それぞれの覚醒⑴ マロウズside
館の最上階にある館長室から、ようやく帰ることを許されたマロウズは、館長室の重いきしる扉を閉めて、ほうっと息を吐いた。
「まいったなぁ、館長はお見通しだ・・・」
先ほど館長はマロウズを見据えて低い声で言ったのだった。
『おまえたちの行動が、ウタハの身の安全を脅かすことになるのだぞ』
それを言われると、言葉に詰まる。痛いところを突いてくる嫌な奴だ。
古の魔法師のエランもいるし、大丈夫だと言っても認めてくれない。おそらく、自分に内緒だったことが気に入らないのだろう。前もって言っても聞く耳はないだろ、って言いたかったが、口喧嘩になりそうだったので、じっと我慢した。奴の機嫌を損ねるなとエランが言ったことを思い出して。
館長は山の賢者に会いに行ったわけも察していた。
しかし、どこで自分たちを見つけたのだろう? まさかエランの弟子がしゃべるわけはないだろうし・・・館長の結界に気がつかず触れたのだろうか? 張られた結界の感知は自分にもある程度できるし、エランはもっと精密だろう。
もしかすると・・・ウタハに影がついていたのか? 隠密の見張りがいたならば、王子の居室をのぞくことは可能かもしれない・・いや、無理だ。エランの張った煙幕の結界は無色透明だが、普通の者には見通せないはずだ・・・
ともあれ、さんざん小言を言われたが、なんとか耐えて無事に部屋を後にしたマロウズは、三階の花壇のある通路を通って、自分の部屋のある別棟の建物の方へ歩き始めた。花壇には、夏の草花が植えられていて、初夏の生暖かい夜気の中に花の香りが漂っていた。
マロウズは花壇の縁を成す石の上に腰を下ろし、夜空を見上げた。
濃紺の空にはまばゆいほど星が瞬いている。
マロウズは山の賢者の言葉を思い出していた。
『星はいつでも頭上で瞬いております・・・』
その言葉は、ウタハに言ったはずなのに、自分にもずしりと響いたのだ。
なぜ、その言葉が気になるのか・・・
賢者と別れてからも、ずっと考えていた問いだった。
ウタハよりも、かなり自分は思い出したことが多いと自負していたのだが、ここにきてわかっていないことが、まだまだあることに気づいたのだった。
おれは、かつてウタハの騎士的存在の魔法師だった。彼女を守るために命をかけたこともある。それは確かな記憶だった。
この前、ウタハと行った塔のあの場所で、あれほどおれが憧れた想いの意味を悟ったとき、おれは歓喜した。彼女を待っていたのだと。彼女はおれの手を取って立ち上がらせた。ウタハに似ているが少し違う。だが、たしかにあれは光の揺らぎをまとった我が姫だった! 美しい菫色の瞳は紛れもなく、おれの崇拝するレディだったのだ・・・
しかし、まだよくわからない。彼女と誓約を交わしたのが、いつの出来事で、なぜおれたちがここにいるのか、ということだ。
もしかして、前世ということなんだろうか? それにしては自分の納得感が不足している。違うのでは、という、微かな違和感だ。
エランとウタハのことも、おれにはわかった。二人が寄り添っているだけで、彼らの間には、おれなど触れることのできない、強い光の糸が繋がっていて、まばゆい光を放っているのだから。
そうだ、いつの時代だったか、あのときは、エランはウタハを婚約者としておれに紹介したことがあった・・・
おれの思い出した記憶は、何重にも重なった時の記憶だ・・・
マロウズは頭を押さえた。
そのつど、おれは心が揺れていたな・・・エランは、ウタハに心が向いて、おれは寂しい気持ちがあったし、またウタハの心がエランに向くと、苦しくて切ない気持ちになった。二人ともおれにはかけがえのない存在で・・・今、ここにいるおれもまた、かつてと同じ苦しみを味わっているんだ・・・
だから夏光祭のときも、二人を見ていたら、つい酒の量が増えてしまった。いつも結局この状態だな・・・
マロウズの見上げる星が少しぼやけた。
そのときだった、後ろの方で誰かの声がした。
あわてて瞬きして目の縁を拭うと声の方を振り返った。
そこには、少女が一人立っていた。ミルルだった。
「めずらしく、しんみりしてるじゃない」
「うるさいな、なんでここにいるんだ? おまえは」
「伯父さまに叱られて、しょんぼりしている図? あなたを恋する女の子たちが喜んで・・・いえ心配しているわよ」
笑いを含んだ声で言った。
「余計なお世話だ」
ミルルは、マロウズの一期下の後輩だった。昇級試験のとき何度か失敗してランクを下げられたとか聞いていた。だから彼のことはよく知っているのだった。しかも、なんだかよくわからないが、取り巻きの少女たちのリーダー役をしているらしい。
事あるごとに、彼女が代弁者として言ってくるのだった。
マロウズは、なんとなくミルルが苦手で、あまり近寄りたくない。かといって嫌いというわけでもないし、どこか懐かしさも感じるのが不思議だったが。
肩をすくめると、移動魔法でミルルの前から姿を消した。




