表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/51

048 反転

 超克スキル『位相反転』。概念や事象の特性を反転させるスキル。それを持つ者は――魔王デイブレイクのみ。


 まるで夢の中の虚ろ、微睡みに揺蕩う感覚だった。頭上も足元も、前後左右も、無限に思えるように視界に広がるパステル調の雲の景色。

 メルヘンチックな雰囲気で、ここにいたら神経質になっていた心も和んでくる。


 ハルは立ちすくんでいた。理解が出来ない。理解が追いついていない。

 自分の額に生えてきた漆黒の双角。唐突にフラッシュバックしてきた、身に覚えの無い記憶。そして無意識のままに呟いたかと思えば、このような訳の分からない場所に居た。


「固有領域、かな……」


 今まで戦っていた夜の空間のように、ここもある種外界と隔絶された限定的な空間なんだろう。と、自身を納得させた。

 ハルの目線の先にいるのは、座り込んでいるミッドナイト。変わらず出血は続いていて、何処かぐったりとしている様子である。

 ハルは歩み始めた。何もない透明な地面を、一歩ずつ丁寧に。


「魔王、ミッドナイト。いや――」


 その名を呼ぶと、ミッドナイトは顔を上げた。真っ直ぐハルを見つめる眼差し。殺意は含まれていなかった。

 ハルは一度言葉を切ると、黙って数歩、ミッドナイトに近づいていく。


「――クロエ・リーズヴェイル」


 ミッドナイトは目を見開いた。胸の辺りを強く握りしめ、鋭い視線をハルに向ける。彼女はその反応を見て、やっぱりと確信を持った。決定的な感触で、自分の仮説がより真実へと近づいていく感覚を覚える。


「なんで、それを……」

「まずは、治療しなくちゃね」


 ミッドナイト――否、クロエのすぐ前へと近づいたハル。しゃがみ込んで両手をかざす。仄かに温かみのある光がクロエを包んで、傷口の出血が途端に止まる。瞬く間に傷口が塞がって、怪我は全て完治した。


「クロエ、なんで君が魔王になったのか、なんで君という存在が二ヶ所で同時に存在するのか、僕には全くわかんない。でも、ある程度は理解してたつもりだったんだけどね」


 言い聞かせるように、優しくそう話すハル。


「何故、君がこっちの方のクロエに執着してたのか。クロエが逃げ出したのも、恐らく君が同一人物であるからだよね。聖騎士や剣聖がクロエの事を魔王と呼ぶのも、クロエの二つ名に『夜』が入ってるのも」


 わかっていながらその結論に辿り着かなかったのは、『同一人物が同時に存在するわけがない』という考えが根幹にあるからだ。


「コルヌとリゼは旧友って言ってたね。だったら彼女たちも――」

「そう、魔王」


 やっぱり。ハルは確信した。


「私を殺そうとしたのも、全部全部、未来を変えるため」


 それを聞いて、ハルの頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。未来を変えるため、とは言ったが果たしてどう変えるつもりなのだろうか。そして何故、変えたいのだろうか。

 疑問を呟こうと思ったその時、クロエは全て話し始める。


「私は別世界――所謂パラレルワールドのクロエ。向こうでハルが死ぬ間際、『位相反転』でこっちに飛ばされてきたの。だから、私はこっちで未来を変える。魔王になって、いつか勇者としてハルを待ち構えて。……でも、こっちの私が余計なことをした」


 曰く。こちら側のクロエがハルと絡んでいると、ハルは死んでしまう。だから、クロエを密かに抹殺しようとしていたのだとか。だがそれに気づいたクロエが脱走したことで、このような事態になった。

 元より幹部の有無は関係なかった。とにかく、こちらのクロエの存在が厄介だったのだ。


「……ハル、迷惑かけてごめん」


 涙を流すクロエ。ハルはクロエに抱き着いて、背中を優しくさすった。


「大丈夫。大丈夫だから」

「うぅっ……。うあああああああん……!」


 声の限り、ハルの胸に全てを預けて泣いた。世界線を跨ぐ苦痛はどれほどだったのか、ハルにはそれを量る事は出来ない。出来ないからこそ、寄り添うことしか出来ない。彼女が満足するまで、ずっと抱き締めていようと。


「ごめん、ごめんなさい……。救ってあげられない……」

「大丈夫。大丈夫。クロエのお陰で、僕は充分救われてるよ」


 もとはあって無かったような命。それに生きる意味をくれたのは、クロエだと。

 そして、生きる手段をくれたのは――魔王デイブレイクのお陰だと。


 『無限再生』じゃない。『位相反転』で、傷を負った状態を負わなかった状態に改竄する。それが、今までハルがしてきた事だと。やっと、理解した。理解していた。

 本名も顔も知らない魔王。その存在のお陰で、今の自分がある。守ってくれたクロエのお陰で、今の平和な生活がある。


「……帰ろう。みんな待ってる。きっと、赦してくれるから」


 そう簡単に赦されることではない。それは分かっている。だが、ハルは一縷の希望を願った。彼女を赦すという選択を取ったのだ。


「……うん」


 ハルはクロエの手を取り、立ち上がった。外の世界で皆と合流すること。この先どうなるかは分からないけれど、そんな目標を胸に歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ