表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/51

019 心境

 私は幸せだった。

 ハルという主人を得て、お腹いっぱいご飯食べさせてくれて、時々ブラッシングもしてくれるし、めいっぱい撫でてくれるし。

 そんな彼女が、私は好き。

 でも、なんか恥ずかしい。

 ハルの笑顔が、声が、仕草が、顔立ちが、髪色が、匂いが、好きになってしまった。

 明るくて無邪気で、時々怒ってくるけど優しい。

 そんなハルを私は守りたい。ずっとそばにいたい。そんなことを、いつしか考えるようになった。


「クロエ、どうしたの? 今日はまた一層甘えん坊だね」

「撫でて」

「フフッ。わかったよ」


 読書をしているときでも、膝の上に飛び乗れば撫でてくれる。寝ているときでも、腕の中に割り込めば抱き締めてくれる。

 人型のときは、隣に座れば黙って撫でてくれる。後ろから抱きつけば、優しく手を握ってくれる。正面から抱きついたら、思いっきり抱き返してくれる。

 そんなハルの優しさが、暖かさが、大好きだった。猫としても、人としても。


「ハル」

「うん? どうしたの?」

「これからもずっと、ずっと、私を撫でてくれる?」

「……? うん、撫でてあげるよ。クロエが満足するまでね」


 心の内の感情をどうにか絞り出しても、ハルには伝わらない。伝わらないでいいの。だって、一方通行でも構わないから。


 細くて繊細な指。滑らかな手のひら。私の毛を、優しく手ぐしで解かしてくれる。柔らかな手つきで、何回も何回も撫でてくれる。時々、私の痒いところや気持ちいいところを理解しているのか、指の腹でそこを掻いたり揉んだりしてくる。それがまた、たまらない。

 撫で撫でだけじゃない。ハルの良いところはたくさんある。


 ――だから、彼女を失いたくない。


 思い出した。あの日、何が起こったか。

 私が何故、逃げたのか。単に嫌気が差したからじゃなかった。怖かったからだ。

 でもそのせいで、悲劇が起こった。

 いつから私は変わってしまったのだろう。ボロボロの状態でハルに出会うまでに、起こった惨劇。その被害は計り知れない。

 あの男がハルに喧嘩腰だったのも理解できる。全部私が悪いんだから。


 被害を被ったのは自分だけじゃなかった。傷跡として残り続ける、ただの自己満だった。


 彼女が血を流す様子を、誰かのために頑張る様子を、私は目の当たりにした。歯を食いしばって、死ぬかもしれないのに自分のことはお構い無し。明らかに自分よりも強い人にも立ち向かって、人を助けるためなら何だってする。

 歯が欠ける音がする程に、痛かったんだろう。普段の穏やかな雰囲気が消え去るほどに、許せなかったんだろう。


 ――ハルは私のために動いてくれた。だから、私はハルのために動く。


《そんなことは許さない》


 ……恐怖が身体を支配する。鼓動がはっきりと聞こえる。まるで背中に氷を押し付けられたような冷たさ。


《許されない。お前は根本的に何も変わっていない》


 ……そんなことはない。私はハルと出会って、変わった。変わることが出来た。自分のために、こんな私のために身を挺してくれた人を、見限ることなんて出来ない。

 それに、ハルは私の最愛の人。何をしてでも、守りきってみせる。


《詭弁をあたかも正義のように語るな。お前は逃れられない。この運命から、この枷からは、決して逃れることは出来ない》


 それは違う。運命があったからこそ。私が『逃げる』という判断をしたからこそ、私はハルと出会うことが出来た。

 だから私は逃げない。もうこれ以上、目を背けない。自分が犯した最大の罪を贖うために、ハルは巻き込みたくない。


《お前は救えなかった。お前がいたせいで、何人が不幸になった?》


 私は救えなかった。この手から溢れた生命も、この手で潰した生命も、たくさんある。そのせいで大勢から恨まれてる。

 でも、それでいい。私が全て背負うから。もう誰にも背負わせない。私は、咎を受けるつもりでいる。覚悟はもうできてる。


《許さない。私はお前を許さない》


 私も許さない。許されるはずがない。だから、私も責め続ける。責めを受け、責め続け、たとえこの大罪が赦されなくとも。私はあなたを責め続ける。


「クロエ、今日のご飯は鯖にしようか。クロエの大好きな鯖の塩焼き。クロエを撫でてたら、なんか食べたくなってきちゃった」

「鯖、食べる」

「確かジャスさんが、王都に美味しい食堂があるって教えてくれてたっけ。今日の夜ご飯、そこで食べようか」

「行こ」


 何も知らないハルは、私の背中を撫でてくれる。毛並みを整えるように、毛の流れに逆らわないように、一定の方向、強さ、速さで。


「く、クロエ? そんなに強張って、大丈夫?」

「……ん。大丈夫」

「もっと撫でる?」

「撫でて」

「フフッ。今日はよく撫でさせてくれるなぁ。もふもふ」


 この笑顔を守りたい。


 きっと出来る。きっと、やり遂げられる。罪を背負っても、罰を受けても、私の過去は変わらない。だから、私は今から未来を変える。

 私ならきっと出来る。


 私は《夜は黒き始期の幻影》。闇夜、深き黒の深夜を司る魔物なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ