運命の出会い⑵
村の広場では、すでに気の早い者たちが、音楽に合わせてダンスをしたり、長いテーブルに山と積まれた果物や燻製の肉、チーズ、軟らかいパンなどを頬張りながらおしゃべりを楽しんでいた。この日は、ほぼ無礼講で、だれでも自由に飲み食いできるのだ。
別のテーブルには、甕に入ったビールや蜂蜜酒、樽に入ったワイン。それらが自由に飲めるよう、木のカップがたくさん置いてあった。酒の飲めない者たちのためには、果実水や、蜂蜜水などもあった。これらのほとんどは、館からの差し入れだった。
広場の片隅では羊肉が焼かれ、大鍋では野菜と肉の煮込みスープが出来上がっている。お腹を空かせた者たちが、木の深皿を持ってその前に並んでいた。
また広場の入口近くでは、村人たちが作ったアクセサリーや置物、衣類や小物、木の実のクッキーなどの出店もあって、そちらも楽しみのひとつである。こちらは、もちろん有料だ。
音楽を担当する者たちの控えの場として、演奏場所の隣には幕屋が張られている。そこで彼らは休憩をとったり、仮眠したりもするのだった。
さっきから音楽は本番の踊りの曲に変わり始めていた。
ウタハたちが、果実水を飲んでいると、フレイムが笑顔で近づいてきた。
「やあ、待たせたね」
「おかえりなさい」
マリエヌがうれしそうに微笑み返す。
「お疲れさま、吟遊詩人は大丈夫だったのですか?」
ウタハが尋ねる。
「無事にお連れしたよ。怪我もしておられるが、歩けないほどではないから、大丈夫だろうね」
「じゃあ、歌を聞かせてもらえるのね」
マリエヌが目を輝かせた。
「もうすぐ、始まるよ。それまでひと踊りしないか?」
マリエヌはうなずいてウタハを見た。
「ウタハも行こう」
ウタハは、まだ踊るほど元気がなかったので遠慮することにした。
「わたしはまだ元気が出ないから、もう少し休んでるわ。二人で楽しんで」
そう言って手を振った。
それから、木の陰に置かれた長椅子に腰を下ろした。
踊り疲れた者たちが、ひととき身体を休めるための様々な形の椅子――丸太を切っただけのものや、通常の背もたれのある椅子、二人掛けの椅子、今ウタハが腰かけている三人は座れそうな長椅子など――が、あちらこちらに置かれていた。
椅子にあぶれてしまった者たちは、地面に腰を下ろすしかなかったが、飲んで陽気になった者たちは、平気で広場の土の上に転がっていたりする。今はまだ祭りの序の口で、椅子に座っているのは、ほんの数人であった。
ウタハは果実水を飲みながら、ぼんやり考える。さきほどの黒いフードの男は何者だったのだろう? 古い魔法の言葉を使っていたとマロウズも言っていた。 しかし、考えれば考えるほどわからなくなってくる。
なぜ、わたしをさらおうと・・・?
ふと、ルシクリオンが言っていた言葉を思い出した。価値をわかっていないと言っていた・・・どういう意味だろう? それに彼は気をつけなさいと・・・こういうことを言ったのだろうか?
果実水を飲み終えた頃、それまでの音楽が止んで、吟遊詩人の竪琴の音が、広場中に優しく鳴り響いた。
それまでの喧騒が嘘のように静まって、みんな耳を傾けているのがわかる。
白っぽいグレーのフードを被った吟遊詩人は、まだ若者らしかった。柔らかそうな金髪の小さな巻き毛が、フードの下からはみ出して見えていた。彼がときおり、人々に向ける青みがかった深い緑の瞳は、美しいエルフを思わせる不思議な輝きがあった。低く、そして徐々に高らかに弦の音に合わせて歌い始めた。
緑の大地の歌であった。
どこか懐かしい調べは、光をまとった優しい風が、緑の草原と新緑の森の木々の葉をそよがせ、畑を越えてさらに小川の流れの上に、キラキラと光を降り注ぐ様を聴く者に観せた。
人々は胸を打たれ彼の艶やかな声に聞きほれていた。
歌が終わった。
人々の拍手と歓声がわき起こり、吟遊詩人は恭しく礼をする。そして立ち上がり、楽師の控えの幕屋へ入って行った。
続いて、音楽は軽やかなダンスの曲に変わる。その場で、楽しげに身体を動かす者たちでにぎやかになった。
ウタハは、まだあの吟遊詩人の歌声が胸に残っているのを感じた。あの歌声には、魔力がある・・・、もしかして彼も魔法師なのだろうか?
やがて、空は夕焼けの色に変わり始め、篝火の周りで人々が踊りはじめる。その様子を、ウタハは椅子に座ったままで眺めていた。まだ、身体がだるい。魔力が戻ってきていない気がする。黒いフードの男の魔法が、まだ残っているのではないかと思うほどだ。
ウタハは何かの気配を感じて横を見た。
白っぽいグレーの長着が目に入った。見上げると、先ほどの吟遊詩人だった。
マロウズの気配のなさとは違う、何か別のものの不思議な気配だった。
「隣に座らせてもらってもいいかな?」
彼は手にワインのカップを持って立っていた。
「他の椅子が、いっぱいなもので・・・」
「どうぞ」
ウタハは快く言った。
ちらりと周囲を見ると、さっきまで空いていた椅子はほとんどが埋まっていた。
吟遊詩人は、静かに隣に腰を下ろして、ワインのカップを口元に寄せて香りをかぐと、ウタハを見ながら囁いた。
「大丈夫ですか? 少しつらそうですね」
彼の話し声さえ魔法を帯びているような気がした。
「ええ。大丈夫と思います。もう少し休んでいれば」
「お見受けしたところ、ずっとあなたはここに座っておられた。もう、かなり時間が経っている。それなのにまだ動けずにいる・・・」
ウタハは、驚いて彼を見つめた。(ずっと、見ていたの?)
「おわかりと思いますが、私は魔法が使えますし、見えてしまうのです、相手の魔力が」
「そうなのですか・・・」
「余計なお世話かもしれませんが、少し癒しの光をお送りしても?」
ウタハは、断るのもわるい気がして言う。
「お願いします」
彼はうなずき、ワインのカップを少し離して椅子の上に置くと、両手の中で小さな白い光の玉を作り、ウタハの背にそれを流し込んだ。
ウタハは、身体が温かくなるのを感じた。背にかざされた彼の手から力が入ってくる。やがて全身から 黒っぽい靄が抜け出したのが、わかった。身体が軽くなる。
「ありがとうございます、楽になりました」
ウタハは立って彼に礼をする。これほどのことができるのだ、おそらく上位の魔法師なのではないかと思ったのだった。
「今日は身分も何も関係のない祭りの日。嫌でなければ、私の横に座っていてくれないか」
彼はフードをおろしてにっこり笑った。
波打った長い金髪が現れた。薄闇の中でも、青みがかってきらめく深い緑の瞳がウタハを見つめていた。
ウタハは、不意打ちを食らったようにどきりとして、思わず彼の目を見つめ返した。歳はマロウズと同じくらいだろうか。
「あ、は、はい、嫌じゃぁありません」
あわてて、また彼の隣に腰を下ろした。
フードを脱いだ彼の横顔は、驚くほど整って美しかった。
(まるでエルフみたい・・・)
ウタハはこっそりそう思いながら、彼の長い金色のまつ毛を見ていた。エルフの話はトイサにいたとき、よくアミラからおとぎ話として、仙境に住むという彼らの話を聞かされていた。
もし、ほんとうに美しいエルフがいるのなら、この人がそうではないか、と思ってしまうほどだった。(まさか、人に化けて現れた、なんてことないわよね)
とつぜん、彼が小さくクッと声をもらした。笑いをこらえた肩が震えていた。
(ええっ! 聞こえちゃった?)
「あは、ごめん・・・ついね」
「わっ」思わず両手で顔を覆う。
「聞こえちゃいましたか?」
「つぶやいたのがね」
さっき、気づかないうちに声に出ていたらしい。
「わあ、どうしましょう、ごめんなさい」
「たまに言われるから平気だよ。まあ、ほめ言葉としてとっておこう」
ウタハは、どうしていいのかわからず、どぎまぎしたままだった。
「きみの名前、教えてもらってもいいかな」
「あ、はい、ウタハっていいます」
「え、そう・・・じゃあ、ウタハ、私の名はウェラムというんだ。でも、みんなエランと呼んでる。君もそう呼んでくれるかい」
「は、はい、エランさん・・ですね」
「名前だけでいい」
「では、エラン、今日はありがとうございました」
そう言って立ち上がろうとしたウタハの手首を、いきなり彼はつかんで引きとめた。
「待って、元気になったのだね、それなら一曲踊ろう」
「え、でもあなたも足を怪我されたのでは?」
「もう、すっかり良くなったよ。さあ」
エランは立ち上がって、今度は彼女の前に手を差し出した。
ウタハは、初めての踊りの誘いにとまどいながら、その手をとった。




