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雨の予報

 カラッと晴れ上がった昼過ぎ、仕事から帰ってきた僕は自宅の前にスーパーカブを停める。今日明日と雨が降ることはないが、愛車にバイクカバーをかけた。20年来の付き合いになるこの相棒は、定期的にメンテナンスをしているけれど僕と同じように所々にガタがきていた。今年はクラッチ板の交換やキャブレターの洗浄など大掛かりな整備を行ってきたので走りは安定している。ところが、跨って体重を乗せるとギシギシと軋み音が聞こえた。将来的には古くなったサスペンションを始めとして交換を考えているが、まだ乗れるので後回しにしている。バイクカバーは、せめてもの愛情だ。


 玄関を開けて家に入ると、嫁さんがやってきた。


「帰ってくるのを待ってたのよ」


 襟付きの白いシャツに、若草色のカーディガンを着ている。普段とは違う余所行きの格好だった。


「どうしたん? そんな格好して」


「参観日だったの。それよりタイムズカー予約しているから、今から買い物に行くよ」


「え~、もう行くの? ゆっくりしたい」


「パパは助手席で寝ていたらいいから。はい、これ持って」


 嫁さんからコストコの買い物バッグを手渡される。二人して近くのタイムズカーがある駐車場に向かった。自家用車を手放してからもう5年ほどになる。車を時間借り出来るタイムズカーが家の近所に次々と増えていったお陰で、とても便利になった。僕は助手席に乗り込み、直ぐにシートを倒す。ハンドルを握った嫁さんはアクセルを踏んだ。車が走り出す。


 嫁さんと僕とは生活のリズムが違う。実家の稼業だったクリーニング業を引継いだ義弟のもとで、嫁さんは仕事をしている。昼前に出勤して帰ってくるのは夜中だった。休日は木曜日。対して、中央卸売市場で働いている僕は、日が昇る前に出勤して昼過ぎに帰ってくる。休日は日曜日と水曜日。普段の生活は、嫁さんと僕はすれ違い。嫁さんの休日に合わせて行う一週間分の買い物は、嫁さんと僕が協力し合える大切なイベントだった。そんな大切な時間なのに虚ろ虚ろと眠りかけている僕に、嫁さんが話しかけてきた。


「ダイチがチームリーダーになって作ったゲームが、コンテストの最終審査に残ったんだって」


 倒していたシートから首をもたげて嫁さんを見る。


「そうなん。凄いやん」


「パパに送ったライン見た?」


「えーと、プログラミングコンテストがどうとかっていう、チラシみたいなやつ?」


「あのチラシも宣伝用にダイチが作ったそうよ」


「へー、あんなチラシも作れるんや……」


「良く出来ていたよね」


 高校生活の後半を不登校で通した長男だったが、嫁さんの努力のおかげで高校を卒業することができ、更には大学にも進学することができた。元々数学が得意だった長男は情報系の学部に入学して、ゲームを製作するクラブに入ったそうだ。長男は僕を避けているので、長男の活動については嫁さんから教えてもらっている。


「不登校の時はどうなるのかと思っていたけど、大したもんやな」


「前にも話したけど、学校の問題も含めてパパ一人が悪者になることでダイチは大学に行けているのよ」


「意味があったんかな?」


「意味があるのよ」


「そうか。良かった」


 長男との関係は修復の兆しが見えていないが、嫁さんの言葉には正直助けられている。シートに深くもたれかかりまた目をつぶった。


「それより、パパ」


「な、なに?」


 嫁さんの口調がなんだか強い。また頭をもたげた。


「アマゾンでまた買い物をしたでしょう。それもいくつも……」


「ああ、今度大台ヶ原に行くときに必要なものをチョコチョコと……」


「使いすぎは注意してよね」


 今回の登山の為にアマゾンで買い物したものは3点。LEDヘッドライト、雨よけザックカバー、ガソリンの携行缶。今回の登山の計画では、どれも必要なものになる。


「登山用のレインウェアは、ワークマンで買ってん。しかも、自分のお小遣いで」


 お小遣いの部分を少し強調して言ってみた。嫁さんはハンドルを握りながら、ため息をつく。


「それで、いつ行くの?」


「今週の連休にでもと考えていたけど、無理になってん」


「どうして?」


「自治会長に頼まれて、秋祭りの準備に駆り出されることになったから」


「それは仕方がないね」


「だから、11月になってすぐの連休に行くことにする」


「どんなスケジュールなの?」


「二泊三日。最初の一泊目はまた野宿する。二泊目は山の上の宿屋に泊まる」


「一泊に、幾らかかるの?」


「大部屋で1万円」


「もう、お小遣い無いんでしょう?」


「う~ん、そうやな」


「宿泊代と少しだけお小遣いを渡すけど、使いすぎには注意してよね」


 嫁さんに向かって体を起こすと、ワザとらしく深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「うん、もー」


 我が家では、家計の管理は嫁さんに任している。僕は、息子たちと同じように嫁さんからお小遣いをもらっていた。お小遣いでは賄いきれないときアマゾンで買い物をするのだが、使いすぎると怒られる。贅沢をしたいとは思わないのだが、今回のように大きな行動を起こすときは、どうしても必要なものを買ってしまう。


「今度の登山は、二週間先の予報では雨みたいやねん」


「大丈夫なの?」


「大変だとは思うけど、雨登山を楽しみにしている僕もいるんだな」


 これは本心だった。登山に関しての知識がない僕はネットで調べていくうちに、レインウェアが登山において必需品だということを知る。山の天気は変わりやすい。雨が降って体が濡れてからでは遅いのだ。ただ、このレインウェアも、雨さえ防げれば良いのかというとそうではない。透湿性といって、体から発散される汗を効果的に外に逃がすことが出来ないと、結局のところ汗で衣服が濡れてしまう。登山専用のレインウェアーは、この透湿性が優れていた。有名なところではゴアテックス素材を使ったものがある。ただ、価格は数万円からで、お小遣いの僕では高すぎる。そこでコスパの良いワークマンのレインウェアを購入したのだ。売り文句を信じるのであれば、登山専用のレインウェアに匹敵する透湿性を備えていた。


「調子の良いこと言っているけど、大丈夫なの?」


「大丈夫。大丈夫。ただ、レインウェアを用意したのに使わないのもなー。折角ならその効果のほどを試してみたい」


「はい、はい、無事に帰ってきてくださいね」


 シートにもたれかかり目をつぶる。嫁さんとの会話で、眠気は去ってしまった。当日の旅程について思いを巡らせてみる。準備は整った。若干、走り込み不足を感じていたが、今更どうにもできない。行くしかないのだ。雨対策は済ませている。あと気になるのは熊対策だ。熊の出没情報がネットで上がっていた。もし、出てきたらどうすればよいのだろう。まだ時間はある。ネットで調べてみようと思った。

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