040 継続
勇者の本来の目的、魔王討伐。
ティナは魔王だ。だが、ティナは仲間だ。僕が討伐すべき相手じゃない。では、他の魔王を討伐しよう。
魔王ミッドナイト。全ての元凶であり、原因であり、禍根であるその存在。仲間であるはずの幹部を躊躇も無くいとも簡単に葬り、クロエを死に物狂いで追い続け、フィスとメイズが僕に寝返るほどに、悪辣で赦されざる存在だった。
「まあ、元から勇者として魔王倒すつもりだったし。幾ら強くても、仲間がいればきっと何とかなるよね」
だって僕、勇者なんだもん。
正攻法じゃないとは言え武闘大会でも優勝したし、剣聖にも勝ったし、魔王幹部の最強であるクロエとフィスとメイズの幹部二人もいるし、何より魔王もいるし。
ロンドも、コネを使って動いてくれると言っていた。
僕は、手元にある一枚の羊皮紙に目線を落とす。
『拝啓、勇者ハル殿
前略
緊急の報で大変申し訳ない。私は今現在、剣閃騎士団の面々とともに件の魔王城へと向かっている最中だ。アルバニスタ国王も喜んで王立騎士団という戦力を貸してくれた。更に貴殿も動くのであれば、これ幸いだ。近い内に人類と魔王の形勢は大きく変動する。是非とも、貴殿の協力を望んでいるよ。
剣聖ロンド・ミラー』
なんと、剣閃騎士団も動いてくれたようだ。更に大国アルバニスタの王立騎士団まで動いたとなれば、これは世界的な大騒動になるだろう。
ロンドとジャスの働きかけには、頭が下がる。
魔王がどんな強さかは完全に未知数で、今の状態だと何が起こるか分かったものじゃない。剣閃騎士団の序列一位、剣聖ロンド、クロエ、ティナ。ここあたりが主要戦力だろうか。
剣聖さえも上回る力なのであれば、僕らにほぼ勝ち目はない。数撃ちゃ当たると言っても限度があり、圧倒的な暴力の前には何も意味をなさない。
そう、この戦いは如何に戦力を結集させるかが重要になってくる。こちらも万全を期して立ち向かわないと、死ぬ確率は高い。幾ら対策をしても通用しない場合だってあるはず。
「ハル、大丈夫? 汗凄い。どっか悪い?」
「いや、大丈夫大丈夫。ただちょっと、魔王戦のこと考えるとどうにも緊張しちゃって……」
「んー、魔王は強い。でも、ハルのほうが強い。何があっても負けない強さ、誰よりも強いもん」
「ふふっ、ありがとクロエ。なんだかちょっと、元気が出てきた気がするよ」
「よかた。ハルは笑顔が一番似合うから、ね」
目の前のテーブルに広げられた紙の上にのっしと乗る黒猫。猫は飼い主が何かに集中していると邪魔したくなるというのは元来の本能であり、多少迷惑ではあれどその姿もまた愛おしい。
つぶらな黒い瞳が、僕のことを見つめてくる。
「……どうしたの、クロエ」
「んや、なんでもない」
上下する尻尾が、ぽすぽすとテーブルを叩く。僕が猫の顎の下に手を伸ばして指先でくすぐってあげると、目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らし、如何にも気持ちよさそうな反応を示してくれる。
僕は思い切って、クロエの身体を両手で掴んだ。
「うにゃっ?!」
手前に引きずってきて、そのふさふさとした漆黒の毛並みが生えそろうお腹に顔を埋めた。顔を撫でる、チクチクサラサラとした体毛。
思いっきり息を吸い込むと、太陽の匂いがした。暖かくて、安心してしまう匂い。
「ハルちゃーん?」
「おねぇちゃん!」
「くふふふっ」
……まずい。後ろから三人の声が。一人はただならぬ殺気を放ち、一人は拙くて幼気のある声で、もう一人は面白がってて。
むぎゅっ。
誰かが、僕の背中へと抱き着いてくる。体格の小ささからして――
「ハルおねぇちゃん、わたしもなでなで、してほしい」
甘えているような口調だけど、何処か遠慮も見えている。勿論、僕が断るわけがない。
腰を捻って、クロエを抱き抱えたままに身体を密着させる。抱き着いているフィスは、無言でぎゅっと強く抱き返してくる。お互いの身体が密着して、なんだか恥ずかしい。
「あっという間に誑かしちゃうなんて、ハルたん変態さぁ〜ん。ほらほら〜、このメイズちゃんを堕としてみなよー」
と意地悪そうに言いながら、メイズは僕の背中をまるでボルダリングの如くよじ登り、肩に乗って肩車の形になる。頭に抱き着いてくるので、後頭部にメイズの身体の感触がもの凄く伝わってくるのだ。
……あれ? いつもなら真っ先に嫉妬したティナが襲ってきそうなものだけど。今日は三人にしがみつかれてるのに、ドアの側で僕を真っ直ぐ見ながら直立していた。
いや、よく見たらもじもじしてる。多分すぐにでも駆け出したいところを、必死で我慢しているのだろう。
「……ハルちゃん、お楽しみのところ悪いんだけど」
「どうしたの? ティナが割り込んでこないなんて珍しいね。何かあった?」
「いや、私も本当なら今すぐにハルちゃんを奪い取ってぷにぷにしてもらいたいんだけど……。それより一つ大事なことがあって」
ティナが本能に反するほどに伝えたい大切なこととは……。
「魔王が動き出したらしいよ」




