表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

熊とコーラ

 ほとんど起伏がないのに300mほどの道のりが遠く感じた。大きく右に迂回していくと、目的の粟谷小屋が視界に入る。茶色を基調とした二階建ての可愛らしい山小屋だった。僕の存在に気が付いたのか、建物の中から30代くらいの長身の男性が姿を現わす。僕に歩み寄ってきた。


「ご予約の方でしょうか?」


 僕は首を横に振った。


「いえ違います。実は、飲み物を頂きたくて……」


「飲み物ですか? コーラとか……」


 男性の言葉を遮るようにして即答する。


「コーラをください」


「あっ、はい。ただ、冷えていなくて」


「全然、構いません。兎に角、甘いものが欲しくて」


「分かりました。どうぞこちらへ」


 玄関に通される。建物の奥に消えた男性を待っている間、熊のことを考えていた。出発前は、熊の危険性について心配していた。ところが、これまでの道のりで熊の気配は全く感じられない。はたして熊はいるのだろうか? 建物の奥から男性が戻ってくる。500ml入りのペットボトルのコーラを手渡された。


「ありがとうございます……あの、」


「何でしょうか?」


「表の椅子で、休憩させてもらっても宜しいでしょうか?」


「ええ、どうぞ。トイレを利用されるのなら、こちらに」


「はい、ありがとうございます」


「僕は今から水源地の見回りに行くので、ここを離れますが、ゆっくりとしていってください」


「はい、ありがとうございます」


「では」


 立ち去ろうと僕に会釈をする男性を引き留める。


「あの……」


「はい、何でしょうか?」


「お聞きしたいことがあって、この辺りに熊は出るのでしょうか?」


 男性が首を傾げた。


「熊ですか……ここで仕事をするようになって5年になりますが、僕は見たことがありません。この辺りは、熊の生息地としては適していないんじゃないかな……」


「ああ、なるほど。標高が高すぎるんですかね?」


「ん~、良くは分かりませんが、そんなもんでしょう」


 僕は男性に頭を下げる。


「時間を取らせました」


 男性が笑顔を見せた。


「じゃ、ゆっくりとしていってください」


「ありがとうございます」


 立ち去っていく男性を見送りながら、熊の脅威がないことにホッとした。ズボンのサイドポケットに入っている自作の熊スプレーは余計な荷物だったことになる。ただ、熊が居ないわけではない。注意は必要だ。もう少し熊の情報が欲しいと思った。背中のナップザックを肩から外す。そのまま崩れるようにして椅子に座り込んだ。手にしているペットボトルの栓を回す。かぶりつた。


 ……ああ、甘い。


 コーラを口にするなんて、いつ以来だろう。コーラが冷えていないとか関係なかった。刺激的なその甘さにウットリする。ただ水分摂取のコントロールは出来ていたので、喉が渇いていたわけではない。500ml全てを飲み切るのは少し多かったが、この甘さがこれからの活動エネルギーに転換されると自分に言い聞かせて一気に飲み干した。炭酸の膨張によって、お腹が膨れあがる。喉の奥から込み上げてきた。


「ゲップ!」


 コーラを飲み干してしまうと、何だか体から力が抜けた。大きなため息をつく。目の前のテーブルに手を置いて、頭を下げた。そのまま崩れ落ちる。意識が無くなった。


 目が覚めた。少し肌寒い。仮眠を取ったことで意識がはっきりした。スマホを取り出して時刻を見る。13時半。10分ほど寝ただけだった。短時間であっても睡眠の効果は絶大。コーラを補給したことと相まって、体の中から力が漲ってくるようだった。当初の見積もりでは、14時に日出ヶ岳に登頂できるつもりだったが、それはもう叶わない。残り3.5km。もっと休憩しても良かったのだが、先を急ぎたい。立ち上がった。


 ……ビキ。


 太腿の筋肉が固まっていた。肉を引き剝がすような抵抗を感じる。ただ、歩けないわけではなかった。フルマラソンで30kmの壁にぶち当たった後の、残り10kmの方がもっと大変だったことを思い出す。あの時は、足を引き摺りながらゴールした。砂利道の林道を引き返し、登山道にもどる。階段の一段目に足をのせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ