018 圧倒
《紅蓮に染まる世界》アリオン=サヴ=ケール。大陸西部、レガリア帝国から参戦した騎士。世界でも指折りの剣豪であり、レガリア帝国の騎士団の騎士団長を務める人物。
携えるのは魔剣ブラッド。今大会注目の優勝候補の一人であり、そのチームも過去の戦いで上位に上り詰めるほどの強者揃い。
「クロエ、ちょっと待った」
「まだ私は大丈夫」
「クロエのことじゃなくて……。とにかく今やめないと、もう頭撫でてあげないからね」
「――!? わかった。もうやめる」
僕は無理やりにクロエを制止した。それが彼女にとって――いや、アリオンにとって良いことなのは一目瞭然なのだから……。
「予選第三ブロック、なんと無名で初参戦のハルチームが優勝です!!」
アリオンはもう既に倒れていた。それはもう、可哀想なほどに叩きのめされて。
事の顛末はこうだ。
まず魔剣を携えたアリオンとクロエが対峙した。その気配を読み取ったのか、クロエはアリオンがかなり強いと判断。
最初はよかった。アリオンの先制攻撃から始まり、魔剣の能力か定かではないが、不思議な力を駆使してクロエを圧倒。クロエも形勢的に厳しく、一歩間違えたら大怪我を負うほどに追い込まれていた。
だが、ついつい僕がクロエに向かって「クロエ、頑張って!」などと応援の言葉とともに回復をかけてしまったせいで、やる気に火のついたクロエにより形勢逆転。
そこからはもう、一騎討ちとは思い難い程の一方的な暴力だった。勢いづいたクロエに気圧され、アリオンはなすすべも無く敗北。
武闘派すぎて一向に気づかないクロエによるオーバーキルを、僕が止めた形となった。
「それではこれで、第三ブロックの戦闘が終了となりました。勝者チームは今開いた門へと向かってください」
敗者チームのメンバーたちは、軒並み気を失っていた。何人かは意識を取り戻していたが、それでも怪我が酷く立ち直れる状況ではなさそうだ。
医療班とみられる白装束の人々がフィールドに入ってきて、倒れている選手へと数人ずつ駆け寄っていく。
そんな様子を尻目に、僕とクロエは勝者用の門へと向かっていった。
「にしてもクロエはやっぱり強いね……」
「そ、そんなでもない……よ。相手が弱かっただけ」
「謙遜するほどじゃないよ。僕はクロエが心強いと思ってる」
「……」
顔を真っ赤に染めるクロエが可愛いと思いながら、第三ブロックは僕たちの勝利で幕を閉じたのだった。
――そして、その翌日。
「おっ。クロエ、これ見てみて」
「……?」
「昨日の予選の結果が出たみたいだよ! ほらここ、ロティルさんたちも勝ち上がってる」
「ふしゅー。あいつきらい」
「ハハッ、わかってるよ。でももしかしたら、僕たち戦うかもね」
「もっかい叩きのめす」
やけに敵愾心の高いクロエは置いておいて。
僕たちは宿に届いた新聞を、朝食を食べながら読んでいた。その中身は昨日行われた予選の結果発表。朝刊に大々的に取り上げてあった。
四面を埋め尽くす、躍動感あふれる写真の数々。びっしりと書かれている文字は流石に読む気は失せるけれど、その中に僕たちの名前とクロエの写真があったのでそこを読んでみた。
「『無名の新星、脅威の快進撃』だって。」
『今大会優勝候補の一人、《紅蓮に染まる世界》アリオン選手さえも圧倒した期待の新人、クロエ選手。彼女のチームのリーダーはハル選手。二人で構成される第十二チームは、歴戦の三チームさえもいとも簡単に倒してしまった。その姿まさに轟雷の如く。優しさがなければ死人が出ていたほどに、その一撃は強烈で痛烈なものだった』と、見出しに加えて文が書いてあった。
「嬉しいね、こんなに書いてもらって」
なにせ予選で二十四チームが脱落したわけだ。残った八チームの中に僕たちが入っているとなると、俄然嬉しく感じられる。
「二回戦はいつだっけ」
「明日」
「フフフッ。そうかぁ、明日が楽しみだなぁ」
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
時を同じくして、ハルが旅立った後の村にて。
柵に留まった白い鳥が首から下げる鞄から、レイアが三束の丸めた紙の束を取り出し、代わりに銀貨を三枚鞄に入れた。
そしてレイアは二束を脇に挟み、残り一束を広げて熱心に読み始めた。
「あ、あったあった。これだ」
そして彼女が入っていったのは、村出入り口の近くにある広場。丸太でできた椅子に、何人かの村人が座って団欒をしていた。その中には、ゼノンやソニアもいた。
「みんな、新聞届いたよ」
「そ、それでどうだった?」
興味津々な様子で聞いてくるソニア。対してレイアは満面の笑みを浮かべて、新聞を広げた。
「ここここ! 載ってるよ、二人とも!」
新聞の一面に載った写真を見て、一同は歓喜に飛び上がる。
「やった!」
「一回戦突破。更に注目選手に載るなんて、やるな!」
「この調子この調子!」
それほどまでに、村の全員がハルの試合の結果を待ち望んでいたのだ。
試合終了からおよそ一日。村中を満たした一回戦突破を喜ぶ声は、山に木霊し空へと消えていった。