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042 嗜虐

『過ぎし春も淋しかな、故に何時迄も君思う』


 彩色豊かな花が儚く散って青が茂り初める季節、魔王は月明かりのもとに一句詠んだ。異界よりもたらされた酒を嗜みながら、傷心に浸っている。その横顔は何処か哀しげで、悲哀に満ちていた。


「……魔王様?」


 隣で酌に付き合っていたメイズは、不思議に思っていた。

 普段は威厳があり、恐怖や畏怖すらも感じられる彼女。勿論怒ったら命を奪いかねないくらいに恐ろしい。だが、メイズの瞳に映ったのは優しさを含んだ横顔だった。


「メイズ。お前は、人を愛したことはある?」

「愛……ねぇ。くふっ、どうしたの、魔王様。急にそんな抽象的な事を」

「……私は、ある人を愛したことがある。愛し、愛されて、相思相愛、平和な生活の中で、平穏に、仲睦まじく、何も起きることなく、暮らしていた。暮らせていた――はずだった」

「話してくださいよぉ。このメイズちゃんは、魔王様の話なら何でも聴いてあげますよぉ? くふふふっ、ぜぇーんぶ、出し切っちゃってください」


 と、表面上では通常通りの態度を貫くメイズ。だがその胸の内では、過去が知りたいという底なしの好奇心と、魔王の普段の態度と相反する雰囲気のギャップに対する驚き、そして知ってしまったらもう戻れないのではないかという不安がないまぜになってしまっていた。

 最早自分はなんなのか、取ってつけたようなキャラクターと希釈されていく本来の自分がわからない。でも、彼女はそれを止められない。


 果てなき好奇心、飽くなき探究心、止まらない勢いだけで、彼女は構成されていた。


「かなり昔――私が魔王になる前のこと。かつては弱く小さい存在だった、私を救ってくれた存在。とても優しくて、儚げで、愛おしい。私は、そんな彼女に恋をした」

「ん? 彼女? もしや、百合ってやつぅ? くふふふっ、おもしろぉーい」

「……」

「あ、はい、すいません調子乗りました」


 冷ややかな目線を向けられるが、それも通常では殺気立った目線のはずだった。


「……いや、やめにしよう、この話は」

「えー、なんでですかぁ。いいじゃないですかぁ〜。聞かせてくださいよぉー」

「嫌な記憶を思い出す」

「……そうですか」


 若干、眉間にシワが寄っているのが見えた。険悪になりそうな雰囲気に、思わずメイズは口を閉ざす。その判断が功を奏したのか、それ以上空気が悪くなることはなかった。


「……月は今日も変わらず美しい」

「プロポーズですかぁ?」

「私は一途」


 如何にもあっさりとした振られ方に、メイズは目線を果てしない空へと戻す。

 水色と青色と藍色、そして数多の青が織り混ざる星空。満天の星は共鳴し合うように瞬いて、淡い光を放つ満月は二人を照らしていた。








「……で」


 時は経過し、現在に戻る。

 メイズの細い腰には華奢な腕が回されて、抱き締められていた。少し胸に触れているのが癪なのか、メイズの表情は大変複雑である。

 彼女に抱き着いているのは、ハル。まるで抱き枕のように両腕と両足でがっちりとホールドして、寝息を立ててぐっすりと眠っているのだ。

 特段背中への感触がいいわけでもない。骨と骨がぶつかって不快な感覚もする。ハルの脂肪が少ないせいだ。


「すぅー……すぅー……」

「なんで、ぐっすり寝てるのに、離してくれない、の」


 何とか抜け出そうと試みるも、睡眠中のはずのハルは離してくれない。起きているんじゃないかと疑うほどに、だ。


「あぁ……。駄目だ」


 何度やっても、腰に回された腕はメイズの身体をしっかり固定している。抜け出すことは出来なかった。

 諦めて脱力した彼女。ハルの手を握り、引き剥がそうとするも効果はないのでそのままにした。


「んしょっ」


 メイズはいいことを思いついた。口角を歪めて嗜虐的な笑みを浮かべたかと思ったら、身体を捻り、向きを変える。

 ハルに向き合い、ハグしているような形に。寝息を立てるハルの顔が、メイズの目と鼻の先にある。文字通り、鼻の頭同士が触れてしまいそうな距離に。

 それでも、ハルが起きることはない。


「くふふふっ、かわいーのが悪いんだよぉ、ハルちゃん?」


 鼻の頭同士を、つんとくっつける。その後頬を合わせて、メイズはハルに思いっきり抱き着いた。


「……流石にキスしちゃったら、クロエちゃんにも悪いよね」


 今ならば、無防備なハル唇を奪うのもそう難しくはない。すぐそこに、桜色の唇が存在する。だが、メイズは遠慮しておくことにした。

 キスをしたとバレれば、クロエやティナが黙っていない。自分よりも強い彼女たちに知られたら、ほぼ確実に生きては帰れない。本能的な危機感を感じた、正しい判断だった。


「仕方ないからぁ……」


 メイズは、頬に口づけをした。先ほどまでの嗜虐的な笑みは何処へやら、今やその表情はさながら恋する乙女。


「ハルちゃん、メイズちゃんの恋心奪っちゃうなんて、ほんとぉ、変態さんなんだから」


 再び思いっきりハグをして、それから気が済むまで、ハルが目を覚ますまで、メイズはそのままでいた。

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