山の賢者⑷
晴れ渡った空の下にイスゾール山の峰が聳えていた。
そこから左右に山脈が連なっている。その向こうは隣国サガンとの国境でもあった。
ウタハたちの一行は、山頂に続く道の手前にある岩壁を目指して、馬を走らせていた。賢者はその岩壁の奥に住んでいるのだった。
もし山頂へ行くのであれば、岩壁からは歩いていくしかなかったが、目指す岩壁までは、小石は多いが馬で駆けられるほどの緩やかな傾斜の道だ。それがこの辺りから続いている。以前、少年たち二人が馬で競争した道であった。
途中で一度休憩をとった。馬を休ませると、三人は程よい岩の上に腰を下ろして、エランが用意してきた肉とチーズを挟んだパンを食べ、皮袋に入った水を飲んだ。
山の澄んだ空気の中での食事は、急ぎでなければ楽しいものだが、今日は日が暮れないうちに、賢者と会って戻らなければならない。あまりのんびりもしていられなかった。口数も少なく食べ終えると、また馬を走らせた。
やがて切り立った岩壁の山肌が目前に迫ってきた。
マロウズとエランは馬を歩かせて岩壁の隙間を探した。
「ここだ」
マロウズが声を上げて、馬から降りた。
エランも馬を止めて、ウタハを抱えたまま、ふわりと地面に降りる。
ウタハが、ちゃんと立てるのを確認して、肩を支えながらマロウズの後に続いた。
人が馬を引いて通れるほどの岩壁の隙間を抜けると、小さな野原が広がっていて、さらに奥の岩壁を背に粗末な小屋が建っていた。小屋の屋根に白い鳥がいるのが見えた。
「いるといいんだけどな・・・」
マロウズがつぶやくのを聞いてエランが言った。
「いると思うよ」
彼が右腕を少し曲げて上げた。すると小屋の上にいた白い鳥――鷹が急降下してきて、その腕にとまった。エランの使い魔だった。
「ご苦労だったね」
白い鷹にそう言うと鷹は羽ばたきを残してふっと消えた。
「賢者に伝言したのだ。私たちが行くからと。嫌でなければ会ってくれるよ」
三人が小屋の入口に立ったとき、小屋の戸が開かれて見慣れない生き物――それは猿だった――が、顔を出した。猿が木の枝で作られた扉を押し開けたのだった。三人があっけにとられて見ていると、突然の訪問者を見た猿は、急いで主の脇に隠れた。
小屋の主――色褪せた亜麻色の長着を着た白髪の老人だった。彼は黙ったまま暖炉の前に座っていた。
暖炉の灰の上には熾火があり、煮込んだスープの匂いのする鍋がかかっている。
おもむろに、山の賢者は三人の方を向いた。
「何用かな?」
伸びた白い顎髭を撫でながら低い声で言った。
「突然の訪問、お許しください」
マロウズが言い、三人は礼をする。
「そなたたちが来ることは、後ろのお方からの伝言で聞いておるよ」
ちらりとマロウズの後ろに立っていたエランとウタハを見た。
「もてなしできるようなものは何もないが、よければ中にお入りくだされ」
三人は小屋の中に足を踏み入れた。
少年たちがここに来たのは、賢者を助けて運び込んだ日以来だった。
窓からは日の光が射しこんで明るかった。左の窓の下に古い木の机と椅子があり、右手の窓の下は暖炉になっている。暖炉の前に敷かれた、古びた毛織物の布の上に賢者は座っていた。
賢者は先ほどの猿に合図をした。すると猿は部屋の奥から毛皮を両手に抱えて主のそばに置き、賢者が頭を撫でると、さっと物陰に姿を隠した。
「利口なやつでな、充分わしの役に立ってくれますのじゃ」
賢者は、毛足の長い白と黒、茶色の混ざった兎の皮を張り合わせた敷物を、三人の前に広げた。
「人数分の椅子がないのでな、これに座られるがよい」
三人は言われた通り毛皮の上に腰を下ろした。
賢者は三人を見つめて言った。
「さて、何をお聞きになりたいのかな?」
「貴方は古い昔の話をご存じの数少ない賢者とお聞きします。それでお聞かせ願いたいのです。十五年前の出来事について。できれば、それ以前の話も」
エランが賢者を見て言う。
「あなた方のお二人は、わしを助けてくれた恩人ですぞ、お話せぬわけがございますまい。山の猿だとて、小猿のときに怪我を治してもらった恩を忘れず、こうしてわしのところで恩を返してくれております」
賢者は、三人の顔をそれぞれじっと見つめると、ひとりうなずいて語り始めた。
「十五年前といいますと、魔物の騒ぎのことでございますな、それを語るには、もっと以前のお話をせねばなりませんわい。
現在のこの国の成り立ちの物語がございます。まずそれから、お聞かせいたしましょうかな。
――かつて古き時代、上古の世界は一つの大きな国でありました。ご存じかな。
しかし王の世継ぎをめぐって争いがおき、それで最初に東西に国が分裂。さらに後の時代にその国が分かれて五つの国になってしまいましたのじゃ。
ところが一番北にある国は、蛮族とも言われる陰の一族に奪われてしまい、残りの四つの国は、団結して取り返そうとしたのですが、残念なことにそれはかないませなんだ。
そこで陰の国に対抗するため、四つの国は新たに同盟の長たる王を決め、実質一つの国の形をとりましたのじゃ。その名をエル・フォラードと申しました。今の我が国とはちがいますぞ。
そして星々の長と契約を交わし、ともに陰の一族と戦ったのでございます。
戦は一応勝利に終わり、陰の一族は姿を消しましたが、今でもどこか地の深くに潜んでいるとも言われておりますのじゃ。
戦いが終わると、同盟は次第に緩いものとなり、初代の長の王が亡くなると同時に、また国は分裂してしまいましてな、そのとき、同盟の長の居住場所であったこの国が、その名を残し、エル・フォラードとして、今に至っておりますのじゃ。
それでも一応平和は保たれておったのですが・・・十五年前、魔物を煽動する者たちが現れましての、それを押さえるための戦いが起こった。最終的には、魔物を制御できる闇の貴公子と呼ばれる者が魔物を煽動しておる力を排除しましたのじゃ。
それでも、近頃は思い出したように魔物が暴れ出ることが起きているらしゅうございますな。それは、お二方の方が、よくご存じのはず・・・」
エランとマロウズはうなずいた。
「賢者殿、その話は聞いてはおりましたが、詳しくお話いただいて、さらによくわかりました。もうひとつお聞かせいただきたいのですが、十五年前、トイサ村に預けられた赤子の話はご存じありますまいか? その赤子がなぜ預けられたのかも」
エランの問いに、賢者はちょっと考え込んだ。
「――わしにも、ようわかりませぬ。ただ、こんな伝承の物語がありましての、おとぎ話としてお聞きくだされ」
ウタハは、真剣な表情で賢者の顔をみつめた。
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