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010 正体

「私の名前は、クロエ・リーズヴェイル」


 黒髪の彼女――クロエは、そう答えた。

 光沢を帯びる、黒曜石のような漆黒の麗しい長髪。柔らかさと鋭さを併せ持つ、水色の瞳。身長は百六十センチ程。黒いシャツの上には黄色いラインが入った灰色の革製ジャケット、そして短めの鈍色のチェックスカート。

 スカートの下から覗くスラッとした脚。その肌は白く美しい。

 そして彼女の最大の特徴である、頭の猫耳。スカートの上から出ている長い尻尾。

 間違いなかった。僕が助けた、黒猫だった。


「暴れて、ごめんなさい」


 清涼感がありながら可愛げもあるその声。可愛い寄りの美貌も併せ、まさに美少女と言える。


 ここは村の一番奥にある役所。僕が村長の家だと思っていたところはやはり役所で、ここに村人全員が避難できるようになっていたようだ。


 ……そして僕はと言うと。

 現在、クロエに抱き寄せられていた。

 後ろからは腕を回され、抱くように背中に密着してくる。

 身長差が十センチ程あるので、まるで仲のいい姉妹のようだった。と、後にレイアさんが語ってくれた。


「いやいや、お嬢さん。そんなに気を病む必要はない。貴女は儂らの村を助けてくれた、恩人じゃ。何も責めたりはせんよ」


 村人たちの中で唯一感情不動の好々爺、村長さんが優しい声で彼女を励ます。

 だがクロエの表情は、何処か思い詰めているようだった。


「どうしたの?」


 と僕が聞いてみる。興味本位みたいなものだったが、まさか彼女の口からそんな事実が飛び出してくるとは思うまい。


「――実は、あの傀儡の魔物を呼び寄せていたのは私」


 これには村人たちも、口をあんぐりと開けて困惑せざるを得なかった。

 クロエは無意識に、抱き締める腕に力を入れる。後頭部辺りに何か柔らかい感触があり気になるが、無理矢理思考から排除した。


「私は、命を狙われてる。あの傀儡の魔物に。命からがらこの村に逃げてきて、死にそうになってた時ハルに助けてもらった。しかも二度も」


 曰く、彼女は何らかの理由であの人形を操る魔人に命を狙われているらしい。この村に、逃げ込んだのはいいものの、村ごとクロエを潰そうと軍勢を仕向けてきたんだとか。

 手負いなのはわかってて、しかもクロエに通常の回復薬は効かない。それを知った上での、追い込み作戦だったのだろう。

 でも、僕が治してしまった。二度目の治癒は僕の最大の力を無意識に注ぎ込んできたため疲労は凄かったが、お陰で彼女はヒト形態に変わることが出来た。


「ほうほう、なるほどな。状況は大まかに理解できたが……。要するにその所為で、俺たちの村は致命的な大打撃を負い、俺たちもハルも、命の危険に晒されたわけだ」

「ちょっとテッド、そんなに言わなくても――」

「いいや大事なことだ。そもそもこいつがいなければ、俺たちも被害を被ることはなかった。幾らこいつが撃退してくれたとは言えそれは最低限の自衛であり、こいつが呼び寄せた厄災なんだからそれくらいして当然じゃないのか?」


 厳しいテッドの指摘に、誰も何も言えなくなる。それは至極当然でごもっとものこと。

 でも、僕はそれが許せなかった。あくまで原因であるのはクロエでも、彼女も不可抗力だったのだから。

 それに、僕が死にかけた事自体はあまり気にしていない。というかそのお陰でこの力を持つことがわかったわけだし、こうしてクロエと出会うことも、この村で自分の力と目的を見つけることも出来た。


「……ごめんなさい」

「謝るだけか? 踏みにじられた俺たちの生活はどうなる、戻すのにいつまでかかる? お前の短絡的な行動が、全員を危険に晒し――」

「黙れ」


 怒り心頭のテッドの言葉を遮った、重く苦しい一言。それがまさか僕の口から出た言葉なんて、僕自身も想像できなかった。


「はぁ……。ハル、お前も死にかけたんだぞ? その力が無かったら今ごろどうなってたか――」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」


 辺りが静まりかえる。突然感情を剥き出しにした僕の叫びに、今度はテッドも怯み黙った。


「クロエが何か悪いことをしたの? クロエが意図してこの村を滅ぼそうとしたの? クロエは悪意があって僕たちを危険に巻き込んだの? 違うよね。クロエの怪我を見てない人たちは、何も分からないかもしれない。クロエは僕が助けに入らないと死んでた。彼女が一番、瀬戸際に居たんだよ。それを、可哀想な彼女を自己満に任せて責めるなんて、誰が出来るの?」


 思わずポロポロと涙が出てきてしまう。心の底からの、僕の叫び。クロエを救うため、クロエが背負う罪を軽くするため、僕は必死にそう訴えかけた。


「……ハルくんの言う通り、彼女の怪我は酷かった」


 声を上げてくれたのは、群衆の中にいたソニアさんだった。


「かなり深刻で、死の淵に立ってた。回復薬も効かなくて、ハルくんの力でしか治せない。後一歩遅れてたら、彼女は死んでたと思うよ」


 緊張感を孕んだその言葉が、最後の一撃となった。


「……わかった。お嬢さん、儂らは貴女を歓迎する」

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