第1話 村の片隅で
リィナが目を覚ましたのは,まだ太陽が山の向こうに隠れている頃だった。
小さな藁の寝床の上で体を起こし,窓からまだ暗い外に目をやる。
夜明け前の空気は冷たく,肺の奥まで染みるようだった。
「また,あの夢…」
夢の中で,あの丘に立ち,いつも”遠吠え”が聞こえた。
しかし,あの声が聞こえたのは,昨夜が初めてだった。
リィナは上着を羽織ると,そっと家を出た。
まだ誰も目覚めていない。家畜の小屋も静まり返っている。
リィナの足は,あの丘に向かおうとしていた。
「おーい,リィナ!」ふいに背後から声がした。
驚いて振り返ると,そこにはカイ・ロゥがいた。
弓を背に担ぎ,方には朝獲れのウサギをぶら下げている。
彼の顔はいつものような,ちょっと茶化すような笑みを浮かべていた。
リィナよりも3歳年上のカイは,この春16歳になり,成人の儀を迎えていた。
「また一人で森に入ろうとしてたな。おまえ,そんな細っこい身体で危ないだろ!」
「カイ…何でここに?」
「ん?なんとなく。おまえ,また夢を見たのか?『あの丘が呼んでる』って顔してるぞ」
リィナは驚いたように目を見開いた。
カイは,全部わかっているわけじゃない。でも,リィナのことをいつも気にして,見守っている。
「俺も一緒に行くよ。なんか,今日のおまえ,ちょっとやばそうだし」
リィナは一瞬ためらったが,やがて小さくうなずいた。
二人は足音を殺しながら,村を抜ける小道へと進んでいく。
森に入るころには,空は徐々に白み始め,鳥たちがさえずりを始めていた。
走っているわけではないのに,リィナの心臓は激しく脈打っていた。
何かが自分を待っている,そんな予感がどんどん強くなっていった。
息をするのが苦しく,カイの歩みを止めようと手を伸ばしたその時,
カイの足が急に止まった。
「な…んだ,あれ…」
カイが息をのむ。
リィナは苦しい息を吐きながら,一歩前に進む。
リィナが夢の中で立っていた丘の頂--
そこに,いた。
狼ような姿をした巨大な銀色の獣。