使い魔⑵
しばらくふたりは、ぼんやり上の穴を見上げていたが、助けはまだ来そうになかった。
「ねえ、あなたは、なぜここのことを知ってたの? そしてこれがこの前の騒ぎとどう関係があるの?」
「うーん、話せば長くなるんだけど・・・おれはね、十五年前の魔物騒ぎのとき、二歳になったばかりだったんだ。おれの家は領主だってのは、知ってるだろ?」
「知ってる」
「おれは、長子で跡継ぎだった。だから、魔物に襲われることを心配した両親は、おれを魔法師の館に預けたんだ。ここにね。ここの館長はおれの伯父なのさ。メティヤームは魔法師の多いところなんだ。キヤは、ときどき有力な魔法師を出す一族で昔から知られているんだよ」
マロウズは、少しウタハの言ったことを気にしながら話しているらしかった。口調も優しくなっている。
「当時はまだ、伯父は館長ではなかったけれど、力のある魔法師として認められていたんだ。伯父のもとで暮らすうちに、おれにも魔法の才能があることがわかった。
だから魔物討伐が終わって、安全になっても伯父はおれを引き留めて訓練したんだ。魔法師にさせたかったんだな。だけど、どうしても両親の元へ帰りたかったおれは、引き留める伯父を振り切って家に戻った。十二歳のときだ。
しかし館に帰ってみると、もう、おれの居場所はなかった。両親には弟が生まれて、それを跡継ぎにすると言うんだ。悔しかったね。おれは、荒れたよ。今思うと、恥ずかしいくらいさ。みんなに迷惑をかけてしまった・・・」
ぽつりぽつり思い出しながら話す。彼は、ウタハの前でこんな話をしてしまうことに驚きながら。
ウタハは、ただ黙って聞いている。
「遊び仲間とつるんでいたら、敵対する奴らと諍いになったんだ。やつらは荒くれの大男たちを連れていてね、おれたちは、ぼこぼこにされて奴隷商人に売り飛ばされそうになった。それをタージェルンが救い出してくれたんだ。タージェルンは、おれに『もう一度学ぶ気はないか』って、この館に行くことを勧めてくれたんだ。おまえの話も聞いたよ。興味が湧いたね。それで行く気になって、ここにいるわけだ」
「この場所を見つけたのは、まだ伯父の元にいたときだ。あの当時は、おれは迷路のようなこの館――城をほとんど知っていた。あちらこちら歩き、覗きまわっていたからな」
「それで――」
「ああ。最初は、何も気がつかなかった。だけど、ここへ来る度に不思議な思いが湧いてくるんだ。言いようのない、憧れ・・・何かが、かつてここにあったのだと。憧れは増すばかりだった。
ある日、大きな翼のあるものから、歓声を浴びて降りてくる人々、取り巻く人々のざわめき、その幻影が、微かに見えた――それと関係しているのが、さっきの部屋にあるという確信があったんだ。」
「あの、白い箱みたいなもの?」
「そうじゃないかと思ってる。でなければ、結界など張るわけがないだろう?」
「魔法師の先生たちは知ってるのね?」
「全員ではないと思うけどね」
「それがなぜ、この間の出来事と関係していると?」
「あのラッパの音、あれは、おれが見た幻影の中でも鳴っていた。高らかに・・・一瞬の幻影だったけど・・・おれは館長にたずねたよ。そうしたら、あれは『歓喜の歌だ』と。それ以上は、がんとして教えてくれなかった。ただ刻を待てと言うだけでね」
「じゃあ、先生たちには、これ以上聞いても無駄だってことね」
ウタハはため息をもらした。
「そういうことだね」
「ありがとう、教えてくれて。でもあなたって、魔力が大きいのね。幻視ができるなんて・・・」
「いつもじゃないよ。魔力だって、今この火を保つだけで精いっぱいさ。もっと力があれば、ここからおまえを風で上まで持ち上げてやれるんだけどね」
「あ、それで・・・」
ウタハは上から落ちたとき、ふわっとした風とも思える、空気に包まれるのを感じたのだった。
「もしかして、落ちるとき、風魔法を使った?」
「ああ。よくわかったな。死にたくなかったから、必死にね。保護魔法を発動した」
ウタハは周囲の瓦礫を見回した。こんな大きなものが当たっていたら、大変なことになっていただろう。自然と感謝の気持ちが湧いてきて彼に軽く頭を下げた。
「助かったわ」
「そんなこと、やめてくれ。ここへ連れてきたおれのせいなんだ。わるかった、おまえを危険な目に合わせてしまった・・・だからそのくらいは当然だよ。それにーーあっ」言葉をつまらせ、一瞬ウタハを見通すような目になった。彼の息をのむ音が聞こえた。彼は何かを見ているらしかった。「――これからは、おれは、おまえの・・・使い魔になってやるから。いつでも呼び出していいからなっ」
そう言うと、いきなり彼はウタハの前に膝をついた。上位の者に対する礼の姿勢をとり、「マイ・レイディ、いつでもご用命を」と言った。
ウタハは、声も出ないほど驚いて、しばらくあっけにとられて彼を見つめていたが、不意に頭がぼうっとして、すべてが二重に見えてきた。いま自分の前に膝をついているのは、見たこともない白いフードを被った男だった。彼は穏やかな光に包まれていた。ウタハは体が勝手に動くのを感じた。自分も立ち、静かに彼の手をとって立ち上がらせた。何をしているのか、言っているのかよくわかっていなかった。「ありがとう」そう言って微笑んだ。「あなたの気持ち、うれしく思います」声が何重にも反響した。しかしそれは、どこか遠くで誰かが言っているのだった。自分でない自分が・・・
やがて、はっと我に返ったウタハは、あらためて彼を見た。もはや白いフードの男ではなかった。
いつものマロウズが、なぜか満足そうにウタハを見つめている。
「わたし、変なこと言ってなかった?」
「いや、当然のことだけさ」
「え、でも・・・」
ウタハは両手で自分の頬を挟み、首をかしげた。自分でない自分が何かしたかもしれない、という自覚はあった。いまのは何だったのだろう。幻影? もしかしたら彼も見たのかもしれないと思った。
「あなたって、ただの見習いではないのね」
「おまえだって、ただの弟子見習いの見習いじゃないだろ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
「そろそろ、助けが来たようだよ」
その言葉と同時に、上の方から声がした。
「おーい、誰か、いるのか――」
「館長ぉー、おれですー」
「おまえか。他には?」
「ウタハがいます」
「いま、小さな竜巻を起こすから、ウタハを放すなよ」
マロウズが返事をする前に風の渦が二人を取り巻いた。ゴウッという音とともに、館長の足元へ吹き出された。
「おまえたち、何をやったんだ? この壊れようは何だね」
館長は床の半分が抜け落ちた部屋を見回した。
「ただ、試したかっただけです」
マロウズは神妙な顔で言う。
「ふむ。私の結界は壊されていたが、さすがに、権威ある古の魔法師殿の結界は無理だったようだな」
館長はあきれた顔で、窓際にある箱の方へ目をやった。
そのとき、入口の方から白いフード付きの長着を着た白髪の老人が姿を現した。
「あ、魔法師長殿」
館長は、すぐさま礼の姿勢をとる。
「もう、ここまできたのか。まあ、それはそれでよい。もう一度、新な結界を頼むぞ」
「かしこまりました」
魔法師長と呼ばれた老人はうなずくと、奥の二人に目をやった。
ウタハを見て、聞かせるように言った。
「故事書の上古編を読むといい。そなたの求める答えがあるやもしれぬよ」
彼は館長が頭を下げている間に、ふっと姿を消した。移動の魔法であった。
「さ、もういきなさい。ウタハをちゃんと送りとどけるのだぞ」
館長は、マロウズの肩を軽く叩いた。
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