預言詩
ウタハとマロウズは、図書室の奥の席で、古い革表紙の本を開いていた。
先ほど、塔から図書室へ戻ってきて、さっそく教えてもらった故事書を探したのだった。
時間はかなり遅かったので、人はまばらだ。だが、できるだけ人に会いたくなかったので、いつも人が座っているのを見たことがない、奥の窓際の席を選んだ。窓に沿って置かれた幅の狭い机の前に、一人掛けの椅子がいくつか並んでいる。
もし、ここでマリエヌにでも会ったら、面倒くさいことになりそうだった。さいわい彼女は、本を読むのがあまり好きではないらしく、図書室に来ても必要な本だけ借りて、すぐ帰ってしまう。それも読んでいるのかどうか、怪しかったけれど。
だから、よほどのことがない限り心配はないが、だれかに自分たちの調べていることを知られるのも嫌だったのだ。
「ほら、見ろよ、ここだ」
マロウズは、本の周囲が年代焼けした古いページを開いて、隣に座っているウタハに見えるよう押し出した。上古編は上下巻あって、下巻を彼が見ていたのだ。
ウタハは、彼の指し示したページに目を落とした。
――長き戦いの終焉
王はこの地に帰還せり
凱旋の歓喜のラッパは鳴り響く
人々は歌い、笑い、花をふりまき、美酒をもて祝う
乙女は恋人を、妻は夫を、父は子を腕に抱く
国は静まりて、人々は安らぎの日々を迎えん
これより春の種まきも、秋の収穫も満ち足れり
かくして、千年の王国は始まりぬ
その後に、『上古の凱旋歌』が書き綴られ、その中に、『歓喜の歌』もあった。
「これだったのね。でも、それが、なぜ今ラッパが鳴ることと関係があるのかしら?」
「それなんだけどね、おそらくこの本の中に、予言として書かれているものがあるんじゃないかと思うんだ」
「その可能性はあるかも・・・もう少し調べてみましょ」
「そうだね・・・あ、まずい、おれ行かなくては。明日また協力するよ。これ返しておいてくれるかい?」
マロウズは、あわてて立ち上がった。意外に丁寧な言い方だったので、ウタハは気持ちよく、うなずいた。
「いいわよ。おやすみなさい」
「おやすみ、あ、おれ使い魔だからね、何かあったときは、おれを思い浮かべて名前を呼んでね。じゃあ」
軽く手をあげると、音もなく、あっという間に図書室を出て行った。まるで歩きの移動魔法みたいだわ、とウタハは思いながら見送った。
すると、入れ違いにミルルが入ってきた。もしかするとマロウズは彼女が来るのを感知したのかもしれない。ミルルに会うのがまずかった・・・なんてことはないわよね? ウタハはその思いを打ち消した。
ミルルは、誰かを探しているふうだったが、ウタハを見つけると、急いでそばへやってきた。
「ウタハ、ここにいたのね、遅いから心配したわ」
「うん、もうそろそろ帰るよ」
「ならいいけど・・・なに読んでるの?」
ミルルは覗き込んだ。
「ふうん・・・こんなの読んでるんだ。あ、たしか、これ下巻の終りの方に、変な語の文章が載ってるやつじゃない」
「読んだことあるの?」
「読むというより見ただけかな。わたしには解らない言葉で書かれてたからねーそれを調べる辞書もないみたい。だから、あきらめた。でも、ちょっと懐かしいかな、だいぶん前の話だから」
ミルル軽く笑って、「それじゃあ、先帰ってるねー」と手を振った。
ミルルは心配して探しに来てくれたのかもしれない。やっぱり優しい人だ。
ウタハは急いで彼女の言っていた下巻の終りの方を開く。
そこには、ミルルの言っていた奇妙な言語の文章が並んでいた。
その並びからわかるのは、この本と同じく詩歌風に書かれているらしい、ということだけだった。
ウタハは、唸った。(うーん、何だろう、この文字・・・)
しばらく見つめていたが、「あれっ」と声を上げた。先月、見た夢の中で聞いた言葉を思い出したのだ。何かそれと交じり合うものがあった。
ウタハが、わからないなりに頭の中で夢の言葉をたどろうとしたときだった、目の前の開かれたページから、書かれた文字が立ち上がってきて、楽譜のように彼女の額の周りを回った――と、同時にまた意識がぼうっとなったが、今度は、はっきりとその文字が読み取れた――古代の魔法言語だ・・・耳の奥で誰かの声がした。
――刻が満ちるそのとき
世界は蠢き始める
千年の終わり、上古の彼方より
忘却の淵から暗黒の風が吹く
遥か古の国々が新たな盟主を求め
かつて離散した人々は
我らこそ新たな盟主と叫び
貪欲と野望は地を覆う
故に眼のある者は観るがよい
耳ある者は聞くがよい
正しき者は誰か
真なる者は誰かと
刻が満ちるそのとき
歓喜のラッパは鳴り響く
光り輝く乙女、虹を放つとき
新たな千年を引き継ぐ者現れん
乙女を得し者
星々の護りを得る
共に歩むその者こそ
額に刻印ある真王なり
故に、賢き者らよ
塔の上に立つ者を見よ
光と闇を従えて
白き輝きの中に立つ者を
――テンプアスの預言詩――
預言詩を読み終えたとき、ぐらりと周りの空気が揺れ、ウタハは気が遠くなった。
*
「きみ、大丈夫かね――」
その声にウタハは目を開けた。
白髪の男が彼女の肩を軽く揺さぶっていた。
四十歳前後と見える男は、グレーのフード付きの長着を着ている。
どこかで見た顔だと、ぼんやり思った。
「あ、はい・・・」
そう言いながら顔を上げた。そして気がついた。いつのまにか机に突っ伏していたのを。そういえば、さっき気が遠くなって・・・
「もう遅いから帰りなさい。立てるかな?」
男はウタハを促した。
ウタハはうなずくと、よろよろと立ち上がった。
「その様子だと、心配だな。送って行こう」
彼は、ウタハ支えるように片手を肩にかけ、もう一方の手の指を、机の上に開かれた本に向けた。本は一瞬、消えたかに見えたが、あるべき本棚にストンと入った。
図書室は、魔法の火が小さく、今にも消えそうになっていた。閉室の合図であった。
ウタハは支えられながら、図書室を後にした。
部屋の前まで送ってもらったウタハは、ようやく頭がはっきりしてきた。それで、この男がだれであるかを思い出した。
「ありがとうございました。あの、もしかしてノクィース先生ですか?」
「ああ、そうだ」
彼はうなずいた。
ウタハがあわてて上位の魔法師に対する礼をとろうとすると、ノクィースはそれを押しとどめて「早く休みなさい」そういって背を向けると去って行った。
ウタハは、とまどいながらも軽く頭を下げて、彼の後姿を見送った。
部屋へ入ったウタハは、ミルルが寝ているのを見て、起こさぬよう、そうっと自分のベッドにもぐりこんだ。
(ノクィース先生が図書室にいたなんて、めずらしいな・・・いつも出かけていることが多いのに。会ったのはまだ三回目くらいだし・・・でも迷惑かけてしまったわ。明日会えたら、きちんとお礼言わなくちゃ・・・)
そんなことを考えているうちに眠ってしまった。




