033 始動
閉会式兼表彰式兼任命式が行われた。武闘大会優勝者は僕のチームとなり、僕は勇者として任命された。
「アルバニスタ国王の名の下に、ハルを勇者として任命する。これより勇者として、汝に、人類を脅かす魔王を討伐する任務を与える。見事魔王討伐を果たした暁には、何でも欲しいものを与えよう」
と、絵本の中から出てきたかのような恰幅のいいお爺さんが高らかに宣言する。
王宮の内部。近衛兵がずらりと両脇に並び、中央のレッドカーペットが荘厳さを醸し出している。近衛兵の中にはジャスとロンドもいた。
玉座の前に跪く、僕とクロエ。ティナは留守番だ。
「この街で勇者決定を祝す祭りを行おうと思っておる。その際、貴殿の演説が欲しいのだが……。いかがかな?」
と、そんな事を問われる。だが前々から僕の意見は決まっており、ジャスやロンドと相談した上での結論が出ていたのだ。
「僭越ながら、祭りを辞退させていただきます」
「……何?」
その僕による爆弾発言により王の顔が曇って、眉間にしわが刻み込まれる。衛兵たちも、若干動揺したような雰囲気。
まあ仕方ない。大国の王の申し出を断るなど、命知らず以外の何物でもないのだから。
――だが、こっちには説得力抜群の切り札があった。
「陛下、それについては私からご説明を」
剣聖ロンド。彼女ならば、王にさえも通じる発言力と信頼性がある。
「よい、申してみよ」
無礼だ何だと言えるのはこの場でただ一人、王だけだ。近衛兵も実力者だが、剣聖とジャスに立場で負ける。静寂を保つべき場というのも相まって、ヤジは飛ばせない。
「勇者ハルは、魔王軍に命を狙われている身です。その黒猫の獣人族も、魔王軍に追われ命を落としかけたそうです。私は先日ハル殿と話し、事情を聞きました。このままでは王都まで被害を受けてしまいます、それだけは避けねばなりません」
「……お前が信じるとは、余程のことなのだろうな」
「先日の決勝戦での一件、私はあれを体感し信じることにしました。今こうしてハル殿が健在なのは奇跡です。是非、王都のためにもご検討をお願いします」
ロンドの熱弁に、王は顎髭を撫でる。信頼性は相当高いようで、逆にロンドは信じるということをしにくいのだなとわかる。
「……わかった。祭りは無しだが、せめて見送りくらいはさせていただこうか」
その声と同時に、王の側に立っていた側近らしき女性が素早く動き奥の部屋へと消えていった。
「勇者ハルよ、よろしく頼むぞ」
「はっ」
こうして、緊張で心臓は張り裂けそうだが意外にもあっさりと任命式は終了したのだった。
――後に、王都の北向きの街道に大勢の人々が集まった。馬車に揺られる僕とクロエとティナは窓の外に手を振りながら、大歓声をその身に浴びる。
期待の歓声が大き過ぎて、耳が痛くなってくるほどに。
「ハル、耳が痛い」
「そっか、クロエは猫だから聴覚がいいんだもんね。じゃあ猫形態になって。耳塞いであげる」
「ん……わかた」
膝の上に乗る黒猫。それに嫉妬したのか、ティナがスライム化して僕の身体にのしかかって来る。
「あー、はいはい。ティナも構ってあげるから」
んふふ、と上機嫌なティナ。膝の上で丸まって、僕の手に全てを委ねるクロエ。そして、絶えず舞い散る紙吹雪の中で手を振り続ける僕。
馬車は進んでいった。人々の歓声も段々と遠くなり、紙吹雪が舞うこともなくなってくる。ただ遠くには、いつまでも手を振り続ける人々の姿があった。
ガタガタと、凹凸の地面を馬車が進む。車輪が石を踏んだのか時たま激しく揺れることもあり、座席は柔らかいがとても快適ではない。
「ハル、心配そう。だいじょーぶ、私がついてる」
「ハルちゃんは私がそばにいるからね。いつまでも一緒だから」
「ん、ハルは今悩んでるの。余計な口出ししないで」
「元気づけてあげてるの!」
そんな口喧嘩さえも、最早愛おしい。可愛く思えてくるのは、きっと僕が二人を愛しているからだ。メンバーが増えて心配なことも、クロエが言ったように勇者になったことで生まれた将来の不安も勿論あるけれど、今は目の前を見つめていないとやっていられない。
「……思ったけどさ」
そんなふとした言葉に、クロエの耳とティナよ目線が反応した。ぴくぴくっと動くその反応が可愛い。
「あの王様、『魔王を倒すこと』が目的だって言ってたよね。だったらさ、魔王のティナを倒したら達成になるのかな」
所詮、ぱっと思いつきで浮かんだ話題に過ぎない。特に大きな意味合いはないし、僕としてもティナを差し出すつもりも倒すつもりも無い。欲に目が眩んで仲間を手に掛けるなんて、言語道断だ。
「……?!」
びくびくと震えるティナ。まるで僕が本当にやるかのような反応……。失礼な。
「あはははっ、冗談だよ」
すっかり物理的に小さくなってしまったティナを抱き抱え、クロエとティナのその感触を思いっきり味わう。
「……お昼寝しよっか」
こうして、勇者の始まりは昼寝から始まったのだった。




