約束の行方⑷
そこにいたのは、黒い髪に濃紺の瞳をした青年――ルシクリオンだった。
「こちらに」
彼は向かいのソファに座るよう言った。
ウタハは緊張気味に腰を下ろす。そして、彼をじっと見つめた。
ルシクリオンはその視線を受け止めたが、すぐ外して考え込んだ。
ウタハの記憶が戻っていることをみてとったらしかった。
「もう、そこまで思い出してしまったのだね・・・」
彼は、低い声で言った。
「ええ。あなたは・・・あの星、ウィオラで・・・」
「そうだ。だが、ちがう」
ウタハの言葉をさえぎった。
「ここにいる私は・・・あの星にいた私ではない。あのときの私の半身にしかすぎないのだ」
「どういうことです?」
「かつての・・・ウィオラの評議会が分裂したときのことを覚えているかい?」
「――覚えています」
「科学を進化させた世界を作ろうとする者たちと、意識と精神エネルギーを重んじる者たちとの、二つの派に分裂したとき、私は魔法も科学とともに進化させるべきだと思っていた・・・だから、私は迷わずそちらの道を選んだ。きみと歩む道を捨てて――」
「あなたは、そうするだろうと思っていたわ・・・」
ウタハは遠い記憶をたどる。
そう、あのころわたしは、さらなる光の身体への進化を求めて、物質を扱う科学を認めない人々の中にいた・・・
でも、彼とは想い合う仲だった。それを引き裂くほど、世界は変わってしまった・・・
あれほど融和して、一つの意識体とも思えるほどの調和を保っていたウィオラに、なぜ不協和音が起き始めたのだろう・・・?
忘れていた悲しみと苦しみが湧き上がり、胸を締めつける。
ルシクリオンは静かに話を続けた。
「だが・・・科学を信奉する者たちは、あまりにもテクノロジーの進化に偏り過ぎていた。それを知って、私はそこから離れたのだ。後悔したよ。
そのときから、『いまさらきみの元へは行けない私』と、『なりふり構わずきみの元へ行きたい私』との葛藤が始まったのだ」
ルシクリオンは感情を押さえて話していたが、当時を思い出したのか、彼の周囲にちかちかと暗い光が一瞬飛び散った。彼は深い呼吸をした。
「――その思いが私自身を引き裂いた。当時は、まだ光の粒子の身体をかろうじて保っていたからね、半身に分かれるのは意外に簡単だった。
分かたれた半身は――きみと会うためにあの星に生まれ変わった。エランとして。光の道を選び、新たな宇宙に分岐したのだ・・・
残りの半身であるこの私は、光の影、闇の道を行く道を選んだ。次元の境界に生きるものとして」
「そんな・・・」
ウタハは両手で顔を覆った。
「そんなにも、あなたは苦しんで・・・」
切なさに涙がこぼれた。
「あなたは、それでいいの?」
ウタハはたずねる。
ルシクリオンは返事をしなかった。
ウタハを見つめる彼の濃紺の瞳に星がきらめいた。
そのとき、扉の方で声がした。
「総長! 御準備を」
それは館長の声だった。
「今、行く」
(総長? 彼がそうだったの、どういうこと?)ウタハは驚いて彼を見た。
「もう、その刻がきたらしい。一緒においで」
ルシクリオンは立ち上がった。
そして自分の胸の前に光を集めて、姿をノクィース先生に変えると、呪文を唱え天井を指さして開く。薄青い寒々とした冬の空が現れた。
やはり・・・彼がノクィース先生だったのだ。すべて繋がった気がした。
彼はウタハの足元に小さく丸まっていたアルを見て命じた。
「アウルム、乗せて飛べ!」
アルはみるみる巨大化し、この前と同じ姿になった。金色の翼ある猫だ。アルは二人を乗せると、開いた天井から、空へ向かって飛び出して行った。




