絵の中の使い魔⑴
四階の別棟にあるノクィース教室は以前の教室よりも狭かった。
明り取りの窓と、その下の火のない暖炉、薄暗い部屋を少しでも明るくする魔法の火が壁の受け皿に灯っているのは変わらなかったが。
部屋の奥の木の衝立で仕切られた場所が、先生のスペースとなっており、オークの古い机と椅子、それを取り囲む本棚は、天井から床までびっしり本が詰まっていた。
その衝立の手前に、長方形のテーブルと四脚の椅子が置いてある。以前のクラスよりは少し小さめだった。
しかし、なぜかウタハ以外の生徒はいなかった。
午後からの授業が始まる前にウタハはノクィース先生に挨拶をしてたずねた。
「えっと、弟子の方はいらっしゃらないのですか?」
ノクィース先生は、黒い瞳でウタハを見つめた。白髪だったので、もっと年配だと思っていたが、意外に若そうだった。
「いない。きみが弟子であり、見習いだよ」
「えー?!」
「はい、これを着たら、声をかけてくれるかな。次にするべきことを教えるから」
彼はウタハに少し濃い水色の長着を渡して、衝立の向こうに姿を消した。
ウタハは驚きながら、渡された長着を広げる。
このまま、今着ているチュニックの上に羽織れば大丈夫そうだった。
新しいフード付きの水色の長着を、戸惑いながらも着るとノクィース先生に声をかけた。
「今日から私がきみを教えることになった。ただ、私は忙しいので、ほとんどここにはいないと思うが。その間、課題を出しておくので、私が戻るまでにやり通しておくように。だから食事の世話は必要ない。たまにお茶を入れてもらうことはあるかもしれないが。何か質問はあるかな?」
「は、はい。わかりました。質問なのですが・・・クラス分けの試験のとき、わたしが触れた石から出たあの黒い光は何なのでしょう? わたしは光の性質だと思っていたのですが・・・」
「あれは――光には違いない。ただ、あまり強すぎる光だと反対に黒く見えてしまうのだよ。そういうことだ、わかったかね」
「そういうこともあるのですね? それで・・・今日、わたしは何を?」
「今日から毎日、ここへ来たら最初に瞑想をしてもらう。さあ、そこへ座りなさい」
ウタハはテーブルの前に座る。
ノクィース先生は自分も向かいに座り、瞑想のやり方を説明すると、半眼のまま静かに瞑想に入った。
ウタハも教わったとおりに息を整え半眼にして瞑想を始めた。
眉間の間に意識をおくと、何重もの雲が開いて、初めに薄い赤紫、続いて紫色の何かが見えてくる。何だろうと、ぐっとそこに意識を向けたとき、それらはパッと消えて自分が引き込まれていくのを感じた。暗い空間に引き寄せられそうになった時、いきなり腕を掴まれ引き戻される。
「やめなさい! まだ意識を向けすぎてはいけない」
ノクィース先生が真剣な顔でウタハを見ていた。
ウタハはうなずいて、大きく息を吐いた。
「もう少し自分で調節できるようになるまでは、ぼうっと見ているだけでいいのだ」
「今日はこのくらいにしておこう。さて少し講義をした方が良いようだね」
彼は本棚から、いくつか本を持ってきてウタハの前に置いた。
それでウタハの一日の予定が決まった。
まず教室に来たら軽い瞑想をして、魔法と歴史、世界の仕組み、薬学などを学ぶ。先生が不在の時は、課題のさまざまな本を読み、呼んだ本の要約と感想、自分の意見を羊皮紙に書く。合間に、教わった簡単な魔法の練習をする。
今日の講義は魔法の仕組みについての話だった。ウタハは興味深く話を聞いた。知っているもの、知っているような気がするものが、入り混じっていたが、飽きることはなかった。
夕食の時間になって、ノクィース先生は出かけてしまったので、ウタハは自分の食事をとるために食堂へ降りて行った。
食堂の入口で、マリエヌに出会った。
「ウタハっ」
彼女は駆け寄ってきて、ウタハの腕を引っ張って、人の少ない柱の陰に連れて行った。
「大丈夫だったの? 一昨日、わたしが気がついたときには、あなたの姿が見えなくなってて、心配したのよ。フレイムは、ウタハは吟遊詩人と楽しそうに踊っていたから、一緒にいるんだろうって。だから心配ないよと言ってたけど、そうだったの?」
心から心配そうなマリエヌの顔を見て、ウタハは少し胸が熱くなった。
「ありがとう、マリエヌ、心配してくれて。大丈夫よ、フレイムの言う通り、わたしたち仲良くなっちゃって、ずっとおしゃべりしてたの」
ウタハは、うふふと笑って、うなずいて見せた。
「それなら、良いけど・・・」
マリエヌはいくらか安堵した声で言った。うるうるした瞳に涙がたまっていた。
「でも、昨日もいなかったでしょ?」
「うっ――」
事実を話すべきかどうか、ウタハは迷った。
でも――こんなに心配してくれているのだと思うと、黙っていることもできなかった。
「あのね、マリエヌ、本当のこと話すけど、誰にも言わないって約束してくれる?」
「うん! 約束する。絶対、絶対よ」
マリエヌの瞳に輝きが灯った。
「他の場所で話したほうがいいわよね? ここは人が多いわ」
ウタハは周囲を見回した。何人かの見習いたちが行き交っていた。
「それなら、中庭で話さない? あそこなら、大丈夫と思う。ときどきね、フレイムと話してる場所があるの」
マリエヌはちょっと恥ずかしそうに言った。
ウタハはうなずいた。そうだったのかと納得しながら。
「あ、マリエヌは、食事すんだの?」
「まだだった・・・」
「じゃあ、持って行けそうな物だけ持って、そこで食べようか?」
「うんうん、いいね」
マリエヌはにっこり笑う。
二人は食堂へ取って返して、今日の夕食の献立を見た。
焼いた肉と茹でた野菜、スープとパン。いつもどおりの献立だったけれど、注文して受け取ると、パンを割いて肉と野菜を挟んだ。昨日、山で食べた昼食を思い出したのだった。あれよりは、見栄えはよくなかったが。水はカップに入ったまま持っていくことにした。
あまり、ゆっくりもしていられない。二人は肉を挟んだパンを長着に隠しながら食堂を出た。
ミルルは明るい藍色の長着の前を片手で寄せながら言った。
「ウタハ、弟子になったの?」
「それがね、見習いと弟子の両方を兼ねてるらしいのよ」
「そうなの? そういえば、その水色、少し濃い色だものね。でも、当然だと思う。ほんとうなら、もっと明るい水色でもいいんじゃないのかしら。だってウタハは、あんなすごい光を出せるんだもの」
「ありがとうね、マリエヌ・・・そう言ってくれるのは、あなただけだと思う」
「そんなことないって。フレイムも言ってたもの、すごい魔力だって・・・」
マリエヌはうれしそうに微笑んだ。
中庭に出ると、マリエヌは足早になった。ウタハも後を追う。




