041 幼稚
こうきしんはネコをころすとは、よく言ったものだ。
本来、こんなはずじゃなかった。わたしはあがめられる側の立場で、かれらはあがめる側の立場で。過去千年間くつがえらず、今までもこれからもくつがえることのないそのコトワリは、ある時とつぜん簡単にくずれ去った。
「君を、果てしない世界へと連れて行ってあげよう。まだ見たことのない綺麗な景色を、未開の境地を、君という存在を大きくするため、広めるために」
ある時、黒かみの女の人がわたしのもとをおとずれた。よくある旅人だと思っていたけれど、その人だけはちがった。
その人は、自分のことをミッドナイトと名乗った。
「……いい」
「何故?」
「わたしはどうせ、ここからはなれられない。それが定めで、わたしにはどうしようもないから。たくさんのけしきは見てみたいし、いろんなところにも行ってみたい。でもわたしは、この村の人たちのかおが好きだから」
わたしを神としてあがめまつるのは、この小さな村――しゅうらくくらいのきぼの小さな村だけど、それでもわたしにとっては大切で、かけがえのないものなの。
「そう。いや、私も無理に連れて行くこともないから。君がここで満足しているというのならば、それを尊重し私は他の仲間を探しに行くとしよう」
ざんねんそうに、その人は背中を向けて立ちさっていった。わたしはその背中を見送るだけ。自分がこの村に本当にまんぞくしているのか、かのじょのもうし出に本当に心がひかれなかったと言ったら、きっとうそになってしまう。
でも、わたしはこっちを――村に残ることをえらんだ。そのせんたくが、きっといいことであると信じていたから。
――一週間後。
村は燃えた。
わからない。何もわからない。
特に何かが起こったわけでもない。
村人たちは、わけも分からずこんらんし、うおうさおうするだけだった。
だれも、自分のことしか考えられなかった。
「……あなたのせい?」
「いいや、これは私にも皆目見当がつかない。魔法による黒炎、何もかも全てを文字通り灰燼に帰す禁忌魔術――私があと一歩早ければ、救えた命もあったのに」
わたしは何もできなかった。
何も考えられなかった。
からだがかたまって、頭がまっしろになって、息もできなくなって、何が起こってるか、だれのせいか、何が正しいのか……。
わからない。
わかりたくない。
わかることもない。
ただ、わたしはかけつけたあの女性をうたがうしかなかった。そうしないと、心がこわれてしまいそうだったから。
でも、かのじょも何も知らなかった。くやんでいた。くやんでも、何ももどってこないのに。
泣いた。
泣くしかなかった。
今のわたしには、なみだを流す以外何もできなかったから。
どれだけ泣こうと、死んだ人々がもどってこないのは知ってる。いくらなげこうと、失われたものの代わりはないのは知っている。
それでもわたしは、初めて感情というものを見せた気がして、それがまた悲しかった。
「……贖罪、といったら語弊になるけど。私は君を放っておきたくない。……一緒に来てくれない?」
もはや何もかも失ったわたしは、それにうなずくしか道は残されていなかった。
「……フィス?」
「ん……? あ、わたし、ねてた……?」
「うん、寝てたよ。うなされてて、苦しそうだったけど。大丈夫? 悪夢でも見た?」
気がついたら、わたしはげんじつにもどっていた。なつかしいような、泣きたくなるような匂い。空っぽになった心をやさしく、からだといっしょに抱きしめてくれる人。おろかなあの時のわたしとは、ちがう。新しい主、ハルおねぇちゃん。
かのじょはしんぱいそうな顔で、わたしのことを見つめていた。
「……うん。ちょっと、いやなゆめ。むかしの、だめなわたしのときの」
「大変だったんだね。あ、そうだ。気分が落ち込んでいるときには、思いっきりぎゅーーっ! てしてあげると、元気になるから」
そう言って、ハルおねぇちゃんはわたしをハグしてくれる。バックハグ、のほうが正しいのかな。強すぎず、やさしすぎず、がまんしないとあっという間に感情があふれ出てしまいそうで、わたしは思いっきり歯を食いしばって、その暖かさをかみしめた。
クロエおねぇちゃんほどやわらかくはないけど、温もりがある。あっとーてきほうようりょく。
「ごめんね、あんまり肉付きよくないから固いけど」
「……ううん、だいじょうぶ。おねぇちゃんのハグ、うれしい」
たとえかたくても、ろっこつが背中に当たってへんな感しょくがしても、今のじょうたいがうれしいのはかわらない。
「わ! な、泣いてる? 大丈夫? 強すぎた? 痛くない?」
気がつけば、なみだが流れていたらしい。あわてふためくハルおねぇちゃんの反応で、やっとそれに気づいた。ほっぺを伝う、大つぶのなみだ。
「……ううん、だいじょうぶ、だいじょうぶなの。うれしいだけなの。うれしくて……あったかい……」
しんぱいかけちゃ、だめなのに。どうやってもなみだが止まらない。




