034 赫怒
魔王ミッドナイトは激怒していた。何故成果を出せないのか、怠惰な幹部たちが許せなかった。憤慨や赫怒では表せない、抑えきれない殺意。
《黒猫の魔物》が逃亡してから、《死神の魔物》を処刑してから、既に一ヶ月が経過した。
「《深樹の魔物》」
「何でございましょう」
玉座に深く腰掛ける魔王の隣に立つのは、緑髪の女性。魔王の禍々しさにそぐわぬ清らかなオーラを纏っていた。耳は尖っていて、肌は黒い。彼女はダークエルフだ。
「何故お前たちはこうも役目を達成出来ない? 私は心底落胆した。残念だ」
魔王ミッドナイトは溜まった鬱憤を少しでも晴らしたいが如く乱暴に言い放つ。
「失礼ですが、我が君。《黒猫の魔物》は結界の張ってあるアルバニスタ王都に潜伏しております。私どもでは侵入すらままならず、ましてや剣聖や剣閃騎士団もいるという情報もあるのです。故に慎重に進軍をせねばなりません」
「私は事情などどうでもいい。役に立たないのであれば、消えろ」
途端、静寂の中生々しい音が鳴り響いた。壁に大量の血が舞い散り、ダークエルフの女性は支えを失ったかのように脱力し倒れる。――その頭部は無く、血液と脳漿が辺りに飛び散っていた。
「……次に醜態を晒すのは誰だ?」
円卓には四人の人物が座っていた。部屋の隅には、粉々に砕け散った木片と赤い布があった。――もとは人形であったものだ。それに加えて今の光景。当然ながら、迂闊に口を出せば殺される。そんなことは分かりきっていた。
「幹部最強の座が崩れればこれか。お前たち、私への忠誠心はどうした? お前たちは弱い。弱すぎる。失態を犯しても、許されると心の何処かに甘えがある。私は失敗を許さないからな」
威圧感が場を包む。心臓を握られるような得体のしれない感覚と底なしの恐怖が、場にいた全員を戦慄させた。
これこそが、魔王の風格。どれだけ力を重ねようと到達が出来ない、世界の境地。果たして、この魔王を倒せる勇者は現れるのだろうか。その人物たちは、最早勇者が早く魔王を倒すことを願っていた。
「《殺戮の魔物》、お前は何か成果を上げたのか?」
「うぁっ!?」
大柄で上半身裸、腰には布を巻いた、額に角が生えている大男。デモンと呼ばれた彼は、いきなりの指名に驚き惑う。
「もう一度訊こう、お前は成果を上げたのか?」
「い、いや今のところはあげてないだよ。んだが、各地にいる配下のオニを動かして追い込み漁みたく範囲を縮めていってるだ。だから、後は戦力さえあれば逃げ場を塞げる――ッ」
「わかった」
『鬼』である彼の顔は急速に青ざめ、喉から声が出なくなる。困惑した彼は、ただ口をパクパクとさせていた。
その理由は、ミッドナイトの行動だった。瞬きする間に瞬時に鬼の正面へと移動したミッドナイトは、胸の中央に貫手を突き立てた。鋭い爪が肉を抉り、肋骨の隙間を抜けて心臓へと到達する。
生暖かい感覚、ヌルヌルとした感触、等間隔に脈打つ大きな心臓。文字通り、鬼の心臓はミッドナイトの手中にあった。
「お前は何か勘違いをしているようだな。経過なんて誰も聞いていない」
勢いよく手を引き抜いた。血液が堰を切ったように溢れ出し、反動で鬼の巨躯は後方へと倒れる。ピクリとも動かず、瞳孔が散大した目からも温かみの色のない肌からも、鬼が絶命していることは明らかだった。
「穢らわしい」
それだけを呟いて、まるでゴミでも見るかのような蔑んだ目で冷たくなった死体を見下ろすミッドナイト。手にある心臓を握り潰した。
グチャッ。筋肉の組織と粘液と血液が混ざり合い、悪臭を放つ液体が四散する。
「……《連鎖の魔物》、お前はどうなんだ」
ミッドナイトが睨んだのは、下半身が蛇の尻尾になっている女性。蛇は所謂捕食者だが、ウロボロスと呼ばれた女性は身体を震わせ、冷や汗を流し、過呼吸になって、明らかに怯えているようだった。
「わ、私は、密偵で情報収集をッ――」
そこまでだった。そこまで言い終わるか終わらないうちにミッドナイトは腕を横に振った。
彼女は首、胴、両腕、蛇の下半身、輪切りになるようにただの肉塊と化した。一瞬で切断されて、痛みを感じる暇もなく、声を発する暇もなく。
「……《情欲の悪魔》、お前はどうなんだ」
次にミッドナイトが視線を移したのは、とある少女。ピンクと黒の混ざった髪をした、萌え袖のジャケットで可愛さを振りまく少女。サキュバスと呼ばれた彼女は、既に四人が処刑されているのにも関わらず軽い態度で答えた。
「くふふふっ。あと数時間で配下の一人が接敵するよ。配下の中でも最強を向かわせたからぁ、勝利はほぼ確実だねっ」
如何にも楽しそうに、嬉々とした声でそう答えた。ニヤニヤと、不気味なほどに口角が上がる。
「……いい報告を、楽しみにしておこう」
その言葉に満足したのか、ミッドナイトは背を向けた。
身体の周囲に黒い煙が立ち込めて、それが晴れる頃にはもうその場にミッドナイトは居なく、忽然と姿を消していた。




