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008 再来

 二度目の襲撃。人形の魔物の大波は、前回の比ではない規模で襲い来る。

 地平線を埋め尽くす、赤、赤、赤。緋の布を纏う人形たちは、なだれ込むようにこの村へと向かって進んできた。


「地平線の向こうにもう見え始めてる、十分もしないうちにここに辿り着くぞ!」


 そんな見ず知らずの冒険者の言葉に、僕とソニアさんは戦慄するしか無かった。

 前回の襲撃からまだ一日しか経っていない。前回は大きな痛手を負い、防衛力も落ちている。そんな中で、前回の規模を上回る襲撃。当然と言えば当然だけど、カバー出来るわけがなかった。


「嘘でしょ、まだ復興も終わってないのに……!」

「お前たちも逃げたほうがいい、山の中でも何でも!」

「ハルくん、取り敢えず猫は置いて逃げよう。何より私たちの命が大事だから」


 あの黒猫は、たちまち姿を消してしまった。茂みにでも姿を隠したのか、見渡してもそれらしきものは見当たらない。

 出来れば助けたかったけど……。

 そんな願いも虚しい。今となっては、自分の命が大切。それも一理あることだった。


「……うん、逃げよう」


 仕方なく、そんな決断を下した。本当は今すぐにでも、あの黒猫を探しに行きたかったけれど。

 僕は手を引かれるままに、村の奥へと走り出す。前線で壁となり食い止めんとしている冒険者たちに背を向けて、他の多くの村人とともに逃げ出した。


 ――と、まさしくそんな時。

 圧倒的、絶望的なそんな状況下で、新たな頭痛の種が出現することになった。

 辺りを揺るがす地震。そしてつんざく轟音。


「――ッ!?」


 僕は恐る恐る、後ろを振り返る。

 立ち込める砂煙。揺れに耐えられるよう足腰を踏ん張って、砂煙から目を守るように両手で顔をかばう。

 暫くして、砂煙が静まった。その代わりに耳に届いてくる、けたたましい獣の唸り声。


 グルルルルルル……


 視界に映ったのは、真っ黒な化け物。そうとしか形容できなかった。

 その巨躯は二階建ての家よりも大きく、躯は漆黒。毛むくじゃら。しなやかながらふさふさとした尻尾、長く尖ったような形の獣の耳。

 その瞳は月白色の火が灯っているかのように青白い光が揺蕩い、口であろう部分にも同じような光を纏っていた。

 その容姿はさながら化け物。ゴジラにも劣らぬような恐怖。そんな謎に満ちた怪物が、目の前に存在していたら。きっと戦慄し、混乱し、逃げ惑うしかなくなるのかもしれない。


「……もしかして、あの黒猫?」


 ふと、そんなことに気付けてしまったのは。もしかしたら僕だけだろう。呟いた途端、僕の手を引いていたソニアさんが「えぇ!?」と素っ頓狂な声を上げていたから。


「グルルル……」

「だよね、黒猫さん。一体どうしたの? そんな凶暴な姿になって。もしかして、あの人形の大群に何か関わってるの?」


 出来るだけ刺激しないように。僕は優しく、そう語りかけた。

 目の前の黒い獣は唸り声を上げ、こちらを見下ろしていた。後ろからは人形の大波が見えるが、そんなものがどうでもいいかのように、僕たちの視線はかち合っている。


 黒い獣は首を振り、躯を捻って村の外を振り向いた。

 村のすぐそばまで、大津波は迫っている。カタカタ、カタカタと、人形の陶器や木でできた身体がぶつかる騒がしい音。そして、頭上が突如光り出す。

 黒い獣は立ち上がった。黒猫のように、四本脚で。

 そのまま屈伸するかのように背を縮めたかと思ったら、凄まじい脚力で外へと飛び出していく。


 黒い巨体が空を翔んだ。青白い閃光をその身に纏い、群れの中へと着地する。

 衝撃音と波動が辺りを薙いだ。

 吹き飛ばされて宙を舞う、人形たち。成すすべも無く、衝撃波に蹂躙される。


「なにあれ……」


 思わずぽかんと、足を止めてソニアさんは呟いていた。

 僕も目を疑った。何せ、前回の規模の数倍はある群勢を、一蹴してしまうのだから。

 見た目だけではなく、その強さも化け物。

 周りで村人たちは、全員が足を止めその勇姿に見入っていた。あまりにも非現実的な光景に、みんな目を丸くしている。


「行かないと」

「あっ、ちょっとハルくん! 戻って!」


 僕はソニアさんの手を振りほどいて、外へと走り出していた。

 違和感を見逃さなかった。というか、この騒動の中で大丈夫なはずがない。


 僕が全速力で走り、化け物の足元まで来た時。

 やはり、その悪い予感は的中したようだった。


 襲い来る人形を蹴散らす黒い獣。だが、徐々にその体躯は小さくなっていっている。足もよろけて、満身創痍。

 遂には、元の大きさへと戻ってしまった。弱々しく芝生に倒れ伏す。

 そしてそこに容赦なく襲いかかる、人形たち。

 空いた空間へと吸い込まれるようになだれ込む。辺りには人形だったものが山程散らばり、その残骸を踏み乗り越えてでも、黒猫を殺めようとその無機質な手に持った刃物の切っ先を向ける。


 ――グサッ。


 真っ赤な血飛沫が視界に映る。黒猫の「ニャッ――!?」というか細い声が耳に届く。


 黒猫は腕の中。

 割り込んだ僕の背中に、幾つもの刃物が突き刺さった。

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