星に架ける橋
二人を乗せたアルは、館の南にある塔の上まで来て、ルシクリオンを降ろすと、ウタハをその塔の下まで運んで止まった。ウタハが降りてしまうと、すぐにアルは元の姿に戻って、ウタハの足元にまとわりついた。
ウタハは辺りを見回した。見覚えがあった。
ここは、以前マロウズと来た塔の空き地に違いなかった。
白い石が敷き詰められたすぐ向こうの塔の入口には、赤い長着を着た女性がこちらを見ていた。
彼女はウタハを見ると、近寄ってきた。
「来たわね。いよいよこれからよ。まもなくあなたの仲間たちがここに着くわ」
「はい、リモーネ・・・いえ、ルーベル教授」
ウタハは、彼女を見て言った。リモーネこそ、赤の魔女であった。
赤の魔女は、塔の入口に向かって、声をかけた。
「そちらの準備は良くて?」
入口から、顔をのぞかせた館長が返事をする。
「もう増幅器の準備は完了ですぞ」
マロウズの気にしていた白い箱は、館長配下の古の魔法師たちが操作していた。
赤の魔女はうなずく。
「皆は?」
「もう間もなく、集まるでしょう。下をご覧ください」
赤の魔女は、塔の縁から下をのぞいた。
同じようにウタハも下を見る。
いつの間に集まっていたのか、館の周りには、周辺の村人や魔法師たちでぎっしり埋まっていた。まだ村の方からは館に向かってくる者たちもいた。
ウタハは驚きながら見ていたが、ふと、気になってルシクリオンが降りた塔の最上階に目をやった。
最上階の上に設けられた見張り台に、彼はひっそりと立って、すべてを見ているらしかった。
そのとき、移動魔法でエランとマロウズ、そして見知らぬ少女が一人、赤の魔女の前に姿を現した。続いてアイジェルとタージェルンも同時に着地した。
みんなは、緊張気味な声をかけ合って挨拶をした。
見知らぬ少女がミルルだったと聞いて、驚いたが、詳しい話は全て終わってから、聞かせてもらうことにした。
エランは挨拶がすむと、真っ直ぐウタハに近づいて、肩を抱きよせて言った。
「いよいよだ。成功を祈ろう」
「ええ」ウタハはうなずく。
エランは自分の竪琴を手にしていた。
「みんな輪になって!」
赤の魔女の声が響く。
ウタハたちは言われた通り輪になった。
赤の魔女はそばへやってきて、ウタハとエランを真ん中へ連れ出すと、自分と残りの四人で手を繋いだ。
「時間ですぞ!」
館長が叫んだ。彼は、そばにいた古の魔法師たちとカウントし始めた。
「五、四、三、二、一」
「始め!」赤の魔女の声とともに、塔の広場に歌声が――いや、正確には唸るようなハミングが響き始める。同時に館の前に集まった人々の声が唱和する。そのハミングは館長たちの操作する増幅器でいっそう大きく響き始めた。こうして振動数と周波数を、かつてのウィオラから分岐し、破壊から免れたウィオラに近づけるのだ。ウィオラはこの星よりも高振動の星であった。
その音が最高潮になってあたりの空気を震わせると、エランの竪琴が音を乗せた、と同時に塔の周囲の空気全体が大きく揺らぎ始めた。ゆらゆらとした幾重ものオーロラの壁に人々のさまざまな姿が万華鏡のように映って、それが激しく波打ち始めたとき、淡いバラ色に黄金色の光を放つ大きな星が地平線から昇って近づいてきた。
だが、これを見ることができたのは、ごく一部の者だけだった。高次の意識を持つ魂の目覚めた者たち。ただ、多くの者たちは見えずとも意識の深いところで、何かが近づいているのを感じていた。
空一面にそれは姿を現していた。人々のハミングと、エランの竪琴はいっそう激しく高くなり、周囲を取り巻く。
「今よ! ウタハ! 橋を架けて!」
赤の魔女の声がした。
ウタハはウィオラに向けて祈った――力をお貸しください、いまだ苦しみから逃れられない、分かたれた同胞のために――それから意識を光の橋にして、じわじわと近づいてくる星に向けて放った。橋は虹色に輝き、ウィオラに届いた。が、完全ではなかった。大地に届いていない。いけない、このままでは、高次元のウィオラはすり抜けてしまう! ウタハは一瞬、焦った。もっと光を強めようとしたとき、耳の奥でルシクリオンの声がした。
「ウタハの器を壊せ! イーリス!」
ウタハは、はっとした。そして思い出した。以前アミラが言っていた――わたしの名は精霊神のお供えに使うウタハという器の名をとって、つけたのだと。そうだった、わたしの本当の名は・・・そう、イーリスよ! ウタハという器に入っている・・・
ウタハは全身から一斉に激しい光を放った。ウタハの身体は砕けて分散し、光の粒子の身体に変化した。それは虹色の光を放つと、眩い白い光となってあたりを包んだ。彼女の中から二つの丸い光が飛び出して、先ほどの虹の橋を覆いながら、最大限に近づいてきたウィオラの大地に深く着地した。二つの白い光は、ウィオラの波動に干渉されて、虹の橋を繋ぐ光の巨人に姿を変えた――と同時にウィオラの眩い温かな思念がこちらの世界に被さってきた――あなたの願いを叶えましょう――その声はウィオラの意識だった。「わぁ・・・!」みんなが声を上げた。ここにいる者たち、館の前に集まった人々も、ひとりひとりのうちに深い喜びと安堵の思いが湧き上がってきた。今や、すべての者たちが涙を流していた。辺りの光景がゆらぎ、それぞれがぼやけた。
「イーリス、橋を離して」
赤の魔女の声が遠くに聞こえた。
「成功よ」
ウタハ――イーリスは白い光の球を呼び戻し、光の橋を消した。ウィオラは静かに離れて行った。
館の前に集まった人々は、何があったのかよくわかっていないようだった。
だが、みんな涙を流しながら、そばの誰かと抱き合っていた。心に安らぎが満ちていたのだ。
マロウズはミラと。アイジェルはタージェルンと赤の魔女の三人で。館長たちも古の魔法師たちと。みんな言いようのない感動に浸っていた。
イーリスはウタハの分散した断片を集めて新たな身体を創ったが、光の粒子が少し漏れ出すのはどうしようもなかった。
「それでいい」
そばに立っていたエランがウタハをそっと抱きよせた。
ウタハは微笑んで彼を見上げた。
そこにいるのは、エランでありながら別人だった。
柔らかな長い金髪は、淡いバラ色が入った金色――ウィオラの色だった――の髪になり、青みがかった緑の目は、紺色に近い緑になっていた。
「私たちは統合されたらしい・・・」
エランは瞳に星をきらめかせてウタハを見た。
ウタハは思わず彼の胸に顔を寄せて、ぎゅっと抱きしめたのだった。




