絵の中の使い魔⑵
初夏の夕暮れは、日が落ちるにはまだ早く、空は明るかった。
中庭には花壇と噴水があるが、それだけではない。奥の方に薬草園や、白い樹木の林がある。マリエヌはウタハを薬草園の方へ案内した。
薬草園の先にある、道具置き場の小屋の辺りから城壁までは林が続いている。
小屋の後ろの木立の中にひっそりと古い木のベンチが置いてあった。
ここは、昔からの館の恋人たちの秘密の待ち合わせ場所になっているのだ。半ば公認されていたが、そんなことは、ウタハには思いもよらないことだった。
「ここなら大丈夫よ」
マリエヌはうれしそうに笑ってベンチに腰を下ろした。
「こんなところがあるなんて、知らなかったわ」
ウタハも彼女の横に座る。
「そうでしょ、わたしもフレイムに教えてもらうまで知らなかったの。他にも、いくつかあるのだって、こんなところが。昔から、こっそり会いたい人たちはいたのね」
「こっそり会いたい人たちって・・・? ああ、わたしたちみたいに、聞かれたくない話をしたい場合ね」
「それもあるけど、館で出会って、恋人になった人たちね。上位の魔法師になるのをあきらめて、結婚して村に住みつく人たちもいるらしいわ。昔からそういう話はたくさんあるのですって――」
マリエヌは肉を挟んだパンをかじりながら言った。
ウタハもパンをかじりながら聞いていた。
「――だって、考えてみて、この館に集まっている弟子や見習いって、ほとんどわたしたちと変わらない歳よ。少し上の人たちもいるけど。恋や結婚に憧れるものじゃない? 素敵な人がいると、ときめいたりするでしょ? 恋人を・・・運命の相手を無意識に探してるのよ、きっと。わたしも・・・出会っちゃった気がするの」
マリエヌは、うれしそうに最後のパンの欠片を飲み込んだ。
「運命の相手?」
ウタハは、少しどきっとして聞き返した。
「そうよ。わたしは、フレイムね。ウタハはまだいないの? 会ったとき、どきどきしたりする人は?」
「えっ、そ、そうなると、どうなの?」
「好きだってことだと思うわ。初めて会ったとき、この人だって思う場合もあるのだって。あ、誰かいるわね、その顔は」
思わず顔を赤らめたウタハを見てニコリと笑う。
「あ、あのね、ドキドキするのは、そういうことなの? 好きだってこと?」
ウタハはエランの顔を思い浮かべた。思い出すだけで、少し鼓動が早くなる。
「きっと、そうだと思う。誰なの? 教えて、誰にも言わないから」
「まだ、会ったばかりだし・・・」
「ああ、吟遊詩人のひとね、素敵な人じゃない? お似合いだわ」
「え、わかっちゃった?」
はっきり言われると、ますます動悸がしてくる。
「でも自分では、まだよくわからないのよ、本当に好きだってことなのかしら?」
「そうだと思うわ。だから昨日は彼と会ってたのね。安心しちゃった。ウタハも恋する人になったんだって思うと。そういうのに全然興味がないのかしらと心配してたのよ。だって、あんなに人気のあるマロウズに見向きもしなかったんだから」
そのとき、夜の授業の前鐘が鳴った。
「あ、大変、行かなくちゃ」
マリエヌは立ち上がった。
ウタハもパンの残りを長着に隠してベンチを後にした。
マリエヌに本当のことを話しそびれってしまったが、いつか話せるときがくるかもしれない。それまでは、このままでいよう・・・とウタハは思った。
*
ウタハがノクィース教室に行きはじめてから、館では特に問題も起らず、穏やかに日は過ぎて、その年も暮れようとしていた。
だが、館の外では微かな異変が起きていた。今はまだ気配というほどの違和感だが、エル・フォラード王国ばかりでなく、周辺国も国境付近に起きる小さな山崩れや、動物たちの住処からの移動、早すぎる落葉などの現象に、神経をとがらせた王たちが調査団を派遣していた。
一方、隔離状態にあるウタハは、何も知らされていなかった。
エランからは、ときどき手紙が届いた。開くたびに胸が熱くなる手紙の中には、香りのよい押し花や、美しいリボンが入っていたりしたが、世間のことは書かれていなかった。
マロウズといえば、最近、ほとんど姿を見なかった。噂では国境の調査を手伝っていて忙しいらしい。
なぜか、アイジェルからは手紙が届かなくなっていた。
その日、ウタハが教室に行くと、めずらしく早くノクィース先生が来ていた。驚いていると、彼は淡々とした声でたずねた。
「どうか、したか?」
「いいえ、あの、今日は早くいらっしゃったのですね」
ウタハは、あわてて返事をして礼をする。
「うむ。今日は課題を出したら、すぐに出かけなければならないので、早めに来たのだよ」
彼は、足元に置いていた大きな布の包みを、テーブルの上に置いた。包みを開いて、三枚の額縁に入った絵を取り出した。
それをテーブルに並べて、その中の一枚、好きなものを選びなさいと言った。
三枚の絵のうち一枚は白い小鳥。後の二枚は猫の絵で、白と茶のぶちと毛の端が金色の黒猫だった。
ウタハは一枚ずつそれを眺めていたが、黒猫を選んだ。
ノクィース先生は、解っていたと言いたげな顔でうなずいた。
「それは、きみへの贈り物で、課題だ」
ウタハはいぶかしげに彼を見た。
「私は、しばらく戻れないのだ。だから、私が戻るまでに、この猫を絵から出してやってくれ。魔法で閉じ込められているのだよ。出せたら、そいつはきみの使い魔になってくれるだろう」
「ええっ、そんなことができるのですか?」
「きみは、この半年、何を学んできたのかね? 十分できるはずだ。これができたら、昇級試験合格ということだ」
ウタハがとまどっている間に、ノクィース先生はさっさと布に包んだ絵を持って、移動魔法の呪文を唱えはじめた。
ウタハはあわてて、師に対する礼をとって見送った。
今回も、読んでいただき、ありがとうございます!☆
m(__)m
サブタイトルをつけました。




