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プロローグ
風が泣いていた。
リィナ・エルンは,村の外れにある"禁じられた丘”の頂に立っていた。
森が炎に包まれ,大木が崩れ落ちた。
リィナの耳には,逃げ惑う動物たちの鳴き声が,森の悲鳴が聞こえてくる。
「だめ,助けないと」
しかし,リィナの前には赤い炎が立ちふさがる。
そのとき,遠くで遠吠えが聞こえた。
リィナは目を閉じ,心を澄ませる。
風の中に溶け込んだ声に,必死に耳を傾ける。
幼いころから,リィナには”声”が聞こえていた。
獣たちの心音。森の鼓動。小鳥たちのささやき。
誰にも聞こえない,けれど確かに存在する"声”。
風の中にその声を拾う。
それはリィナが母から受けついた力ーー『ヴェンタス』と呼ばれる禁忌の力だった。
『行くのか?』
風が耳の中に染み込み,頭の中に声が響く。
懐かしさに胸が締め付けられる。
大きな影が自分を包み込み,銀色の優しい瞳が自分を見下ろしている。
鋼色の毛皮を持つ獣の王。
古き時代,人と心を交わした神獣。
リィナは神獣の頬にそっと触れた。