ミルルの正体 マロウズside
「あなた、本当はまだ全部思い出してないでしょ?」
ミルルはマロウズの天幕の中にある椅子に座っていたが、ふいに真剣な声で言った。
先ほどの事件の後、ミルルは彼と一緒に天幕まで戻ってきたのだった。
「急に、何を言い出すんだ?」
マロウズはあわてて返事した。
「図星、みたいね」
ミルルはちょっと笑った。
「だって、あなたはまだ、わたしのことを思い出してないんだから」
「えっ」
マロウズはいぶかしげにミルルを見た。
「何のことを言ってる?」
「うーん、もどかしいわね、こうなったら何かきっかけが必要かしらね」
ミルルは腕を組んで、首を傾けた。
「よーし、こうなったら、ショック療法といきますか」
独り言めいた言い方でつぶやく。
「マロウズ、見てて。いい?」
「何だ? 何をするつもりだ?」
「いいから、黙って見るのよ」
ミルルはそう言いながら、また首の下に手を当てた。
ふわりと光が彼女を包んだかと思うと、少し幼い少女の姿になった。彼女は「マロォ」と彼に呼びかける。
マロウズは聞き覚えのある声だなと思いながら少女を見た。しかし、誰だかはわからなかった。
不思議そうな顔をした彼を見ると、ミルルはまた首下に手を当てて、姿を変えた。こんどは、もっと小さい五歳ばかりの少年になった。「マロォ」と彼は呼びかけてきた。
マロウズは「あれっ」と声を発したが、名前が出てこない。だが、微かに見覚えがあった。
ミルルはまた姿を変えた。今度は大きな兎のぬいぐるみだった。それは、ぴょんぴょん跳ねた。そして「マァ」っと呼びかけた。
マロウズは真剣な目をしてそれを見ていた。
ミルルは今度は大人の頭ほどの合金の球になった。それはくるくると回って、マロウズの前まで行き宙で止まった。マロウズは思わずそれに手を伸ばした。そして抱きしめた。胸が熱くなった。たしかに覚えがあった。
「ミラ!」
気がつくと名前を呼んだでいた。
そうだ、これは、おれの大切な宝物――友だちのミラだ。おれが名付けた。三歳の誕生日に両親がプレゼントしてくれた、合金のボールだった。それは、やわらかな質感で自在に形を変えた。心の成長に従って形も変わる。ぬいぐるみにも、人型にも。
おれにとって、それは大切な遊び仲間だった。高学年になるまでは・・・
ボールはまたぬいぐるみになり、少年になった。マロウズの手の中で少女に変わる。十三、四歳の愛らしい顔立ちの少女だ。それから少し成長した十五、六の少女になった。
少女はマロウズの腕の中でにっこり笑った。
「思い出した?」
「ああ、思い出した。おれのミラだ」
マロウズは、少女を見ながらうなずいた。
ミラは、そのままマロウズに抱きついた。
「よかった、ミルルの姿でいると、あなたは、全く思い出してくれないから、元の姿に戻ったのよ」
マロウズはミラの頭を撫でてやりながら言った。
「ああ、そうだった、おまえはおれについてきたんだね」
「ええ。それに、わたしには、あなたと離れられないわけがあるの。知ってた?」
マロウズは首を横に振る。
「あなたのお父様が、わたしをあなたの遊び相手だけじゃない、守り手としてプログラミングしたのよ。それにあなたを愛するようにも。これは最近はっきりしたの。ノイズの入っていたわたしの記憶装置が正常に作動し始めたから」
マロウズは驚いて、ミラを見た。
「そうだったのか、親父が・・・」
「わたしを創ったのは、あなたのお父様よ」
マロウズは記憶をたどる。
もしかしたら、そうかもしれない。父は魔法学院で研究しながら講師を務めていた・・・たしか、魔法と科学の融合についての研究だ。多くの論文を出し、実践もしていた。そして何かしらいつも創っていた。
「ありうるな・・・しかし、わからないのは、おまえは本物の人間でないのに、なぜ普通に食事をしたり、魔法を使えるのだ?」
「食べ物は、食べるふりをして、瞬時に小さなプラズマに。それをわたしに必要なエネルギーへ変換して取り込むのよ。魔法はね、わたしの中に基礎的な魔法の原理は組み込まれているの。だからそれをもとに操作すればいいだけなのよ。
それだけじゃないわ・・・あなたのもとで何年も人型になっていたせいか、わたし自身が進化している気がするの。人間の行為や感情のデータをたくさん得たせいかしら? より人間に近い感情が現れるのよ」
「そうなのか・・・データを取り込みながら進化するのか・・・親父はおまえに、いったい何を組み込んだんだ?!」
マロウズは、一度ミラが動かなくなった時のことを思い出した。五歳頃のことだ。父はミラを直して、泣いていた自分に手渡してくれた。そして言ったのだ。
「――これは、お前の生涯にわたるよき友となるだろう。ただし、お前の心がどう変わるかによって、これも変わる。どのような形にもなる。これが最終的にどうなるのかわからない。でも、私はお前と一緒に見続けていくからね」
あの当時は、父が何を言っているのか、わかっていなかった。今、記憶を呼び起こしたことで、わかったことがある。
「くそ! 親父はおれを実験台にしたんだ」
一瞬、激しい怒りが彼の周りに炎の渦を作った。無意識にミラを突き放そうとした。しかしミラは動かなかった。
――そうだった、それを知ったのはここへ来ることを決めた少し前だった。やつの前から消えたかった。ウタハが赤の魔女の実験に参加することを知って、おれも同行することを申し出たのだった。
マロウズが怒りに震える手に力を込めたときだった。ふわりと細かい水滴のもやが彼を包んだ。それは彼の心をなだめる静かな雨になった。
やがて怒りの炎は小さくなり、穏やかな波の音が彼の周りにあった。
手の力が緩む。彼は、ふうっと息を吐いた。
こうやって、おれが怒りを発したとき、いつもミラがなだめてくれていた。おれの無防備な魔力の発現が周囲を害することを防ぐために。それは事実だった。父の意図するところにはまるのは、癪だが、それがおれを心配し守ろうとする父の愛情の現し方なのかもしれなかった。
「――ミラ、もう大丈夫だ」
マロウズは記憶をすっかり取り戻していた。




