それぞれの覚醒⑶ エランside
エランは自室のベッドの上で、虚空を見つめていた。
目の奥には、もやもやした揺れ動く虹色を帯びた雲が湧いてくる。
その雲はやがて何かを映し出す鏡となった。そこに映るのは先ほど館まで移動魔法で送り届けたウタハの姿だった。
入口近くで別れたが、戻ってきても離れがたい想いを消すことができず、つい彼女の姿を見たくなるのだ。
鏡の中の彼女は長い銀色の髪を梳かしていた。そして、何かを感じたのか、ふとこちらを見た。菫色の瞳がエランの胸を熱くする。
彼は、そっと雲の鏡を閉じた。
まだ、姿は幼さを残した少女だが、瞳は変わらず以前のままなのだ。
竪琴をいくつか聞かせた後、ウタハを帰らせたが、本当はそばにずっとおいておきたい、帰らせたくない気持ちだった。
いつもなら、もっと成長した女性だったが、なぜか今回、この世界に現れたウタハは、幼げな少女に見えた。
彼女から伝わる光と熱は、まだ小さいが、私の求める彼女のもので間違いはなかった。
少し座標のぶれがあったのだろうか? あるいは・・・まだ時間がかかるということなのか? 山の賢者も言っていた、焦らぬこと、と。いずれ明らかになるとも。ウタハ自身もまだ思い出せていないということは、まだ時間がかかるということなのかもしれない。ならば、それまで私も準備をしておこう。
エランは寝返りを打った。
だが先ほどの菫色の瞳と、移動魔法で彼女のほっそりした、しなやかな身体を抱きしめたときの熱の高まり、馬で移動したときの可憐な姿を思い出して、ため息をついた。眠れそうになかった。
あれは、いつのことだったろう・・・
彼はウタハに初めて会った時代のことを思い出していた。
あれは――銀の森だ・・・私の生まれた星の・・・
あの日、私は人々から銀の森と呼ばれている、森の中にある建物――古い図書館にいた。
私たちの世界も魔法の理で動いていたので、今いる魔法の世界はとても生きやすい。
この図書館には、創世の古い書物が収められていて、学者や、魔法師たち――ここでは単に魔法使いと呼んでいたかもしれない――が、主に利用するところでもあった。
私はまだ二十歳に満たない歳だったが、かなり上位の魔法使いだった。父はこの国の王であったので、優先的に必要な書物を読むことができた。
一階には読書に疲れた者たちが休めるラウンジがあって、お茶や軽い食事もとれる。
私がラウンジの貴賓席の窓から外を眺めていると、白っぽいドレスを着た少女が、窓の向こうの木立の間に立っているのが見えた。何気なく見ていると、彼女は私に気づいたのか、こちらを見て微笑んだ。
そのとき、私は衝撃を覚えた。彼女の微笑みから眩い光が私の中に飛び込んできたのだ。銀色の髪に菫色の瞳の少女の顔が私の顔の前にあった。映像のように。それは一瞬で消えてしまったが・・・
私が少女を追いかけて外に出たときには、もう彼女の姿はなかった。
幻だったのだろうか? あるいは魔法だったのか・・・
私は少女に会いたくて足しげく図書へ通ったが、そこで会うことはなかった。
それから一月後くらいだった、私に縁談が起きた。隣国の王女と婚約を勧められたのだった。国の安全を考えれば、隣国とは手を結んでおく方がよいに決まっている。世継ぎの兄は、この国一番の美女と名高い宰相の娘と婚約したばかりで、話が自分に回ってきたのだった。
隣国の王女の噂は多少聞いていた。なんでも少し変わっている王女だが、三人の兄王子からは溺愛されているという。美人であるとの噂は聞かなかったので、そこまでではないのだろう。それで三人の王子の秘蔵っ子だとすれば、かなり厄介なことになりそうな予感がした。
エランは、話が進む前に相手を見てみる気になった。さいわい自分は上位の魔法使いだ。まだ、この頃は雲の鏡の魔法は会得していなかったので、水鏡を使った。
一人、薄暗い居室の机の上に水盤を置き、水を張る。そして呪文を唱え、水面に隣国の王女の姿を映し出す。
ゆらゆらと水面は揺れ、人の姿を浮かび上がらせた。
王女は中庭の東屋でお茶を飲んでいた。もう少しはっきり見たくて、さらに呪文を唱え、彼女の顔を大写しにした。すると、まるで私が見ているのが分かったかのように、顔を上げてこちらを見た。
私は、はっと声を上げた。この前の少女だった。菫色の瞳がいぶかしげに私を見た。思わず、呪文を唱えて魔法を解除してしまった。
その後のことは、まだ霧がかかったままだ。どうしてもそこから先にはいけないのだった。もしかすると、これもまだ時をまたねばならないのかもしれない。
あの山の賢者のおとぎ話は、案外・・・
エランはまた寝返りを打った。
書けてしまったのでしまったので、追加で更新しました☆




