夏光祭⑶
今回は、少し多めの掲載です。
よろしくお願いいたします☆
一階の南側の渡り廊下の先に浴場はあった。
ウタハは、成り行きで風呂に行くと言ってしまったので、どうせなら温かい湯に入ろうと決めた。いつもは水浴びで済ませてしまうことが多かったのだ。
突き当りは女性用だが、男性用はそこからまた通路を西に少し行くとある。
夕食後少し時間は経っており、寝るには少し早い時間だったので、まだたくさん人がいるかもしれないと思いながら入ってみると、ぽつぽつ姿が見えるくらいだった。
石造りの広々とした風呂は、その周りに熱さに強い樹木や観葉植物が植え込まれ、一日の疲れをとるのに十分な役割を果たしていた。あちらこちらに魔法の火が灯っている。
ミルルに聞いた話によると、この浴場も土、水、風、火の魔法師の努力の結晶でできているらしい。湯はぬるい温泉が湧いているのだが、それを温める火の魔法、湯を循環させる風魔法、石の土台と植え込まれた植物は土と水の魔法が使われているのだという。
ウタハは備え付けの籠から入浴用の布をとって身体に巻き付けると、髪をまとめ上げて幅広の紐で縛った。
ここでは、みんな入浴用の布を巻いて湯に入るのだ。いつからそうなったのかは諸説あるが、どんな事態が起きてもすぐ戦えるようにするためとか、一説では、慎み深い初代の女性魔法師たちが、肌を見せるのを嫌がって始めたのだともいわれている。
ウタハが木の陰でゆったり足を伸ばしていると、右の木の奥の方からウタハを呼ぶ声がした。声の方に顔を向けると、マリエヌが手を振っていた。
マリエヌは、半分泳ぎながら近づいてきて、うれしそうに言った。
「ここで、会うなんてめずらしいわね。でもちょうどよかった、明日話そうと思ってたことがあるのよ」
マリエヌはウタハの隣に座る。急にいくらか湯の温度が上がった気がした。
「なあに?」
「ほら、夏光祭のことよ」
「ほんとに、一緒に行くの?」
「そうそう。彼に話したら、よろこんでたわ。来てもらっていいって。だからよろしくね」
「まあ、いいけど・・・」
「村に行ったら、一緒に花冠を作りましょうよ。それをつけて踊ると幸せになるんですって。恋人ができたりとか・・・知ってた?」
ウタハは首を横に振る。
「知らなかったわ。そいうことなのね?」
トイサ村の祭りでも、たしかに、花冠を編んで被っている少女たちを見かけたことがあった。だが、その意味までは知らなかったのだ。
「それにね、村には吟遊詩人が来るかもしれないのですって。彼が言ってたの。楽しみだわ――」
湯につかりながら、マリエヌのおしゃべりは続く。祭りのあるこの館周辺の村をはじめ、ウキアーナ領は、ほとんどがこの館の関係者なのだと。引退した魔法師や、館で学びを終えた者、結婚して住み着いた者たちで、代々農業と魔法を生かしながら暮らしているのだということも。
もし戦でもあったら、彼らは魔法師の一団として、古の魔法師のもと、共に戦うのだと。かつて古の時代にも、そういうことがあったらしいと、一気に話して聞かせてくれた。
「全部、彼――フレイムから聞いた話だけどね。とても物知りなのよ彼」
初めて聞く話ばかりで感心していると、マリエヌが朦朧とした顔で言った。
「あれ、わたし・・・のぼせちゃったのかな、おしゃべり・・しすぎ・・ちゃった・・・みたい・・・」
急にマリエヌの頭がふらついて、ズルっとそのまま湯の中に沈みかけた。ウタハはあわてて引き上げる。「わっ、まって、まって、今、出るから、倒れちゃだめー」
マリエヌを支えながら、なんとか湯船から脱出した。
*
それから半月後、夏光祭前日――
午前の最後の授業が終わろうとしていた。
ウタハは、リモーネ先生の話を聞きながら、連絡のないマロウズのことを考えていた。
あれから、ずっとマロウズは館へ帰って来なかった。処罰でも受けているのではないかと心配になったが、なぜか呼び出すことは、してはいけない気がした。それで気をもみながらも、そのままになっているのだった。
館長は館と王城と行ったり来たりしているらしく、なかなか会うことも叶わず、彼の様子を聞くこともできなかった。自分の知らないところで何か起きているのだろうか? 一抹の不安もよぎる。
「――これで、私の授業は終わります。ここで学んだことを忘れず実践してください。魔法師であっても、淑女のたしなみは忘れてはなりませんよ。明日の試験で行くべき教室が決定しますが、それが全てではないことも覚えておいてくださいね。では、よい夏光祭を――」
ウタハとマリエヌは立ち上がった。
彼女に感謝の言葉を述べて礼をする。それから二人は一緒に教室を出た。
ウタハと並んで歩くマリエヌは、先日の出来事など忘れたように、嬉々としてウタハに話しかける。彼女は本当におしゃべりが好きらしかった。のぼせ事件以来、いっそう仲良くなってしまった気がする。しかもマリエヌは、ウタハを命の恩人だと言い、うるうると感謝の眼差しで見上げるのが、ウタハには、おもはゆい。『あたり前のことをしただけよ。それに、わたしだけが助けたんじゃないわ』と言っても彼女はきかなかった。
あの日、湯からマリエヌを引き上げると、それを見た魔法師が駆けよってきて、風の魔法で冷たい風を起こし身体を冷してくれたのだった。おかげで、しばらく脱衣室の椅子で休んでいるうちに回復した。
マリエヌはウタハが来る前から湯につかっていたのに、ウタハが来てからもずっと、そのまましゃべりつづけていたことが良くなかったのだろう。
「――それでね、ウタハは何を着ていくの? みんなお洒落して行くらしいわ。この間、助けてくれた魔法師さんにお礼を言いに行ったでしょ、一緒に。
その魔法師さんと何度か回廊で出会っちゃってね、昨日、お茶会に誘われたの。ちょうど始めるところだって。お部屋に行ったら、何人か来ていてね、そこでみんなが話していたのよ。お祭りには、みんな長着を脱いで好きな服を着るのだって」
この館には、フリーの魔法師がかなりいる。館で一応の学びを終え、行先の決まっていない者や、研究のために残る者、館の仕事を手伝う者などだ。
「そうなの? うーん、どうしようかな」
ウタハは、すぐに誰とでも仲良くなるマリエヌの才能と、無意識に仕入れてくる情報に驚きながら言った。彼女の両親は商人で、かなり手広くやっているのだと聞いていた。そういう家系の才なのかもしれなかった。
「わたしはね、こんなこともあろうかと、お気に入りのチュニックを持ってきてるのよ」
「それなら、安心ね。わたしは、まだ決めてないの。部屋に帰って見てみるわ」
ウタハは、持ってきたチュニックを思い浮かべた。晴れ着といえるものは、成人の日に着た白いチュニックくらいだった。
そのとき、パタパタと羽ばたきがして、嘴の長い中型の青い鳥が、ウタハの前で羽ばたきながら止まって言った。庶務の仕事を担当している魔法師の使い魔だった。伝達するのを館内でちょくちょく見かけるので知っている。
「ウタハ、手紙が届いているので、取りに来てください」
それだけ告げると、またパタパタと飛んで行った。




