星の記憶⑶
「やあ、頑張ったね」
ノクィース先生は、そう言ってアルを抱き上げ、ウタハに近づいてきた。
ウタハにアルを手渡してくれたが、アルはウタハの腕の中で、やけに大人しくしていた。
「もう、帰られていたのですね?」
ウタハは彼を見上げた。背は高いほうだ。エランと同じくらいだろうか。
「いや、忘れ物をしてね、取りに帰っただけなのだ。またすぐに出かけなければならないのだよ。帰るのは年明けになるかもしれない」
「そうでしたか・・・」
「これから館も年末で帰省する者が増えるだろう。きみのことは、館長に話しておいたから、良い話があるかもしれないね。課題は、もう解いてしまったのだから後は自由にしなさい。昇級試験合格だ。新しい長着も届くだろう」
「ありがとうございます!」
アルを抱えたまま頭を下げると、ノクィース先生は移動魔法で姿を消した。
ウタハはアルを下におろして階段を上がって行った。
五階は、資料室と聞いていた。今まで上がったことはなかったので、ちらっと見てみたくなった。
廊下を挟んで、二つ部屋の扉があった。
これが資料室かしらね・・・?
その突き当りに、上に続くらしい階段が見えた。
まだ、上があるなんて、知らなかったわ。
壁の小さな明り取りの窓から、こぼれる日の光以外ない薄暗い廊下を、ウタハは通って階段の前まで行った。
しかし、上を見上げると階段の一つ目の踊り場には扉があった。とりあえず、扉の前まで上がり、試しに扉を開けてみようとしたが、びくともしなかった。結界が張られているらしかった。
ウタハはあきらめてノクィース教室に戻った。
*
夕食後、ウタハはアルに消えるよう命令すると、しぶしぶアルは姿を消した。
昼食のときは、彼女が食堂に行っている間も、ずっとノクィース教室で、テーブルでなく椅子の上に丸くなっていた。
ウタハがどこへも行かないなら、出しておいてもいいのだが、出かけるとなるとちょっとまずい。だから心を鬼にして言ったのだった。
まあ、一応マスターは自分なので、使い魔のアルは命令を聞かざるを得ない。魔力の契約で縛られているのだ。
夕食を終えて戻ってきたとき、ノクィース教室のテーブルの上には、新しい淡い水色の長着が置いてあった。誰かが届けておいてくれたものらしい。それは弟子が着る色だった。
ウタハはそれに着替えて教室を出た。
人のいないのを確かめてから、エランが教えてくれた次元の入口まで来ると、壁に手を当て、この前おそわった通りに念じた。すると、またいきなり次元の入口が開いて、ぐっと引き込まれる――そして、ぽんと吐き出されたウタハの身体を、エランが受け止めてくれたのが分かった。
「待っていたよ」
エランの部屋の次元の入口で彼は微笑んだ。
「弟子になったのかい?」
彼はウタハを抱きしめながら言った。
「そうみたい。課題の使い魔を絵から出せたので」
「ふうん、面白い課題だね。それ、猫だった?」
「ええ。あ、ごめんなさい、うちの猫があなたの使い魔を驚かせちゃって」
「なるほど、それで私の鷹がおびえていたのか。どんな子? 出してみて」
ウタハはうなずいてアルを呼び出した。
ふわっと、丸まった金色っぽい黒い毛皮が目の前の床に着地した――と、それはいつものアルの姿になった。
「ウタハにゃ~、呼んだかにゃ~?」
アルは碧いクリスタルの目をまぶしそうに細めた。
「うん? そちらの兄ちゃんは誰だにゃ~? ウタハを狙う悪者は許さないにゃ~」
「こら、そんなふうに、失礼なこと言わないの。こちらはエラン、今日あなたが脅かしてしまった鷹のマスターよ。ご挨拶して。ちゃんと謝るのよ」
「にゃぁ~にゃぁ~」突然、猫になった(もとから猫だが・・・)声で、エランの足元に身体をすりつける。
エランが吹き出した。
「うふっ、面白い猫だね。本当にしゃべるのだね」
「どちらが、使い魔かわからないくらいよ」
ウタハは肩をすくめる。
「おいで」
エランが手をアルに差し出すと、頭をすりすりさせて、可愛らしさをアピールした。そして、ひょいと肩に飛び乗った。
「あ、こら、そんなことしたらダメよ」
ウタハが止めにかかったとき、エランは自分でアルを捕まえると抱きかかえた。
アルはなぜか大人しい。ふにゃふにゃの猫になっている。
「アルったら、どうしちゃったのかしら?」
エランが笑いながら言った。
「気に入られちゃったみたいだね。さあ、もうきみのマスターのところへ戻りなさい。ちゃんと命令に従うんだよ」
抱いていたアルをウタハに渡した。
ふとウタハは、さっきのノクィース先生を思い出した。アルはあのときもやけに大人しかった。なぜだろうと思ったが、アルを受け取ると、ふわふわしたアルの心地よさでその思いを忘れてしまった。
ウタハはアルを抱いたまま少し撫でてから、消えなさいと命令した。すると、素直にパッと消えた。
「めずらしいこともあるわね」と、つぶやきながら消えた腕の中を見つめた。




