はどこか遠くにいなくなった!
『悪魔の所業ですかな』
そんなにか? こいつの尊厳を俺の心の健康維持コストに当てただけなんだが。
『承知の上であれば、やはり悪魔と言う他ありませぬな』
どうでもいいよ。
そんなことより情報の整理と収集だ。
「お前じゃ不便だ、名前は? HAsの一員なんだろ?」
「あ、ああ。僕はセイルタ・キルトロナンだ」
「その家名は王国の貴族かよ。まあいいや。フィン、というかあのクソジジイだけどさ、あれが平常運行なのか?」
「それは、うちのクランには、ええと、問題児がいてね。しょっちゅう騒動を起こすからフィンはこまめに探知魔法を使っているんだ。探知の条件はフィンにごく近しい血縁であること」
「よし。この話はやめるぞ」
やぶ蛇だった。そうかぁ。俺、姉がいるのか。それとも妹か。しかも問題児だそうだぞ、要らない情報すぎるだろ。
俺は髪をフードに押し込んでかぶり直す。じろじろ見るなよ。
「いや、フィンもまっとうな冒険なら頼りになるんだよ。まっとうな冒険なら、ちまたの冒険譚や絵本なんて霞むくらいに活躍するんだ」
「冒険してないときはクソジジイだってことじゃねえか」
「うん。この話はやめよう」
おかしい。建設的な話をしたいのに、現実のダメさが情報を台無しにしていく。
「あの女騎士は? あのヒステリーぽいの。あのとき気の短いのが冒険者たちの中にいたらと思うと、ぞっとしねえぞ」
「彼女はHAsの一員じゃない。リブル・マクネッサ。マクネッサ家のご令嬢だよ。ダンジョン探索の主な出資者から派遣された立会人、かな」
「うげえ」
つい悲鳴を上げる。きっとポーカーフェイスにも失敗しているだろう。
『女騎士ならぬ令嬢騎士であると。なんとも育ちのよろしいことで』
マクネッサ。枝絶えマクネッサ侯爵家。
めんどくさい上に気位が高く、おまけに後ろ暗い上位貴族だ。具体的には、過去に英雄フィン・マックールの名声を疎んでWCCに呪殺を依頼したくらいには。俺が生まれる前の話だそうだけれど。
それがフィンを主戦力に据えたダンジョン探索の出資者だって? 裏があるに決まっている。
「面倒くせえ。お貴族さまだらけかよ、勘弁してくれ」
「いや、僕は男爵家でも、末席で──」
「廃嫡されてない、堂々と家名を名乗れる。それは普通に貴族なんだよ。……転移トラップも怪しくなってきた。そうだ、怪しいといえばお前、ダンジョンに入ってからババア声に話しかけられたか?」
「ババア? 声? なんだい、それ?」
『わたくしめが怪しいと。これはこれは、あんまりな仰りようで』
などと抗議しているようでいて、聞こえる声には笑いが含まれている。こいつはどう扱ったもんかな。
まあいいか。ただの雑音で。
「ならもういいや。俺のことは秘密にしろ。で、斥候、速く終わらせろよな」
「それは君が……いや、もうお前って呼ぼうかな。お前が言いだした斥候だろ。どうして僕に命令するんだい」
「ん? その竪琴の聖印、中暁のだろ? 流通と興遊の神の眷属、音楽の神の聖印だ。しかも旋律詠唱で足止めの新約魔法まで使えるくらいなら、簡単だろ」
そんな、何言ってんだこいつ? みたいな顔するなよ。
王国の信仰じゃマイナーもいいところの神託技術を身につけている理由なんて知らないけれど。
「なんて言えばいいんだ? ソナーはわからないか? 竪琴を鳴らして、音の反響を聞いて地形を探るんだ。この場合はダンジョンの構造を。できるだろ?」
「そ、そうか、そういう。……ああ、なるほど。できるよ。……そんな使い方があるのか……」
「おいおい、しっかりしろよ。お前はすごい奴なんだろって言ってるんだぞ」
セイルタは竪琴を胸に抱いてうつむいた。
「僕はキルトロナン家への反抗でこの技術を身につけただけで、でも反抗なんて言って父や兄に当てつけるわけでもなくて、だから、そんなふうに言ってもらえるのは初めてで──」
「待て。いきなり気分出すな自分語りするな、勘違い野郎め。命令ってのは正解なんだ」
「え? どういう意味だい?」
「婦女子を組み伏せようとした騎士に人権が残ってると思うんじゃねえぞって意味だよ」
「お前は男だろ!? それに僕は騎士じゃない!」
「戦いの心得があって爵位家に連なるなら、王国はいつでも騎士として取り上げられるって知ってるんだよ。この女子供を襲って返り討ちにされたお貴族さまがよ。言いふらしてやろうか」
「そ、そこまで行くと脅迫じゃないかな!?」
「あー? 貴族で騎士で吟遊詩人で冒険者だなんて欲張りビルドしてる奴が悪い。自分の肩書きも守れない負け吟遊詩人に歌えるのは三流漫談だけだぞ? 一生笑い話ばっかり歌うつもりか?」
「そんな厳しいルールがあるのかい!?」
頭を抱えて膝をつくセイルタ。
かわいそうに。吟遊詩人に幻想でも持っていたんだろう。
『やはり悪魔ではありませぬかな』
何の話だよ。
ため息をつく。ああ、面倒くせえ。
「言いたい放題されるなって。ガキとかチビとか女装野郎とか言い返してこいよ」
「子供相手にそんなことできないよ」
「まだ言うか。その九歳の子供に負けたくせに」
「えっ? いや、なんて? 九歳!? 僕よりひとまわりも下!?」
驚いて目を見開くセイルタ。
セイルタの上背は並み程度。一方の俺はといえば、セイルタの肩にも届かないくらい。
歳の差まんまの体格差だな。
俺はフードの縁を引っぱって、顔を半分隠しながら身を縮めてみせる。
「嫌ですわ、セイルタお兄さま。そんなに見つめないでくださいまし」
「いや、いい加減にしろよお前」
チッ。つまんねえの!
話のキリが悪いとのご指摘をいただき第1、2話をニコイチしました。




