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フォラードの光  ― 星の記憶者 ―  作者: あけの星
第三章

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年越しの舞踏会⑹

 

 大広間のバルコニー近くの窓際に置かれた椅子に、ウタハとエランは腰を下ろした。ここは、舞踏会に慣れていない人たちが、会場の雰囲気を知るために、目立たず、そっと眺めるのに適した場所でもあった。 

 

 二人とも仮面をつけ直していた。ウタハは紺の仮面、エランは白い仮面を。

 エランも今日は魔法師の長着ではなく、高貴な王族らしい衣服を着ていた。ウタハのサッシュの色に似た、光沢のある黒に近い紺のジャケットの上に、白地に金糸で刺繡を施した豪華なマントを左肩にかけ、琥珀のブローチで留めている。細い膝までの黒いパンツに、よく磨かれた革のロングブーツを履いていた。


 舞踏会は同じように着飾った貴族たちで盛り上がっていた。

 みんなそれぞれに趣向を凝らした仮面をつけている。つけていても誰それとわかるのを、女性たちは顔の前で扇を開いて囁き合い、くすくす笑っていたりする。


 大広間のさざめきの中、楽師たちがかき鳴らす音楽に合わせて、楽しげに踊る人々を横目に、ウタハとエランは真面目な顔で向き合っていた。


「今日のきみは、いつものウタハじゃないみたいだ。向こうの世界にいたときのきみに近いよ」

 エランは、ウタハが美しい装いで現れた衝撃を引きずりながら言った。だが、ウタハはさっきから、黙ったまま下を向いている。

「なにか、気に入らないことがあった? 言いたいことがあるなら言ってごらん」

 彼女が黙ったままなので、彼は少し困った顔で、ウタハの顎をそっと片手で持ち上げた。

「ずるい――ひどいわ・・・」

「えっ、何が?」

「突然、婚約だなんて・・・」

「いやなのかい? 私と婚約するのが・・・?」

 ウタハは彼の手を静かに外して、首を横に振った。

「そうじゃなくて・・・あなたは何もわたしに話してくれなかったわ・・・婚約しようとも言ってくれなかったのに・・・王様に言わせるなんて――」

 エランはウタハの両手を取った。

「わるかった、まさか今日、その話を父上がきみにするとは思わなかったのだ」

「なぜ、先にわたしの気持ちを聞いてくれなかったの?」

「話すと、きみは断ると思ったからだ・・・まだ早いと思っているだろう? 違うかい?」

 ウタハは言葉に詰まる。

 エランを好きな気持ちは、ようやく自覚し認め始めたばかりで、それが結婚ということに、つながるものなのかどうか、まだよくわからなかったのだ。しかも自分は何も思い出せていない。

「きみと王の話を聞いて、嬉しかった・・・きみは、わたしを慕っている、って言ってくれたね」

「わっ」

 ウタハはいきなり彼の手から両手を引き抜いて、その手で自分の顔を覆った。

「は、恥ずかしい・・・聞いていたの?」

「聞こえたんだ。きみの声なら囁きだって聞こえるよ。私は・・・」

 エランは顔を覆っているウタハの手を外しながら言う。

「私はね・・・私は・・・きみのことを愛している。だからきみと一緒にこの星へきたんだ。どんなことがあってもきみを守る。迷惑なんて、いくらでもかけてくれていい。だから――」

 ウタハの両手をとって言った。

「結婚してほしい。すぐにではないよ。時が来るまで、それまでは婚約者として、私のそばにいてほしいんだ」

 仮面の間から、ウタハを見つめるエランの、青みを帯びた深い緑の瞳が熱を増していた。

 ウタハは胸が熱くなる。心臓の音が耳に大きく聞こえた。わたしと一緒にこの星へ来た・・・? そうなの? ウタハはいまだ思い出せない記憶をたどろうとしたが、あいまいな影がもやのなかに浮かぶだけだった。ただ、今つながっている熱は確かなものに思えた。

「は、はい・・・」こくんとうなずいて返事をしたとたん、涙がこぼれた。なぜ、涙が・・・

「よかった・・・」

 エランは指で、仮面の目元からそれを拭きとって言った。

「この涙は・・・もしかすると、深いところにいるもう一人のきみの、真実(ほんとう)の涙なのかもしれないね。あせらなくてもいい。記憶は必要になったとき、きっと思い出すよ」

 二人は互いを見つめ合った。誰も邪魔することのできない熱が二人を取り巻いていた。


 ――やがて、広間の音楽が変わった。

 動きの大きいダンス曲から、静かな軽いステップの曲へ。


「踊ろう」

 エランが立ち上がり、ウタハの手を引いて踊りの輪の中に入る。向かい合って踊る簡単なステップをエランはウタハに教えてくれた。

 以前、夏光祭で彼が教えてくれたステップをもっと簡単にしたものだった。


 二曲ほど続けて踊った後、二人は食事をとり、飲み物を片手にバルコニーへ出ようとした。そのとき、エランが「あっ」と小さく声を上げた。

 エランは飲み物を近くの台の上に置いて、急ぎ足でバルコニーに向かう。彼の背を追って、ウタハも急ぎ足になった。


 まだ、カウントダウンの鐘が鳴るには早かったので、バルコニーには人の姿はなかった。大広間のバルコニーはかなり広い造りで、天井はない。見上げれば冬の星が輝いている。空気は冷たかった。


 ウタハがバルコニーの隅に立っているエランに近寄ったとき、彼はマントの間から、妖精を取り出したところだった。マロウズの使い魔だ。人が苦手な妖精は、エランのマントに隠れて現れたらしかった。

 そういえば、まだマロウズの姿は見ていなかった。何かあったのだろうか。


 妖精の伝言は、『大きな動きがあった、至急来てくれ』という要請だった。

 エランは顔色を変えた。

『すぐ行く』と伝言を頼み妖精を帰すと、ウタハを引き寄せ、抱きしめて言った。

「この前から調査していたものが正体を現した。できるだけ早く戻ってくる。何かあれば知らせるよ」

 彼は、ウタハから離れると、厳しい顔つきになって移動魔法で姿を消した。

 エランがあんな顔つきになるのを初めて見た気がした。何が起きたのだろう? 正体を現したものとは何? ウタハは背筋がぞくりとした。


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