魔法仲間⑴
四階の五号室は、中央の吹き抜けを回る左右の廊下の真ん中、階段側から見て一番奥にあった。
ウタハが灰色の重々しい金属の扉を押し開けると、中にいた数人が一斉に彼女を見た。リモーネの姿もあった。
こちらに来るようにとリモーネが声をかけてきた。
実験室の机に似たテーブルのそばで、グレーのフード付きの長着を着た男が二人ウタハを見つめている。ひとりは金髪で、もうひとりは白髪だった。その手前に水色と藍色のやはりフード付きの長着を着た少年たち、その横に小柄な蜂蜜色の巻き毛の少女が立っている。少女はフードの付いていない、薄い紅色のチュニックを着ていた。
リモーネはウタハに挨拶するように言う。
ウタハは少し緊張しながら昨日教わったとおりの挨拶をする。
(教えてもらっててほんとによかった)心の中で感謝した。
リモーネはウタハに軽くうなずくと、男たちを特殊魔法を担当する魔法師だと紹介した。
金髪で中年の魔法師をライティアル、彼よりさらに年上と見える白髪の魔法師は、ノクィース。二人はそれぞれ、胸の前で軽く手を上げた。
特殊魔法とは、四大精霊魔法の変形や、それ以外のさまざまな魔法を取り扱う科目だと、リモーネは説明した。「精霊の中でも、地(土)、水、風、火の精霊を四大精霊と言います――」
ウタハはそれを聞いて衝撃を覚えた。四大精霊! それを口の中でつぶやくと全身が震え軽い眩暈がした。いけない、何だろうこの感覚・・・ウタハは大きく息を吐き呼吸を整えた。
気がつくと、手前の少年二人が挨拶していた。
水色の長着を着た少年は肩までの金髪。ほつれてきた一筋を耳に挟みなおしてから、「アルダーです」と軽く微笑んだ。
藍色の長着の少年は緊張した面持ちで、エリクルだと低い声で自己紹介した。茶色の長い髪を後ろで一つにまとめている。
二人の挨拶をうなずきながら聞いていたリモーネは、最後に巻き毛の少女を紹介した。
「これから、あなたと一緒に学ぶ見習いさんですよ」
少女は、はにかんだ口調でマリエヌだと挨拶した。
「初めに言っておきますが、この『古の魔法師の館』では、身分や出身は一切関係がありません。それらにこだわらず、同じ魔法を学ぶ『魔法仲間』、として行動してくださいね。ですが、先輩や魔法師の先生方には、ちゃんと敬意をはらうように。よって私たち魔法師は、あなたたちを敬称なく名前で呼びます。いいですね?」
マリエヌが大きな声で「はい」と返事したので、あわててウタハもそれにならう。
「当分は、午前中が私の礼儀作法の時間になります。午後は見習いのお仕事を学びましょう。アルダー、それとエリクル、この子たちをよろしくね」
「おまかせください」アルダーは、右手を胸に当て頭を下げる。エリクルも同じ姿勢をとった。上位の魔法師に対する礼だった。
その日から、『弟子見習いの見習い』の授業は始まった。
*
「ふぁ~疲れたぁ」
マリエヌが、食堂のテーブルの前で背を後ろに倒しながらぼやいた。午前中の授業は、かなりびっちりしごかれた。
「あんなにきついとは、思わなかったわ。背筋を伸ばして歩くだけなのに・・・」
ウタハもうなずきながら言う。
ふたりは昼食を食べる前に、とにかく座りたかったので、人のいない席を探して、ようやく腰を落ち着けたところだった。
「そうよねえ、でも、明日からもっと大変かも。基礎体力をつけるための運動をするって・・・」
リモーネは、二人の体力不足を見抜いたらしい。追加の運動を行うと告げたのだった。魔法師は、魔法に耐えられるだけの体力も必要とする。
また、ここで学ぶ行儀作法は、『王城でも通用するものです』とリモーネは宣言した。いずれ一人前の魔法師になれば、王城にも、さらには王前にも出る可能性だってあるのだ。
しかし生まれたときから、高位の行儀作法に馴染んでいるわけではない者たちにとって、慣れるまでは一苦労であった。
「ねえ、わたしたちも名前で呼び合
いましょうよ」
マリエヌが薄いブルーの瞳を少し大きくしてウタハを見た。愛くるしい顔立ちの少女である。
「いいわよ。よろしく、マリエヌ・・・」
「こちらこそ、よろしくね、ウタハ。きゃはっ、なんか嬉しくなっちゃった」
ふたりは、自然と手を出して握手した。
「そういえば、今朝の集会の騒ぎって何だったのかしらね? マリエヌは何か知ってる?」
「わたしもわからないわ。そうだ、今度リモーネ先生に聞いてみましょうよ」
「うん、それがいいわね」
今日は、そんなことを聞く余裕もなく、授業は終わってしまったのだった。
「ねえウタハ、わたしたちと一緒に新しく入った見習いの人がいたでしょ。彼って、ウタハの知ってる人?」
ウタハは、首を横に振った。
「ほら、今朝の集会で名前呼ばれたじゃない、たしかメティヤームって言ってたわ。あれって、ウタハのとこじゃない? トイサって、メティヤーム領だよね? だから知ってるのかと・・・」
「あー」
ウタハは思い出した。たしかに。あの時は突然、自分の名前を呼ばれたので、あたふたして、よく見ていなかったのだ。顔も覚えていない。でもトイサはメティヤーム領だし、あのキヤという名前にも思い当たった。
「わっ、あの人、もしかしたら領主様と関係あるかも・・・」
領主の姓はキヤと言ったはずだ。たしかタージェルンもそうだったはず。村では、姓で呼ばれることはほとんどなかったけれど。
通常、爵位のある領主の一族は公式な場所では、姓名に所領の名をつけて呼ばれることが多い。ウタハはそのことを知らなかったが、マリエヌは知っていたらしい。
「やっぱりー、そうじゃないかと思ってたの。メティヤームってついてたから・・・でも、リモーネ先生の言われた通り、ここでは身分や出身は関係ないってことだから、気にしなくても大丈夫よね?」
マリエヌは目を輝かせた。
「うーん、そうよね、『魔法仲間』・・・だものね」
ウタハは、そう言ったものの、気にしないでいられるか、あまり自信はなかった。
「マロウズって、いくつくらいに見えた? ウタハは」
「わたしより少し上かな・・・」
あてずっぽうに言う。よく見ていないから、適当に言う。
「そうかもね。二つくらい上だと思うわ。ウタハは今いくつ? わたしは十六になったばかりよ」
「うん、同じ」
ウタハは微笑んで見せた。
「じゃあ、もしかしたらライバルになるかも・・・」
「えっ」
「ちょっと素敵な人だったじゃない?」
「えっ?」
「あ、ウタハのタイプじゃなかった?」
「えー? 何の話?」
「やだ、彼の話よ。わたしちょっと気に入っちゃった」
「えー、そ、そういうこと?」
ウタハは目を丸くしてマリエヌを見た。
彼女はどこか夢見る瞳でうふふと笑った。




