031 剣聖
何とも言えないふわふわとした微睡みの中。体験こそしたことはないが、大体何なのかは見当がつく。
大方私は、死にでもしたのだろう。魔王が目の前にいるというのに、人類の――民の安全を脅かそうとしているのに、何も出来なかった自分が情けない。
魔王トワイライト。自らを《慟哭に潜む黄昏の鐘》と名乗る、魔王デイブレイクの一番弟子。魔王デイブレイクが没してからはトワイライトが魔王の席を継いで、魔王という継承を繋げた。
その種族はスライム。本来ならば核と半透明な粘性体しか持たない低俗な魔物であるにも関わらず、奴には高い知能と異常なほどの戦闘能力があった。
巨大化、超速再生、暴食、硬質化、分裂等、その能力は多岐に渡り数え切れないほどに存在する。かつて『円卓』と呼ばれた人類最強の騎士たちでさえも、あの魔王のもとに全滅したと聞く。それほどまでに、あれは恐ろしい存在だった。
魔王ミッドナイト。太古より存在する原初の魔王の血族であり、獣人族であるということしか解っていない、謎の多い魔王だ。配下を使って支配を広げようとしているが、かなり独裁的で忠実な幹部でさえも簡単に葬ってしまうらしい。それが分かったのも、つい最近のことだ。
どちらか一体なら――《黒猫の魔物》だけであれば、私でも対処が出来た。いや、剣閃騎士団の序列上位五位であれば対峙するのは可能だっただろう。
だが、あの場にあったのは三つ――いや、四つの魔王の反応。
魔王トワイライト。魔王ミッドナイト。魔王サンライズ。魔王デイブレイク。既に死んだはずの二人の反応もあったのは、一体どういうことだろうか。
いずれにしろ未曾有の危機であることは変わらない。魔王一人だけでも大騒ぎだというのに、四人とは。
……いや、もうどうだっていい。私は魔王に敗れ、死んだ。恥ずかしい程に大敗を喫して、心臓を貫かれた。もう助からない。
あの後どうなったか、今後どうなろうが、もう人間という役目すら捨てた私には関係ない。
せめて、死後の世界で静かに余暇を過ごすことができれば――
そんな願いすらも、剣聖という因果は叶えてくれないのだろうか。
「……あ、起きた」
視界は――感覚は暗転し、やけに現実的な感覚へと移り変わる。鼓膜を揺らす感覚。肌が布に触れる感覚。先ほどのように、何もないふわふわとした場所で揺蕩っているような感覚ではない。
「ロンドさん、だっけ。もう大丈夫」
優しい声色。実家のような安心感と暖かい包容感のあるその繊細な声が、私の耳に流れ込んできた。
目を開けた。開目一番、視界に映るのはこちらを慈愛に満ちた笑顔で見つめる少女だった。
「誰、だ……。ああ、そうか」
華奢な身体に、しなやかな亜麻色の長髪。私が殺そうとしていた、あのハルという少女だ。
私はベッドらしき場所に横たわっていた。胸や身体の痛みは無く、すっかり元気になっている。
「……私は何日眠っていた?」
「えぇと、三時間くらいですかね」
……三時間? あんな致命傷、王都に流通している上級回復薬でも治すことはできない。自然治癒でも難しいだろうし、幾ら大国の王都でも完全回復薬や蘇生薬は伝説級の代物だ。簡単に使うばかりか、歴史的価値さえもある宝物なのだ。
であれば、可能性があるのは上級回復薬の長時間持続投与による治療くらいだろう。ただそれも、たかだか三時間で完治するようなものではない。
「嘘をつくな。これでも剣聖だ、如何なる事実を突きつけられようと揺らぎはしない。正直に言え」
「いや、ほんとに三時間くらいですよ?」
と、彼女――ハルは戸惑ったように言う。どうやら嘘はついていないらしい。どんな手段を用いたかは気になるところではあるが……。
「私を治療したのは貴様か?」
「はい。あ、何か不都合でも……?」
「いや、大丈夫だ。三つほど、聞きたいことがある」
きょとんとするハル。あどけない態度に思わず母性をくすぐられそうになるが、これでも精神は鍛え抜いている。ちょっとやそっとのことじゃ折れはしない。
「一つ、どんな手段で私を短時間で治療したのか。二つ、何故敵である私を助けたのか。そして三つ、あのスライムと貴様はどんな関係なのか」
「えっと……」
ハルは困ったように頬を掻く。
「僕の超克スキルが『無限再生』で。人の治療とか、簡単なんです。あと、致命傷負って苦しんでるのに、敵も味方もないと思って。ティナは……。一応初対面ですけど、向こうは僕に異常に懐いてきて……。迷惑かけてすいません」
「成る程、超克スキルか。それでこの大会に出て、勇者になろうと」
「はい、そういうことです。でもティナが乱入してきて、台無しになっちゃって」
どうやら本人にも負い目があるようだった。その様子からも、彼女が無関係であり巻き込まれただけの被害者だと汲み取れる。
「……大体の事情は理解できた。被害は、武闘会はどうなった?」
「被害は全く無いです。ティナが暴れなかったので、混乱だけで済んだみたいです」




