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フォラードの光  ― 星の記憶者 ―  作者: あけの星
第一章

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糸紡ぎの村

 朝の優しくてまばゆい太陽の光が、天窓からウタハの額を照らしたとき、いきなりウタハはアミラの声で目を覚ました。

「いつまで寝ているのぉ! ポポが待ちくたびれてるわよー」


 ウタハは頭をグシャクシャとかいた。光の加減で虹色に輝く銀色の髪をかき上げながらベッドから体を起こす。薄目を開けると養母のアミラが部屋の入口から顔をのぞかせた。


 入口までやってくるのは、かなりイライラしているときだ。

 それでも起きないときは、布団をはがされてしまう。それでもなお起きないときには、ベッドから床に引きずり降ろされる。アミラの小柄な体にそんな力があるとは思えないほどだ。まあ、ウタハを抱えるほど力はないから床に落とすのかもしれなかった。


 そこまでアミラがするわけは、ウタハが朝、なかなか起きられないからだ。早起きはまったく苦手なのだ。そういう体質だからしかたないと、自分でも思っている。しかし今日は、約束があった。

 引きずり出される前に、もやのかかった頭を振って飛び起きた。


 きしむ階段を降りて階下に行くと、食卓に座った幼馴染のポポが手を振った。

 待っている間に振るまわれたお茶を飲んでいたらしい。ミントの香りが漂っている。

 

黄色っぽい金髪を一つに編んで後ろに垂らしている少女は、ウタハと同じ十六歳。ふたりとも来月には春の精霊祭で成人の儀式を受けることになっていた。この地方では十六歳で一応成人として扱われ、結婚も許される。


ポポは、くりくりした緑の目でウタハを見つめた。

「約束を忘れたのかと思っちゃったわ。今日はいつもより早く起きてハーズを取りに行くって決めたじゃない」


 ハーズは、この村の特産品で貴重な繊維が採れる植物だ。柔らかな繊維を取り出して糸にする。そういった糸を紡ぐのがこの村、トイサの村のなりわいである。たいていは、丈夫な葛や麻、イラクサだが、最近では少し高価な綿や山繭などが主流になり始めていた。

 

 成人式には耳に穴をあけ耳飾りをつける。そしてハーズの糸で織ったサッシュをするのが習わしである。ハーズの糸は虹色の光沢をもつ布になるので、儀式には欠かせない。

 昨年から織りはじめたサッシュは、二人ともほとんど出来上がっていたけれど、もう少しサッシュの端に飾りをつけたくて、足りない分を取りに行くことにしたのだった。


「ごめん、ごめん」

 ウタハは申し訳なさそうに言う。「ごめんついでに、もう少し待ってて。支度するから」

 ポポが呆れた顔をする前に、ウタハは二階に駆け上がった。


 狭いが少女がひとり寝起きするには十分な広さの部屋に、質素な木のベッドと机。着替えを入れる箱があった。ベッドの上の天井には開閉式の天窓がついている。雨が吹き込まない造りになっているので、暖かい季節は開けていることが多い。

 ウタハは急いで椅子に掛けてあった薄茶のチュニックに着替えると、無造作に銀色の長い髪を後ろで一つにまとめ、葛の糸で編んだ紐で結んだ。

 机の上に置かれていた小さな鏡は、ちらりと見もしなかった。


「おまたせー、あっ」

 ポポが焼き上がったばかりのパンケーキを食べているのに気づいて、声が止まった。

 挽いた麦の粉に、水と少しの蜂蜜を入れて焼いただけの薄いパンケーキだが、ウタハのお気に入りだ。ときどき、アミラはこれを作る。

 キッチンからアミラが、もう一皿持ってきて言った。

「早くウタハも食べなさい。あんたの分は冷めてしまったから、焼き直したわ。食べておかないと力が出ないわよ」

 たしかに・・・ ウタハは心の中でつぶやいた。

 ハーズを刈るのは、少女にとってはかなりの労力だ。少しといっても大きめの束にして背負って帰るほどは必要だった。できるだけ採りたい。余れば他の用途にも使える。


 もう陽は高くなりはじめ、約束の時間はとっくに過ぎていたが、ウタハとポポはしっかり食べて、外に出た。二人は、採取用のナイフと飲み水の瓶を布に巻いて腰につけている。

 二人が、これから行こうとしているハーズの沼と、村の寄合所へ行く分かれ道まで来たときだった、アミラが白髪の混じり始めた栗色の髪をゆらして、追いかけてきた。

「忘れ物よ」

 アミラは昼食だといって、パンケーキの残りとチーズ、干しブドウの入った袋を押し付けると、急ぎ足で寄合所へつづく小道へ向かった。


 エル・フォラード王国の東北部に位置するトイサ村は糸の村。村の女たちは老若問わず集まって、寄り合い所で糸を紡ぐ。

 寄合所が作業場になっているのだ。

 原材料から糸にするまでは、大変な工程だが、昔から続く仕事に慣れきっている。幼いときから身についた仕事だった。

 皆で声を合わせて歌いながら作業することもしばしばで、それが楽しくもあるらしい。その作業場の隣には、布を織るための小屋も建っていた。


 トイサ村の男たちの仕事は主に糸の原材料の採取や農作業だ。たまに狩りもする。領主に税として納めた後の残りの糸を、売ることは許されているので近隣の村へ売りにも行く。王都に足をのばすこともあった。内職程度の収益だが、とくに不満を持つ者はいなかった。

 貧しい暮らしでも作物はそこそこ豊かで飢えることはなく、楽しみもある。糸が売れたら少しばかりの現金が手にはいるのだから。

さいわいなことに、トイサ村を含めた一帯の地域、メティヤームの領主は、領民を重税で苦しめることはしなかった。



 アミラは息を切らせて糸紡ぎの作業小屋の扉を押し開けた。

 

 中には老若十人ばかりの女たちが、おしゃべりしながら糸をより合わせていた。

 アミラの姿を見て、すぐそばの椅子に腰かけていた老女が声をかける。

「おや、今日はめずらしくゆっくりだったじゃないか」

「ええ、ちょっとバタバタしちゃってね」

 アミラはうなずく。

「また、ウタハかい。起きられなかったんだね」

 老女の隣にいた若い娘が笑いながら言う。

 他の女たちからも小さな笑い声が上がった。

 ウタハの朝寝坊は有名らしい。


「今日は、ハーズを採りに出かけたよ。ポポと」

「おや、まだサッシュはできていなかったのかえ?」

 老女の問いに答えていると、奥の方で話を聞いていた中年の女が近寄ってきた。

「ウタハたちは、鏡の沼には行かないだろうね? あそこはハーズは良いのが生えているけど、嫌なうわさがあるよ。ときどき神隠しにあう娘がいるとか」

 声をひそめて言った。

 アミラは思い出した。数年前、何人かの娘が神隠しにあった話を。たしか領主の城近くのグポォ村の娘だった。捜索隊がトイサ村にもやってきたのだった。

「そこまでは行かないだろうさ。あそこはイヲの森の奥だし」

 ウタハには森の奥には行ってはいけないと、いつも言っている。

 イヲの森はこの国の森の中では安全な森ではあったが、いまだ知られていない魔物がいないとは言えなかったからだ。

 

 十五年ほど前に、王国内で魔物の被害が多発したことを受けて、王直属の魔法士たちと国内の権威ある魔法師たちが一斉に魔物退治を行った。

 魔物との戦いは三年続いて、ようやく魔物の王と和解。以来魔物の被害は、ほとんどなくなったが、それでもときおりトラブルは起きる。下位の魔物が暴れることがあるのだった。


「大丈夫さ」

 アミラは一抹の不安を振り切って元気よく言った。

 

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