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フォラードの光  ― 星の記憶者 ―  作者: あけの星
第一章

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ハーズの沼

 

 トイサの村を北へ出ると、遠くの山並みの下に黒々としたイヲの森が見えた。

足下には草原が広がっている。少し先には、どんぐりの林。そこを抜けると湿地帯となり、ハーズの群生する沼が見えてくる。

 草原も林も若葉と咲き始めた春の花々であふれていた。


「もうすっかり、ポポの花が咲いたね」

 ウタハは花弁の重なり合った黄色い花を一つ摘むと、隣を歩いていたポポの髪にさしてやった。

 ポポの名前は、この花と同じ。なんでも彼女の母親が大好きな花で、どうしてもこの名にしたかったのだと聞いていた。

 ポポはうれしそうに微笑むと、ポポに混じって咲いていたスミレの花をいくつか摘んで、その中の一本の茎で器用にまとめると、ウタハの髪にさしてくれた。

「ウタハには、これが似合うね。スミレの紫が虹色の髪にぴったりよ。瞳もスミレ色だし」

 ウタハの髪は陽に当たってすっかり虹色を帯びている。日陰に入っても虹色はしばらくとどまっていて消えないのだ。ポポは、いつも不思議に思っているらしい。

 なぜと聞かれても、ウタハは首をかしげて笑うだけしかできなかった。

「なんでだろね?」

 自分でもよくわからない。年々消えない時間が長くなっている気がする。 虹色が現れたことで、特別なにか変わったということもないのだった。

 

 二人がおしゃべりしながら林の中を歩いていると、少年たちの笑い声がした。

 この先の湿地帯にいるらしい。聞き覚えのある笑い声だった。

「あれ、アイジェルたちの声じゃない?」

「そうかも」

 ポポもうなずく。

 二人は声のするほうへ駆け出して行った。


 少年が三人、湿地の手前の空き地で、小枝を投げ合って遊んでいた。

 同時に上方に投げて多く当てた者が勝ち、という遊びだ。簡単なようで、意外に難しい。


 赤みがかった金髪の少年が、ウタハたちに気づいて振り返った。

(やっぱりアイジェルだ。イーサとシュウも)ウタハは微笑む。

 少し遅れて、濃茶色の髪のイーサと蜂蜜色の髪をしたシュウもウタハたちを見て、小枝を投げる手を止めた。

 三人は、ウタハたちと同い年の幼馴染。

 アイジェルは村長(むらおさ)の息子で、いつもみんなを引き連れて遊ぶ。リーダー的存在だ。からりとした性格の彼は、なぜかウタハと気が合って、よくおしゃべりする仲だった。


「今日は、畑じゃなかったの?」

 ウタハが声をかけた。

「ああ。今日は枯れ枝を集めにきたんだ。十分集めたから、ちょっと休憩さ」

 少し離れた場所に束ねられた枯れ枝が積んであった。

 アイジェルは、おかしそうに茶色がかった緑の目を二人に向ける。

 ウタハとポポが葛の布をモコモコと腰に巻いているのを見て言った。

「おまえたちは、どこへ行くんだ?」 

 ウタハたちは、葛の布でくるんだ荷物――昼食と飲み水の入った小瓶、採集用の鞘付きナイフ――を腰に巻いていた。この布はハーズをくるんで持ち帰ることもできる便利な布だったが、多少不格好になるのは否めない。ウタハの布は、さっきアミラから渡された昼食の入った袋を、急いでくるんだせいで見るにたえない形なっていた。

「ハーズを採りに行くの」

「ふうん、ついていってやろうか?」

「ありがと! でも大丈夫。たくさん採るわけじゃないから。ねっ」

 ウタハは、あわてて首を横に振り、同意を求めてポポの顔を見る。

 ポポは、少し赤らめた顔でうなずいた。

 

「そうか、じゃあ気をつけて行けよ」

 あっさり言って片手を上げた。

 ウタハたちはアイジェルたちに手を振って、ハーズの沼に向かった。 


 やがて、湿地の向こうにハーズの群生する沼が見えてきた。まっすぐ行けば近いのだが、湿地の中を歩いて行くことはできなかった。深みに足を取られたり、何が泥の中に潜んでいるかわからないのだ。危険は避けたほうがよい。

 少し回り道にはなるが、村人たちが踏み固めた小径を通って行く。

 

 ポポが、ため息をついた。

「やっぱり、ついてきてもらいたかったな・・・」

「えっ」

 ウタハ驚いて親友の顔を見た。

 ポポはなぜか顔を赤くしたまま瞬きして顔をそむけた。

「来てほしかったの? アイジェルたちに」

 ウタハは少年たちがぞろぞろついてくるのは、うっとうしい気がして断ってしまったのだ。どちらかというと、一人で何かするほうが好きだ。ポポとなら嫌ではなかったけれど。人の多い村の寄り合い所で作業するのも、かなり苦痛なのだった。


「言えばよかったのに」

「そんなあ、恥ずかしいじゃない」

 ポポは手を口元に当てた。

 ウタハは首をかしげる。

 自分はアイジェルたちとは気軽に話せるし、他の人とあまり話さないのは、うっとうしいという気持があるからで、恥ずかしいからではない。

 ポポの気持ちが理解できなかった。


「なんで恥ずかしいの?」

「うーん、気になるひとだからかな」

 うふふ、とポポは笑った。

「なんで気になるの?」

「もう、ウタハったら」

 質問には答えず、ウタハの背中ぽんとをたたいて走り出した。

 ウタハはあわてて後を追う。

 年頃の少女なら、たいていはポポの気持ちがわかるはずだが、ウタハはそういったことには、まったく疎い。乙女の恋心など思いもよらない。ウタハの頭の中では、「気になる」と「恥ずかしい」が、どうしても結びつかなかった。

 

 ウタハは幼いときから、自分と他の子どもたちとは少し違う気がしていた。なにか目に見えない透明の幕が、幾重にも自分の周りを覆っている感覚があった。

 それはウタハが貰い子だという精神的なものなのか、あるいは持って生まれた性質なのかはわからなかったが。


 アミラから聞いた話では、アミラ夫婦が、ちょうど子どもを亡くして、悲嘆にくれていたとき、たまたま親戚で、赤子を育てられない母親が、ウタハをアミラ夫婦に預けたのだという。

 その翌年、アミラの夫は魔物に襲われて亡くなったが、アミラはウタハを実の子のように育ててくれたのだった。

 成長するにしたがって、周囲の子供たちとの違いが少しずつ現れてきた。昼間も夜も起きているのは平気だが、いったん寝るとなかなか起きられない性質もだ。

 一度、アミラが試したことがあった。起こさないでいると、いつまで寝ているか放っておいたという。そうしたら二晩も眠りつづけたと呆れていた。

 以来、無理にでも毎朝起こされる。

 この村で暮らしていくには、働かざるをえない。習慣として身につけていくしかないと言うのがアミラの口ぐせになった。

 身体的な違いもある。しっかり食べているはずなのに、ポポや他の娘たちみたいに女性らしい体つきにならなかった。十六になるというのに、まるで十二、三歳の少女のままだ。また虹色の髪についても、わからないことばかりだった。

 やはり自分はどこか違う、という思いは消えなかった。


 

 ハーズの沼の前で、ウタハとポポは、どこから採りはじめるか話し合った。

 まだ本格的な採集をするほどハーズは育ってはいない。ところどころ若い新しく伸びた茎が、青々とした傘を思わせる葉を持ち上げてはいたが、まだ十分伸びきっていないものがほとんどだった。夏になれば、びっしり沼全体がハーズで覆われるのだが、今の時期はしかたがない。それは想定済みであった。


 沼の岸には二ヶ所、舟着き場の木のデッキがあった。

 大人たちは、小舟でハーズを採りにいく。しかし今そこに舟は見当たらなかった。

 

 ウタハは昨年、舟で採集するのを手伝ったこともあり、漕ぐことが出きるので、まず舟を探すことにした。夏まであまり使わないから、どこか沼の周辺においてあるのかもしれなかった。


 ウタハとポポは手分けして探すことにした。ウタハは西側の小径、ポポは東を。

 

 小径の周辺は木立がつづいている。そのずっと先はイヲの森の入口だ。ウタハは何度か、木の実やキノコを採りに森の中へ入ったことがあるが、アミラとの約束を守って奥の方へは行かなかった。


 しばらく探して歩いたが、舟は見当たらなかった。そろそろ引き返そうかと、思ったとき、ちらりと前方の木立の間に何ものかが立っているのが見えた。黄緑色と白の衣服だろうか、それにしては肌にぴったりしすぎている気もした。ウタハが、よく見ようと顔を上げたとき、突然、黒いマントの男が、木立の向こうに姿を現した。と、黄緑の何ものかは、消え失せ、同時に黒マントの男もいなくなった。


 ウタハは不思議に思いながら、奇妙な者たちの消えた木立の奥をのぞいた。

すると、意外なことにハーズの繁った沼が木立の向こうにもつづいているのが見えた。


 木立の間を抜けて、沼に近寄った。

 すぐそばに舟着き場があり、小舟が横づけになっている。

 

 ウタハは、無性に舟に乗りたい思いにかられた。

 まるで何かに引き寄せられ抱き寄せられる感覚――気がつくとウタハは舟にすわっている。

 あれ、と思った瞬間、意識が遠のいた。



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