新たな結界⑴
ウタハは、先ほど侍女が運んできてくれた温かい紅茶を飲みながら、ため息をついた。
新しい滞在場所となった、王城の部屋の客間から窓の外を眺めた。クリスタルガラス越しに、花のない花壇から続く通路の先に東の塔、その後ろに遠く山脈がかすんで見えている。
年越しの舞踏会の翌日の今日、城からの使者がやってきて、城に滞在するよう言った。急な話ではあったが、王命ということで、あわただしく館長の屋敷を後にしたのだった。
昨夜は、花火が終わるころ、フィデリスが探しに来てくれて、館長夫人と合流することができた。おかげで無事に屋敷まで帰って来れたのだった。
待っていてくれたフローリに着替えさせてもらうと、すぐベッドに入った。
メイドが出て行ったのを確認すると、ウタハはアルを呼び出した。
アルはいつも通りの顔で現れた。
「アル、さっきは助けてくれてありがとう。だけど、あれはいったい、どういうこと? なぜ、ルシクリオンがあなたの名を知っていたの? 教えて」
アルは「あにゃ~うにゃ~」と、知らないふりをしようとしていたが、ウタハが怖い顔で見つめているので、観念したらしかった。
「それはだにゃ~、長い話になるのにゃ~」
「簡単でいいから」
「うんにゃ、アルはにゃ、ルシクリオン様ににゃ~創られた猫にゃ。あのお方はにゃ、わがにゃ~魔物王国のお世継ぎにゃのだにゃ~」
「魔物王国? そんなのがあるの?」
「だからにゃ~、長い話になるにゃと言うたにゃ~」
「わかった、話して」
鳴き声がうるさいので、聞いた話を早送りでまとめると、次元を超えた場所にはいくつも世界があり、にゃにゃぁ(早送り)、その中の一つに、かつて魔物とともに暮らす人々の国があった。にゃにゃぁ(早送り)
しかしその国が戦争で滅び、穏やかな性質の魔物たちが、他の世界に拡散してしまった。すると悪意ある者たちの手によって創り変えられ、魔物は世界に害なすものとなった。にゃにゃ(早送り)
新たな戦いの末、それらの魔物を集め、統率した者たちがいた。にゃにゃぁ(早送り)やがて彼らの国が魔物王国とよばれるようになり、その国の王の息子で、強力な魔力を持つ彼が世継ぎと言われている。
「――と、いうことにゃ~」
「そういうことだったの・・・でも、ルシクリオンって・・・」
彼から光の環が降ってきたことを思い出した。
「すごい魔力のあるお方にゃ~」
「ま、いいわ・・明日考えましょ。アル、寝よう」
ウタハは、ベッドの上で、ひょいとアルを高く持ち上げた。
「こうして見ると、あの姿が信じられないけどね」
「にゃ~にゃ、うるさいにゃ」
バタバタ足を動かすアルを傍らに下ろした。
「おやすみ」
頭を搔いてやりかけて、そのまま眠りに落ちた。
*
昼前まで寝て、そろそろ起きようと身体を起こしたとき、フローリがあわてた様子で駆け込んできた。
「大変でございます、お城から御使者が来られて。馬車が待っています。すぐ、登城のご準備をなさってくださいませ」
眠たげなアルを帰すと、ウタハは急いで身支度する。何事かしら?
いつものチュニックの上に弟子の長着を羽織り、本邸に向かう。
フローリがウタハの荷物をまとめ、布に包んで後についてきた。
本邸のリビングでは、夫人が落ち着かなげに立っていた。
ウタハを見ると、急いで近寄ってきた。
「ウタハさん、あなた、第三王子と婚約なさるの? 城に滞在するよう、お達しがありましたのよ」
「あ、ええ。婚約のお約束はしましたが、滞在とは? 何も聞いておりませんが・・・」
驚いているウタハに、夫人は言った。
「夕べ、王とのお話はそれでしたのね。わかりました。さあ、使者が待っています。馬車の方へ」
彼女はウタハを伴って、玄関口へ向かった。
「なんだか、わたしもよくわかりません。ご迷惑をおかけしたみたいで・・・」
申し訳なさそうに言うウタハに夫人はうなずいた。
「いいのよ、あの方たちの、いつものやり方ですもの」
ウタハは世話になった礼を言い、使者に手を取られて馬車に乗り込んだ。
それが、先ほどまでの出来事だった。
ウタハは部屋へ運ばれてきた遅い昼食を食べ終え、紅茶を飲んでいた。
ウタハは目を閉じる。目の前には、数々の映像が次々に浮かび上がる。
それら一つひとつの意味を、今はすべて理解していた。懐かしい人々、そしてこの星のこの地へ来た、勇気ある同志たち。そして愛しい人の顔も・・・
――そう・・・あのとき、赤の魔女はわたしを訪ねてきた。庭の東屋でお茶を飲んでいたわたし。ちょうど婚約が決まった日だった。彼女は赤いローブを纏って現れたのだ。
「――が、・・・に、なれるかどうかの実験でもあるのです。それには、あなたの力が必要なの。あなたの持って生まれたものは、かの星で培われ生まれたもの。それはこの星に、この世界に継承すべきものだわ。それが一つの運命を変える力もある・・・あなたは、ここで小さな幸せを得て、それで十分と?」
わたしは彼女の言葉を聞いて、激しく動揺した。
「どうして? なぜ? そんなことが・・・わたしに力があるなどと・・・ありえないわ」
「それなら、なぜあなたの周りには光が揺らいでいるのかしら? それだけでも違いがわかるでしょう?」
そう、わたしはいつも他の人と違うと・・・わたしの身体の周りには、たえず光の粒子が揺らめいていた。年齢を重ねるたびに、周囲の者から他の人との違いを指摘される。いつしか、ひとり閉じこもることが多くなった。両親や兄たちは心配して、常にわたしを守ろうとしてくれた。兄や理解ある兄の友人たちは、家庭教師としてわたしに学問を教えてくれたのだった。その中にマロウズもいて・・・ああ、そうだったわ・・・
「少し、考えさせてください」
わたしがそう言うと、赤の魔女は「また来るわ」と――
遠い記憶がゆらゆらとぼやけて消えた。
ウタハはまた、ため息をついた。
部屋の扉が軽く叩かれて、侍女が入ってきた。
「王子殿下がおみえになりました」
ウタハは、少し驚いたが、うなずいた。
「お通ししてください」
軽やかな足取りでエランは部屋へ入ってきた。
今日は白に近いグレーの長着を着ている。
ウタハは魔法師の礼で迎えた。
応接のソファを勧め、侍女にお茶を頼んだ。
エランは、その一連のよどみのない動作を見て、眉を上げた。
「ウタハ・・・もしかしてきみは――」
ウタハは、にっこり微笑んだ。
「はい、思い出しました。といっても、まだすべてではありませんが・・・」
「そうなのか! よかった」
エランはウタハの手をとって強く握りしめた。
そのままソファアに腰を下ろし、ウタハも傍らに座らせる。
「侍女がきますわ」
「かまわない。私たちは婚約するのだし、事実あの星ではそうなのだから」
ウタハは首を横に振った。それから彼の手を外して、向かいの椅子に座り直した。
「向こうとは、違いますから。それより、なぜ、こんなに急にわたしをお城に?」
「それなんだが・・・」
話しかけたとき、侍女がお茶を入れて運んできた。
彼女がテーブルにお茶を置いたのを見て、エランが言った。
「少し、はずしておくれ」
侍女は礼をして部屋から出て行った。
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