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フォラードの光  ― 星の記憶者 ―  作者: あけの星
第一章

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プロローグ

 ようやく雨があがった。


「ここからは、揺れますぜ。しっかり、掴まっててくだせえ」

 幌馬車の御者の野太い声が馬車内に響いた。


 馬車内には五人ばかり客が乗っていた。

 旅人らしき二人の男と、農民とおぼしき若い夫婦、もう一人は旅人とは見えぬが、グレーのフードの男。フードを深く被っているので顔は見えない。うつむいてマントで胸元をくるんでいる。

 雨に濡れて冷えた身体を温めているとも見えるが、マントの隙間からは、ちらりと小さな足の指が見えた。赤子だろうか。しかし指はぴくりとも動かない。

 男は最後尾に座っているので他の者たちには見えていないらしい。

 もしここに魔法を知る者がいれば、小さな足に何らかの魔法の痕跡を見つけたかもしれなかった。


 フードの男が乗ってきたのは、馬車が隣国との関所を越えてまもなく、土砂降りの雨にみまわれ大木の陰に一時避難していたときだった。

 ひどい雨だったので気の毒に思ったのか、御者も金さえ払えばよい、と言って男を乗せた。


 一応、幌には防水はしてあるが、それでも馬車内は雨漏りするし、しぶきが吹き込んでくる。皆それぞれに布やマントで雨をよけるのに忙しかった。

 

 ほどなく、西の空からじわじわと明るみが増してきて小降りになり、馬車を動かせるほどになった。

 花の咲く季節だというのに、このところやけに雨が多い。しかも、突然に土砂降りがやってくる。あまり整備されていない道は、ぬかるんで馬車を動かすのも一苦労する。

 御者はため息をついた。このまま走らせると、次の停車場のある村に着くのは夜になってしまう。

 今、ちょうど隣国のアスルヌファン王国を抜けて、エル・フォラード王国に入ったばかり。

 ここからは悪路が続く。さらにその先には鴉の森がある。この森には多種類の鴉が住み着いており、昼間はさほど問題はないのだが、夜になると森の奥からマグニヘルという厄介な魔物、巨大鴉が餌を求めて出没する。

 マグニヘルは夜目が効き、鋭い嘴と爪で生き物を襲う。馬や人間は格好の餌であった。また光るものが好きらしく馬車の金具や人間の持ち物、装飾品などが、月の光に照らされでもしようものなら、あっという間に持ち去られてしまうと言われていた。

 それがわかっている御者は、なんとしても暗くなる前に鴉の森を抜けたいと二頭の馬を急がせていた。

 

 ガタガタと激しく揺れ始めた馬車の中で客たちは、椅子の縁に掴まり、足を踏ん張った。

 若い夫婦は、夫が不安げな妻を片腕で支え励ましている。

 フードの男は身を丸め前屈みして揺れに耐えていた。


 すっかり雨のあがった空は、かすかに夕陽の残影をとどめてはいたが、藍色がしだいに濃くなり、そろそろ一番星が輝き始めるころであった。

 馬車はようやく鴉の森に入った。

 森の中は、ねぐらに帰ってきた鴉たちのガアガアと鳴く声と羽ばたきが、うるさいほどに響いていた。馬車はいっそうスピードを上げた。


 馬車が森の出口を抜けたそのときだった、馬たちが暴れはじめた。御者が手綱を引いた。と、前面が真っ暗になった。気味の悪いギャーという大きな声が響くのと同時に馬車が横倒しになった。客たちはいっせいに悲鳴を上げた。

 体長二メートルほどある大きな黒い鴉が数羽と、その倍以上はある巨大な黒い鴉が襲ってきたのだ。親子であろうかと思われるそれは、赤い目に光を宿して奇声を発した。マグニヘルに違いなかった。

 一瞬ともいえる時間に馬と人は連れ去られた。

 マグニヘルが飛び去った後には、引き裂かれた幌と横倒しになった馬車が残っていた。散らばった旅人の荷が、風に転がされていった。


 カサっと音がした。馬車と引き裂かれた幌の間から、フードの男の頭が見えた。胸元をかばうように少し持ち上げ、両肘をついたところで、がくりと首をたれ動かなくなった。

 破れたフードに血が滲みだしていた。


 女がひとり、フードの男に近づいて息を確かめた。息のないのを見てとると、男の胸元の隙間から幼子のからだを引っぱり出した。



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