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家老御園の失脚

作者: ひろ
掲載日:2025/11/12

※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。

かろう•ごおんの栄枯盛衰

歴史小説コメディです。



 時は江戸時代、とある藩でのおはなし。



 徳川の治世の始まりより、しばらくは順調であった藩財政は、しかし貨幣経済の伸長という経済構造の変化に次第に綻びを見せ始め、元号が元禄から宝永に改まる頃には、藩の御金蔵に見えるは床ばかり。


 しかしながら藩の重臣達は、かようなことは知らぬ存ぜぬとばかりに、太平の世に胡座をかき、自らが如何に甘い汁を吸うかにばかり気を取られ、権力争いに明け暮れる日々。


 経済構造の変化にさしたる対応もせず、利益誘導ばかりを考えた放漫財政を続けに続け、気がつけば、ある年に訪れた飢饉をきっかけに藩財政の底は抜け、借金は毎年の利子も払いきれぬほどの無限地獄に陥った。


 これは藩のお取り潰しも間近かと、事情を知るものは口々に不安を漏らした。



 ことここに至り、わりと大きく暗君寄りであった当代藩主もようやく事の重大さに気がついた。

 そして遅ればせながら藩政改革に打って出る。


 しかし暗君、自分では何から手を付けてよいか全く分からない。

 そこで、分からぬならば誰かにやらせようとばかりに、当時江戸で算盤勘定にかけては日ノ本に並ぶもの無しと評判の市井の者を拾い上げ、なんやかんやで武士の身分にでっち上げ、藩主の権力で国家老に無理やりねじ込み、その者に問題のすべてをぶん投げた。


 武士になる際、姓を御園(ごおん)と称したその男、家老御園の誕生である。




 家老に就任した御園には、先ずは既存勢力との戦いが待っていた


 とはいえ、もとより権力争いにしか能のない連中である。

 その権力争いも、藩主の権力を笠に着た、しがらみとは無縁の御園にはまったく通用しない。まさに天敵。あっという間に勝負はついた。

 元いた重臣は次々と閑職に追いやられ、ほどなく御園は既存勢力の完全排除を成し遂げた。



 かくして政敵のいなくなった御園。次はいよいよ財政の立て直しである。御園は果断なる政策を次々と打ち出した。


 武士に対しては、皆から禄の一部を召し上げ、手当の多くを廃し、更には何かと理由をつけ改易を頻発。


 領内に対しては、治水、災害復旧、新田開発、産業振興など、儲けられぬと判断した藩の事業は即座に取り止め、新規案件も軒並み却下。


 領民に対しては、年貢や運上•冥加金といった様々な税に対しその歩合を増やす。


 等々、誰も止めるものが居ないなか、まさにやりたい放題。

 飢饉に備えた備蓄米すら無駄と売り払い、金子に換えるその姿勢は、非情、無慈悲と武士庶民問わず多くのものが恐れ慄き愚痴をこぼした。


 しかし、それらの策が実を結び、藩はわずか数年のうちに借財を完済し、蓄財すら出来るまでに劇的な回復を果たしたので、誰も表立って批判する者は出なかった。




 かくして、瀕死の状態だった藩財政を見事に立て直した救世主御園であったが、しかし彼も万能ではなかった。いや寧ろ問題の多い人物でもあった。


 まず、御園は確かに金勘定に関しては頭が良く回ったが、藩全体の金の回りを俯瞰して考えることにはとんと疎かった。

 そのため、彼の推し進めた政策が、後々藩全体にどのように返ってくるかを想像することには全く無頓着であった。


 また、御園自身清廉潔白な人物には程遠かった。自身への禄を好き放題加増する、新たな手当を作り上げ自身に与える、藩の金で別邸を築きそこに住む、など。

 他人には緊縮を求めるくせに、人様の財布に手を突っ込むような、がめつい性格だったのである。




 閑話休題


 そして時は流れ、御園が家老職を拝して二十年あまりが経過した。


 御金蔵には入り切らぬ程の小判が唸りをあげていた。

 しかし、このところそれ以上には増えない、いやいささか減り始めた。いくら出費を削っても、入りが少ないのである。


 これはつまるところ、御園の政のツケが遂に群れを成して回ってきた事を意味していた。


 治水を疎かにした農地は荒れ、作物の実りは悪く、農民は疲れ果てた。

 災害に遭った街道は放置され交流が滞った。

 商人はより商いのしやすい他領へ逃げて行った。

 町には浪人があふれ治安は荒れた。


 そして、それら新たに湧き出した諸問題に対応すべき武士は、圧倒的に人が足りていなかった。

 昔は二人三人でやっていた仕事を一人でやらされ、常に目の前のことで手一杯。

 新たな問題に取り組めるものなど、もう残っていなかったのである。



 しかして、領内の金の回りが止まることで藩の実入りも減り始めると、流石の御園の神通力もここまでかと、旧重臣とその一族が一気に息を吹き返す。

 長年冷や飯に甘んじてきた恨み、ここで晴らさでおくべきかと、一致団結して御園を糾弾し始めた。


 そして、ここに藩主も手を貸した。


 そもそも藩主にとって、御園は便利な駒に過ぎなかった。

 そこそこのところでお役御免を言いつければよかろうと、そのくらいにしか思っていなかった。

 それが期待以上の成果を上げ続けたものだから、辞めさせようにも辞めさせられず、上がり続ける御園の権勢に焦りさえ感じていた。

 さらに、どこへ行っても御園への賛辞を聞かされる。

 まるでお前は無能なのだと言われているようで、いつもいつも、とても面白くなかったのである。



 かくして藩主の後ろ盾も失った御園は、ある日突然、有ること無いこと様々な罪に咎められ、家老職を解かれ、禄を召し上げられ、離島への島流しの刑を申し付けられた。


 家老御園の失脚である。


 ちなみに、島流しの直前、御園は逃走し脱藩を果たす。

 噂によれば町飛脚に扮して逃げだしたとか。まあ、噂の真偽もその後の行方も、今となっては闇の中である。




 一方、首尾良く御園を追い出した藩のその後であるが、語るまでもなく、ボンクラ藩主のもと旧来重臣の権力争いに明け暮れる日々がまた始まったに過ぎなかった。


 しかも、元々乏しかった彼らの政の能力は、長年の雌伏の時を経て欠片も残らず消え失せて。つまり、御園以前よりさらに酷い有り様でのお家騒動再び、である。


 その酷さは、御園が二十年に渡り貯めに貯めた御金蔵の金を僅か数年で食い潰し、更に次の数年で借財まで重ね、毎年の利子も払いきれぬほどの無限地獄に再び嵌るほどであった。


 領内は依然荒廃し、藩財政も灰とならんばかりの火の車。


 人々は「濁れる御園も、ここまで濁っちゃいなかった」と口々に愚痴をこぼし、昔は恐れた藩お取り潰しの可能性も、むしろ歓迎するような口ぶりで噂するようになったという。




おしまい


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