歓喜の歌
*
――
おお民よ喜び歌え
待ち望みし王の帰還
遥か彼方の国、星々の海を越え
光と闇を従えて
今ここに帰還するは古の主
おお民よ讃え奉れ
――歓喜の歌(上古の凱旋歌より)――
「――」
「――・・・***・・・――」
夢の中で誰かが呼んでいた。
奇妙な言葉で、聞いたこともないのに、なぜかウタハは自分のことだという気がした。
誰かが両手を伸ばして、引っ張り上げようとしたが、頭が下にくっついて動かない。と、そのとき引っ張り上げようとする手を振り払った者がいた。振り払われた手はふっと闇の中に消えた。振り払った者は、ウタハの顔をのぞきこんで、額にそっと触れると姿を消した。ウタハはまどろみの、うすぼんやりとした意識の中で、黒いマントが翻るの見た。
ウタハは、鐘の鳴る音で目を覚ました。
「おはよう! 次の鐘が鳴るまでに支度してね。朝食は集会の後よ」
ミルルが元気よく声をかけてきた。
ウタハは椅子に掛けてあった薄茶のチュニックをとり、急いで着替える。夕べ寝る前に水浴びしたせいだろうか、体が少し冷えている。頭が重い。それで変な夢を見たのかもしれない。身支度を整えながら、おぼろげに見た黒いマントを思い出した。同時に整った美しい顔と漆黒の瞳が浮かんだが、確信は持てなかった。
二度目の鐘が鳴り始めたので、ウタハたちは三階にある講堂へ向った。
講堂にはぞろぞろ人が集まり始めていた。
ウタハたちも彼らに混じって中に入る。講堂はかなり広い。高い天井には明り取りの窓があった。その周りには魔力の感じられる石が嵌め込まれていた。
壁には、この館が古い年代のものであることを示す色褪せた壁画が描かれていた。群衆に囲まれ、凱旋する見慣れぬ鎧の騎士とフードを被った魔法師たちの行進は、奥の演台近くまで続いている。ミルルが、これは古い歴史の物語が描かれているのだと話してくれた。
演台の後ろには、金色の鳥が装飾された壁を挟んで左右に、ラッパを吹く騎士の古びた白い彫像が置かれている。もしかするとここには、かつての城主の玉座があったのかもしれなかった。
まもなく講堂には、ほぼ全員が集まった。白いフードを被った館長は演台の前で、弟子や見習いたちを見回した。総勢五十人ばかりの少年少女たちは、みんなフードを外している。
ウタハもミルルの横で館長を眺めた。フードから白っぽい金髪が見えた。厳めしい顔。タージェルンより少し歳上くらいだろうか。
ひとしきり、館長が一日の心得と注意事項を話し終えると、つづいて新しく入った見習いたちの紹介をしましょうと言った。
館長の少し離れた後ろに立っていた魔法師が名前を読み上げた。
「マロウズ・キヤ・メティヤーム、マリエヌ・ウワシ、ウタハ・トイサ」
ウタハは自分の名前を呼ばれてとまどった。えー、わたしも?
あたふたしていると、ミルルが「早く行くのよ」と言ってウタハの背中を軽く押し出した。
トイサ村をはじめ王国内の他の村では、姓をもつ者は貴族や一部の有力者しかいない。だから村人たちは、必要な時は名前の後ろに出身の村名をつけて呼ばれることが多かった。
他の二人はもう演台の方に進んでいる。
ウタハもしかたなく演台の手前に進んだ。ウタハが三人の横に立った時だった、突然ラッパの音が一節、高らかに鳴り響いた。
「古き歓喜の歌だ!」魔法師の一人が叫んだ。ざわめきが走る。魔法師も弟子たちも辺りを見回している。何が起きたのだろう。ウタハも辺りを見回した。ざわめきが一層大きくなった。館長は右腕を上方へ伸ばして指を鳴らした。瞬間あたりに雪の結晶とも見える白い光がはらはら落ちて、みんな我に返った。
館長は咳払いして、何もなかったかのように言った。
「新しい見習いたちは、もうお戻りなさい。今日はこれにて解散!」
朝の集会は早々に終了した。魔法師たちの動揺が大きかったからである。
弟子や見習いたちは、わけのわからぬまま、ひそひそと話しながら食堂へ向かった。今起きた出来事を、ウタハはミルルに聞いてみたが彼女もわからないと首を振った。
ウタハとミルルも食堂へ足を向けたが、一階に降りたところで、ひゅっと小さな金色の球が二人の前に現れた。ウタハの手のひらより少し小さい金属の球だ。それはウタハの肩にふわりと止まった。意外に軟らかな感じがした。
ウタハが驚いていると、ミルルが言った。
「大丈夫よ、これリモーネ先生の使い魔だから」
その言葉が終わらぬうちに、球から声がした。
「デンゴン、ウタハにデンゴン。『食事が終わったら四階の五号室へ来るように。そこで授業を始めます』」
後半はリモーネの声だった。
*
深い洞窟の中――
黒っぽいフードを被った男が足元の地面を、持っていた長い杖でトンと叩いた。
すると暗い地面の一部が軽く揺れた。と、そこがスルスルと左右に開いて、明かりが洩れてくる。男はその中に入って行った。
「来たな」
入ってきた男に、濃紺色のローブを着た長い顎髭の老人が声をかけた。
老人は洞窟の中とは思えない、ゆったりとした部屋の一室で机の前に座っていた。
つるりとした壁自体が薄く発光して、燭台も、魔法の火もないのに明るかった。
「あれを聞いたのか」
老人は言った。
「ああ。ほんとうに、そうなのだろうか?」
男が半信半疑の声でたずねる。
「そうかもしれぬ。あれが鳴るとはな。予言通りなら・・・今朝、触れるほどの反応はあった。しかし、邪魔をする者もいるようだ」
男は老人の前の椅子に腰を下ろし、首を傾げた。
「何者だろう? 我ら古き者たち『コズミンドラ』に敵対する者なのか?」
「わからぬ。しばらく様子見じゃな」
「それで大丈夫なのか?」
「めざめた魔力は微々たるものじゃ。あれは発現しておらぬから、動くのはまだ先じゃろう」
「では、当分監視でよいのだな」
「うむ。新たな兆候が現れるまでは。いずれは我らの元に・・・ただ、やつらの結界に守られているゆえ、慎重にな」
「潜入は?」
「今、手の者が動いておる。だから――」
老人とフードの男は頭を寄せ声を潜めた。
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