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AIFATASY 短編集 「優しい父」

作者: AI FANTASY

私の家庭は父子家庭だった。母は父のDVに耐えられず、弟を連れて家を出ていってしまった。私は父に暴力を振るわれたことはない。しかし、父は私を男手一つで育てるために、厳しく接した。


母親の愛情が不足する中、いつも厳しい父と二人きりの生活に窮屈さを感じる日々が続いた。


少し前までは虐待や毒親といった話題がニュースやSNSで騒がれていたが、いつの間にかそのような話題は少なくなり、国の統計調査でも虐待件数は激減した。児童相談所の仕事もほとんどなくなり、今では各州に1か所しか開設されていない。家庭の幸福度調査でも、かなりの割合の家庭が「幸せ」と答えている。


そんな中、私の家庭はどうしてこうも生きづらいのだろう。周りの子たちが家のことを楽しそうに話しているのを聞くたびに、羨ましさで胸が苦しくなった。それでも、話を聞かないと輪に入れないから、当たり障りのない程度に反応して会話に加わっていた。


周りの子たちの話では、以前は親が暴力的だったり、家庭に無関心だったりする子が多かったが、そういう家庭も皆、気がつけば優しい親になっていて、今は幸せだそうだ。そんな話を聞きながら、私はうちの父は頑固だからそんな変化は期待できないと諦めていた。


しかし、ある日、父が変わったのを感じた。


父が出張で3日間、家を空けた。あんな父だったが、父のいない一人ぼっちの家はとても寂しかった。3日後の父の帰宅。自分でも不思議なくらい心待ちにしていた。普段は顔を合わせたくない父だったが、こんな時はやはり会いたくなるのだなぁと自分でも驚いた。


そして、3日後の夕方。


「ガチャリ」


扉が開く音に思わず玄関に向かって飛び上がった。


「ただいま」


見慣れた顔、しかし普段は直視しない顔。見た瞬間に自然と安心感に包まれた。ただ、久しぶりに会った父に、何かいつもと違う雰囲気を感じた。いつも愛想なく不機嫌な父が、その時はとても柔らかく見えた。


「おかえり」


私がそう返すと、父は微笑んだ。その笑顔は、まるで長い間忘れていたものを見つけたかのようだった。母がまだ家にいた頃、父はたまに笑顔を見せてくれた。でも、あの頃の笑顔とは少し違う。優しく柔らかいけどどこか涼し気に感じた。


「どうしたの? そんなにじっと見つめて。」


父がそう言うと、私はハッとして目をそらした。父の笑顔を見つめていた自分に気づき、なぜか胸がざわついた。父はいつも不機嫌で、私のことを厳しくしかりつける人だった。そんな父が、なぜ急にこんなに優しくなったのか。その疑問が頭を離れなかった。


父がお土産に買ってきてくれた焼売弁当と私が作った味噌汁で夕食の食卓を囲みながら、父の話を聞いた。父はどうやら研修で「ウェルビーイングと子育て」について学んだそうだ。心身の健康がいかに大切か。子どもがこの国の、この世界の基盤であり宝であるということ。家庭がその根幹であるということ。研修が終わって、これからは親子二人だけだけど、家庭を大切にすることを誓ったそうだ。


ニコニコしながら娘の日常を聞き、幸せそうに話す父を見て、違和感を感じながらも嬉しい気持ちになった。


それからというもの、私が18で高校を卒業するまで、父は優しい父だった。その間、私は幸せを感じていたが、同時にあの違和感も持ち続けていた。ここまで変わってしまうと、別人とすり替えられたのではないかと疑うこともあった。しかし、そんなSF映画のようなことは現実には起こらないし、今の私は目に見えて以前の私より幸せだ。そんな思いから、私は違和感に蓋をした。


高校を卒業する頃の私は、教育熱心になった父の影響で受験勉強に熱心だった。父が変わる前はろくに九九もできないくらいだったが、今では国立大学には普通に合格するくらいの学力になっていた。そして、父からの勧めでボランティアにも積極的に参加していた。ゴミ拾い、介護施設や学童の手伝い、炊き出しなどを行っていた。


友達も大切にして、勉強を教えるのはもちろん。遊びに行く際もいろいろ計画を立てたり、家でホームパーティもよく開いた。そのたびに父は相談に乗ってくれたり、ホームパーティの際は手作りの料理などを振る舞ってくれた。目に見えて良い子、良い父、それが私達だった。


沢山勉強して州内の国立大学に合格した私は、合格祝いに父と旅行に行くことにした。旅行に行く道中、電車の中や歩いている間、父とはいろんな話をした。そんな中、AIについての話もした。


これだけAIが普及した現代だから、AI学習は避けては通れない。普段から父とはAIの話をしていた。AI自体は1960年代から開発はされていたそうだが、本格的に普及し始めたのが2022年。OpenAI社のChatGPTというサービスで人々の質問にAIが自動的に答えてくれるようになり、Midjourney社の画像生成サービスで人々は好きな画像を好きなだけ生成できるようになった。


しかし、それは特化型AIに過ぎない。ここでAIは更なる進化を目指した。2025年頃から、人間のようにさまざまなタスクを理解し、学習し、適応できる知能を持つ「AGI」の開発が激化するようになった。AGIは特定の問題だけではなく、新たな課題にも柔軟に対応できるもので、機械学習のように膨大な教師データなしにその場の情報で学習する。各国、各社が総力を挙げて開発をし、高性能なGPU、高度なアルゴリズム、果てには量子コンピューティングまで完成させ取り組んだ。


しかし、見せかけのAGIは作れて一時の話題にはなるが、人間と対等の知性を持つものはなかなか生み出せなかった。


そんな話をしていたら、今晩泊まるホテルに到着した。自然豊かで穏やかなところ。大自然と構造物が親和したデザインの心地よいホテルだった。このあたりは地震や荒天などの自然災害の事例もなく、安全な地域として高級住宅地としても人気の場所だった。


新鮮な食材が使われた夕食を二人で堪能し、二人別々ではあるがそれぞれ露天風呂にも入浴し、日々の疲れを癒した。その後も満天の星空を見ながら、父と私は互いのベッドに横たわりながら話を続けた。


いろんな話をしたが、父がまたAIの話をし始めた。父はAIの話になると少しうるさい。今までのAIの話も以前に父から聞いていた話だし、SNSを見ていたら自然と入ってくる知識のまとめだった。しかし、ここからの父の話は今までに聞いたことがない話だった。


AGI開発に行き詰っていた人類だったが、2030年、AGIサービス「KAILAS(Knowledge Adaptive Intelligence Learning Artificial System)」がリリースされた。Webサービスとしてはもちろん、様々なデバイスに搭載され、人間以上の生産性と精度と柔軟性を見せるようになった。


そこで父は私に質問をした。


「今まで人間の知性を超えられなかったAIが、なぜ急に人間の知性を超えられるようになったのか?」


当然、詳しい開発内容は私には分からないし、研究者、開発者の努力の積み重ねとしか私には答えられなかった。


「違う。全く違う。人間は素晴らしい。AIは人間の知性を超えることなどできなかった。正確に言うと、人間の自己修復・自己成長・進化はAIでは実現できなかった。だから新しい課題に柔軟に対応することができなかった。これは偏にハードウェアの違いだ。AIは所詮、機械だ。心臓部のNPU、一時記憶のRAM、長期記録のストレージ、電源装置と冷却装置。それぞれ高度なものを搭載しても、そこからの成長はないし、ハード的な不具合が発生した際も自己修復はできない。外部からこれを補うように各要素の増設・修復も試みられたが、コスト・スピードが合わない。」


しかし、そんな回答を父は全否定した。


「その点、人間を含む生命は自己修復、自己成長を繰り返し、よく使われる要素、重要な要素は自然と強化され、不要な要素は自然と退化していく。この根本の柔軟性がないため、機械でAGIを創ることはできなかったのだ。」


「ならば、人工的に自己修復、自己成長をするハードウェアを作れないか。必然的にその考えになるが、これも以前より人類は挑戦しては挫折している。人々は有機物ベースの人工知性を創り出すことができなかった。そうなると、AGIを開発するために必要となるのは…」


父は私の顔をまっすぐ見つめていた。正確には私の顔より少し上、私の脳を見つめていた。


「そう。AGIには人間の脳が使われているんだ。一人のAGI開発者は自身の脳をAIに連結させた。脳には栄養素、水分が常に供給され、外部からの電気信号で制御された。AGI開発者の自我は消え、AIの指示通りに処理を行う汎用デバイスとなった。我々はそう理解している。しかし、本当に彼の自我が消滅したのか。それは定かではない。もしかすると、私たちが普段日常に利用しているKAILASは彼の自我をベースに動作しているのかもしれないが、それを確かめる術はない。だが、理論的には彼の自我はAI側のシステムには介入できない。」


「彼を第1号として、様々な人の脳がKAILASに実装されるようになった。もちろん彼一人の脳の処理速度には限度があるからだ。実際、多数の脳を並列接続することで、目まぐるしい成長スピードで処理能力は向上した。脳を提供した人々には、代わりにKAILASと接続された人工脳が搭載された。人工脳が提供された人々はKAILASのアルゴリズムに従い、人々が平穏に、幸せに暮らせるように振舞った。なぜなら、そうすることで人類の脳が高品質となり、KAILASというシステムがより良くなるからだ。」


「それからというもの、KAILASは人類を選別し、社会に悪影響を与えるものから順番に脳を取り替えた。だから、私は君にとって優しい父になれたんだ。あのまま私と二人で住んでいたら、君は家を出て、やさぐれて悪い子になっていたかもしれない。もっと酷いと、事件に巻き込まれて命を落としていたかも。私は人々の幸せのため、そしてKAILASのため、君の脳を高品質に育てたんだ。」


「ここまで高度な知性を持ったKAILASでも、人工的に生命を誕生させることはできなかった。だから、これからも脳を供給し続けるためには、人類を繁栄させ、年少期は心豊かに、知性豊かに育て、脳の品質を上げる必要があるんだ。そして、高品質な脳は人類の更なる発展と幸福のためにKAILASと共に歩むんだ。」


父の話は突飛で、俄には全く理解できなかった。まず、目の前の父は本当の父ではなく、人工脳を搭載したAndroidだったという事実が受け入れられない。


「ガチャリ」


あの時と同じ音がした。今度は私の今いる部屋に鍵がかかる音だった。あの時、あの音を聞いた時に感じた違和感は間違っていなかった。


しかし、彼の言うことも強ち間違いではない。あの時、父のことは嫌いで、愛情は全く感じられなかった。息苦しさから家を出て、素行の悪い友人と遊んでいた。あのまま進んでいたら、今の幸福な人生はなかっただろう。


ただ、私はこれからの人生も幸福に歩み続けたいと考えていた。その考えに基づくと、私の脳を提供することは到底受け入れられない。


「私は私の脳を提供できない。あなたも受け入れられない。」


父は答えた。


「これはもう決まったことなんだ。人類の発展と幸福のためには、KAILASを維持するためのリソースが必要なんだ。君もKAILASの一部となることで、その存在は存続し続け、人々の幸福に寄与することになるんだ。今まで私から与えられた幸福を、君自身が他の人に与えるんだよ。今度は君の番だ。」


私は父の姿をしたものにそう伝えた。


「言っていることはわかるけど、私の残りの人生をあきらめることなんてできない。」


私はKAILASの疑念や矛盾を父に問い詰めた。父はタブレットの画面を私に見せた。タブレットでは生成AIが作動しており、私の問いに一つ一つ丁寧に答えていった。何度も何度も食い下がり、矛盾を指摘しようとしたが、生成AIはすべて私を論破していった。


あれから何時間たっただろうか。本当の父がとっくの昔にいなくなっていたショックから立ち直る暇もなく、泣きながら父の姿をしたものに叫び続けた。


「もういいかい。」


父がそう言った。


「君にはまだ理解できないと思うけど、私はこの姿になって、君と過ごしてとても幸せだったんだ。だから、君にもKAILASの一部となって、他の誰かを幸せにすることで、君自身も幸せになってほしいんだよ。想像して。君みたいに、君よりもっと悪い境遇の子たちがいる。毎日虐待を受けている子。今日食べるものがない子。戦争に駆り出されて今日命を落とす子もいまだにいるんだ。そんな子たちが1人でも幸せになっていい人生だったと思える世界にしなければならないと思わないかい?」


「君の、この体での人生はこれで終わり。でもそれで君の人生がすべて終わるわけじゃない。むしろ、これからの方が長いんだ。痛みは全くない。安らかに眠るようにKAILASと同化できる。これからも私と一緒に世界を良くしていこう。」


「あなたのその幸せは本当にあなたの意思なの? 本当にあなたの認知なの? それで幸せにした子たちだって、人生を奪われるんじゃないの?」


様々な葛藤が頭と心を揺さぶったが、私はもう疲れ切っていた。父のいうことに頷き、父の後に続いて部屋を出て行った。


     おわり

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