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フォラードの光  ― 星の記憶者 ―  作者: あけの星
第一章

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鏡の沼〈アイジェルの視点〉

 

 湿地でいつもの面子、イーサとシュウと三人で遊んでいたら、腰に荷物の布を巻き付けたウタハとポポがやってきた。もう少し格好よく布を巻けばよいものを、ウタハときたら無造作にモコモコ巻いてるものだから、華奢な体に不釣り合いで思わず笑いをかみ殺した。

 まあ、おれは面と向かって笑うほど無作法なことはしないけど。

 しかし、いつまでたってもあいつは子どもだな。ポポはすっかり女らしくなったみたいだが。来月の成人式が楽しみになってきた。少しは大人っぽくなるだろうか。いや、やっぱり無理だろうな・・・そう思うと、また笑いがこみあげてくる。


 おれが初めてウタハを認識したのは五歳の時だった。

 それまでは、村の数いるガキたちのひとりでしかなかった。


 あれは、おれの教育係でお目付け役である叔父のタージェルンが、急用で出かけた日だった。いつもうるさい叔父がいないので、解放気分になったおれは、館をこっそり抜け出した。

 一応おれの親父は村長なので、領主の城ほど立派じゃないが他の村人より少しはましな広さの家だ。

 館の前には細い川が流れている。人工的なものだ。曾祖父の時代に行った治水工事のおかげで、館も、村人の暮らしも安全になった。今では村のどこの家に行っても水路と、井戸がある。それはちょっと自慢できることかな。


 村の南東には泉とそこから流れ出る水が川となっている場所がある。

 木立に囲まれた泉は村人たちに愛されている憩いの場所だ。

 子どもたちは、夏には泳ぎを楽しむ。もちろん、おれも叔父に連れられてよく行った。水遊びの楽しさを忘れられないおれは、泉に行きたがったが、一人で行くことは危険だからと、まだ許されなかった。教育係の叔父と、おれの母は領主の従兄妹(いとこ)にあたる。そのせいか、かなりしつけには厳しいんだ。


 季節はすっかり秋が深まって、水遊びする時期は過ぎていた。

 それでもおれは行ってみたかった。


 うまく誰にも見つからず、外に出られたことに気をよくして、鼻歌をうたいながら泉への道をたどる。

 泉のある林が見えてきたときには、うれしくなって思いっきり走りだした。

 木々は紅葉して泉を取り囲んでいる。それを映した水面は、空と赤と黄色の模様を描いて美しかった。

 積もり始めた木の葉を踏んで、水際へ降りようとしたとき、キラキラしたものが目の前を飛んだような気がした。

 おれはそれを目で追いかけた。

 するとそれは、もう一つ現れて、重なり合ってふわりと少女の頭の上にとまった。

 おれは息をのんだ。動けなかった。

 一人の少女が、かがみこんで泉の水面をのぞきこんでいた。

 やがてキラキラした光は光の粉となり、少女の髪を虹色に輝かせた。

 

 少女が驚いた顔でこちらを見たときには、光は消えていた。

「だあれ?」

 おれが子どもだったから安心したのか、にこりと笑顔を見せた。

「アイジェルだよ。おまえは?」

「ウタハ」

「ここで、何やってるの?」

 ウタハは水面に向き直って、人差し指で水を搔いた」

「お水がね、わたしにおいでって。ほら指が・・・」

「えっ」

 おれは、瞬きしてウタハの指に視線を合わせた。ふっと二重の空気の層が目を覆った気がしたとき、ウタハの指の動きに合わせて動く透明なものが見えた気がした。

「やめろよ」

 おれは恐怖にかられ、ウタハのチュニックをつかんで水面から引き離した。と、目を覆っていたものが消えて、はっきり少女が見えた。

 ふと叔父が言っていたことを思い出した。

「おまえには、わが一族の持つ魔力があるのだ。今はまだ発現していないがな。ときおりその片鱗が垣間見えるのだよ。いつか、それが解放される時がくるだろう。だからおまえの教育係になったのだ」

 叔父は古き魔法師の弟子でもあった。


 思いっきりウタハを引っ張ったので、二人一緒に尻もちをついた。

 体を起こすと、少女はおれの胸の上で、ぐったりしている。(えっ)とウタハの顔を見ると、気を失っているらしかった。

 おれはどうしていいかわからず、そのままの姿勢でウタハに腕を回した。

 温かな、それでいてなめらかな毛の、猫のような手触りに不思議な感動を覚えながら、ウタハの顔を見つめていた。

 肩まで伸びた銀色の髪がほつれ、青白い顔がかすかに動いたとき、ウタハは目を開けた。曇ったスミレ色の瞳がおれの顔をとらえると、明るいスミレ色に変化した。

「あれ、どうしちゃったのかな・・・」

 いぶかしげに、おれを見た。

 なんだか急にそうしなくてはいけない、という気持ちが湧き上がってきて、きゅっとウタハを抱きしめた。

「もう大丈夫だよ。もう少しで水の中に落ちるとこだったんだ」

 ウタハは覚えていないのか、きょとんとした表情でおれを見つめてから、おれの腕から離れて立ち上がった。

 おれは、なんだか大事なものを手放した気がして、衝動的にウタハの手を取って言った。「大人になったら結婚しよう」

 今から考えるとあまりにも唐突で、つたない求婚だったが、ウタハは意味が分かっているのか、いや、わかっていなかったのかも知れない。

 じっとおれを見つめてから「いいよ」と言った。


 ふたりは連れ立って村へもどった。途中おたがいのこと、いろいろ話した。彼女が養女であることも聞いたのだった。 

 

 あの日以来、おれはウタハから目が離せなくなった。他愛のない約束だったけれど、おれの胸の中には小さな光の輝きがとどまっていた。だけど年を重ねるたびに、光は輝きを弱め、約束は幼いころの思い出となり、おれたちは、ただの友だちになっていく。おそらくウタハは、もうあのときのことは覚えていないのだろう。

 

  *

 

 おれたちはウタハたちと別れてからも、しばらく遊んでいたが、それも飽きてきたので村に帰ることにした。集めた枯れ枝の束をかかえたそのときだった、ポポが血相を変えて叫びながら駆け戻ってきた。

「ウタハが・・・いなくなった・・・これが落ちてて。わたしがウタハの髪にさしてあげたやつなの」

 ポポはスミレのちいさな束を見せた。

 おれたちは、枯れ枝の束を放り出して、ウタハが消えたという場所へ急いだ。


 ウタハが舟を探しに行ったという小径をたどっていく。

 スミレが落ちていたという辺りで、ウタハの名を呼んだ。だが、おれたちの声は虚しく木立の間に響くばかりだった。


  イーサに村に知らせに行くように言って、おれたちは村の大人たちが来るまで探すことにした。

  

「ああ、なんてことだ、あのときウタハが嫌がってもついていくべきだった」

  おれは、つぶやいた。

  いつもおれは、できるだけウタハの嫌がることはしないようにしていた。なんとなくあいつの気持ちがわかるのだ。いまだにあいつはおれの「特別」だったから。たとえ、ウタハがそう思っていなくても。

  心臓が引き絞られ、息がつまりそうになった。

ウタハの顔を思い浮かべたとき、眉間の辺りが、かっと熱くなった。と、目の前にかすかな白い(もや)の細い道筋が見えた。

  白い靄をたどって木立の中に入っていくと、ハーズの繁る沼が見えた。

  こんなところに沼があっただろうか?

  沼は、空の色も周囲の木々の色も映さず、とろりとした鈍い鏡の表面をしてハーズの茎を支えていた。

  鏡の沼だ! とっさに思った。しかし、なぜこんなところに? 鏡の沼はイヲの森の奥にあったはずだ。

  首をかしげながら舟着き場を見ると、布にくるまった荷物が投げ出されている。ウタハのものに違いなかった。

  白い靄はそこで消えた。

  おれは、呆然と立ちつくした。



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