魔法仲間⑶
壁の魔法の火が、ゆらゆらと揺れたと思うと、それは、ぼうっと大きさを増して一瞬、明るく輝いた。それから炎はおだやかになって、図書室を明るく照らした。
ウタハは火の魔法師の技を、こうしてゆっくり見るのは初めてだった。いつもタイミングが合わなかったのだ。
今日は少し早めに夕食を済ませて図書室へやってきた。昨日、マロウズの言ったことが、気になって一日落ち着かなかった。彼は何を知っているのだろう?
図書室の机の上には自分の羽ペンと書き留める用紙が丸めて置いてある。本を読む気分にはなれなかったのだ。
ウタハがぼんやり思いをめぐらしていると、軽く肩を叩かれた。
振り向くと、マロウズが「こちらへ」と目で合図して、図書室の奥の方へさっと歩きだした。ウタハは後を追う。
本棚の間を抜けて突き当りまで行くと、彼は立ち止まった。壁には、どっしりした濃茶の毛織物の布がかかっていた。
彼は周囲を見回した。人が近くにいないのを確認すると、布をかき分けた。驚くことに、そこには灰色の扉があった。マロウズは、用心深くまた人のいないのを確認すると、扉を押し開け、ウタハの腕をつかんで一緒に中に引き入れた。声を上げかけたウタハの口を押さえて、「静かに! 何もしない。この向こうへ行くだけだ」と低い声で言った。
「いいね」念押しするマロウズに、ウタハはうなずく。彼は押えていた手を放し、ウタハが叫び出さないのを見て、片手を少し前方に伸ばし、指先にぽっと火を灯した。
「え、あなたは、火の使い手?」
ウタハは、声を落としてたずねた。
「そう。でもそれだけじゃないんだ。そのうちわかるさ。さ、早く行こう」
マロウズの手の先に灯る火を明かりにして前方に進む。火に照らされた石積みの通路は、どこまでも続く洞窟のようにも思われて、不安が湧いてくる。
「どこへ行くの?」
「おれが見つけた秘密の場所だよ」
「そこに、あれがわかる何かがあるの?」
「そうじゃないかと思ってる。黙ってついてきて。話し声が外にもれるとまずいから」
低い声で言う。それだけでも、通路の中に声が反響していた。
ふたりは黙って歩く。ようやく目が通路の暗さに慣れてきたころ、前方に出口らしい扉が見えてきた。
マロウズが扉をわずかに押し開いて、外を見る。
「大丈夫そうだ、誰もいない。おいで、行くよ」
ウタハは、うなずいて彼の後から外へ出た。
扉の外は古い回廊がその先の塔につづいていた。塔のさらに向こうには、もう少し大きい塔がそびえている。通路の中が暗かったせいか、星の瞬き始めた夜空と塔は、くっきりと見えた。どうやら、城の反対側に抜けたらしい。古の魔法師の館は広大な古城なのだ。
「行くよ」
マロウズは慣れた足取りで塔に向かって歩いて行く。
ウタハは小走りにその後を追った。
塔の入り口は頑丈な木の扉だった。
重いキシリ音をあげて扉は手前に開いた。
マロウズは何度も来たことがあるように、迷いなく中へ入って行く。振り向いて、ウタハがついてきているのを確かめると、指に火を灯して暗い螺旋階段を上がり始めた。
塔の内側を這う階段を登り最上階まで来ると彼は火を消して、ぽっかり空いたアーチ形の出口から外へ出た。ウタハに手招きする。
ウタハは素直に従って外に出た。思わず感嘆の声を上げる。
目の前には、広々とした石畳の空き地が、昇り始めた円い月の光に照らされて白く輝いていた。足元に敷き詰められた艶のある平らな石は、かなりの年代を経たものであったが、今なおその美しさをとどめていた。ただ、ところどころ焼け焦げらしい跡も見えた。
ここは、塔の最上階であった。
「なんてきれいなの」
ウタハはぐるりと囲む低い塀の内側を歩いて回った。こんなところにきたのは初めてだった。塔の下には、城壁の向こうの村の明かりや、森、その向こうにそびえる山脈が黒く伸びている。塀の東側には、さらに高い塔、その少し南には遠く王城の明かりも見えた。
ウタハが夜景に見とれていると、いつの間にか隣にマロウズが立っていた。
「おまえは、ここをどう思う?」
「どうって・・・」
ウタハは首をかしげた。今まで城に来たこともなかったし、こういう場所があるなんてことも知らなかったのだ。
だが――
不思議な感覚はあった。あのとき――闇の貴公子に助けられて奇妙な乗り物に乗って降りた場所――ここほどは広くなかったが、こじんまりとした平らな空間だったではないか――ふとそれを思い出した。
ウタハは後ろの広々とした平らな空間を眺めながら言った。
「何か空を飛ぶものが、ここに止まってもおかしくないわね」
マロウズは、はっとした顔でウタハを見た。
「そう、そうなんだ! おれが思っていたことは・・・」
興奮気味にウタハの両手を取って強く振った。
「ちょっとこちらに来て」
彼はウタハの片手を引っ張って、アーチ形の入口へ駆け出した。そして一つ下の階に降りて、空いた手に火を灯すと、いくつか並んだ黒い扉の一つを肩で押し開けた。




