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もう一度大台ヶ原へ

 日の出を見るために日出ヶ岳に登り、距離にして7.55kmの東大台コースを歩いた。大台ヶ原のビジターセンターに帰ってきたのが朝の9時ごろ。そのまま帰るのがもったいなくて、西大台のコースにも挑戦した。距離にして9.35km。合計17.3kmを歩き終えた時には、体力的なピークを越えていた。しかも膝と足首が痛い。これほどまでに間接にダメージを受けるとは思ってもみなかった。時間は14時すぎ。空を見上げると朝方は快晴だった空が、急に掻き曇ってきた。駐車場に停めていたスーパーカブまで足を引きずりながら近寄っていく。


 ――ポツリ。


 大粒の雨粒が僕の顔を打ち付けた。それを合図にして滝のように雨が降り始める。カッパを広げてサイドバックが濡れないように被せると、近くの上北山村物産店に逃げ込んだ。今朝はここでパンを買ったが、今は温かいものが欲しい。併設される食堂でうどんを注文した。うどんが用意されるまで、セルフの水を頂くことにする。コップに注いで一息に飲み干した。


「美味いな」


 思わず感嘆の声を上げた。ここ大台ヶ原は屋久島と並んで日本で最も雨の多い地域の一つになる。その大台ヶ原の水だからなのか、とても透き通っていた。そんな僕に厨房にいるおばさんが笑顔を見せる。


「美味しいでしょう。自慢の水なのよ。いくらでも飲んでよね」


「ええ、ありがとうございます」


「お客さんは何処を回て来たの?」


「東大台と西大台を回ってきました」


「二つとも、それは大変だったでしょう。大台ヶ原は初めて?」


「ええ、初めて来ました。とっても素晴らしいところですね。とくに大蛇嵓は圧巻でした」


「でしょう。また来てくださいね」


「ええ、きっと来ると思います」


 おばさんから注文したうどんを受け取り、テーブルに着いた。箸を持ちうどんを啜る。疲れた身体に、温かいうどんが身に染みた。栄養素の一つ一つが、体に吸収されていくのが分かるような気がする。今回、東と西の二つの大台ヶ原コースを歩いてみたが、一つだけ納得がいかないことがあった。それは、山を登ったという実感が希薄なことだった。起伏にとんだコースであったことは間違いない。特に東大台に比べて西大台は、谷に降りていくという性質から、後半の急登は山登りそのものだった。しかし、そもそものスタート地点の標高が1,573mなのだ。スーパーカブで僕はほとんどの登山を終えてしまっている。奈良県の観光業として手軽に大台ヶ原の景勝地を巡れるというのは価値があるが、僕が求めているのもはそこにない。


 実は、前々から気になっていたコースがあった。それは三重県の大杉谷から渓谷に沿って登っていき大台ヶ原の最高峰である日出ヶ岳に至る登山コースである。標高294mの大杉渓谷登山口から標高1,695mの日出ヶ岳までの道のりは16km。その登山道には、シシ渕と呼ばれる秘境を始めとして7本の滝と9本の吊橋があり黒部峡谷・清津峡とともに日本三大渓谷の一つに数えられていた。


 このコースを走破する場合、ネットで紹介されているプランは大きく二つある。大杉渓谷登山口から大台ヶ原まで登山を行いビジターセンターからバスに乗って下山。もしくは大台ヶ原から大杉谷まで降りていきバスに乗って帰宅。どちらにせよ、渓谷にある山小屋で一泊するのが標準的なプランのようだった。ところがこのプランだと、スーパーカブで行くことが出来ない。スタート地点とゴール地点が違うからだ。もしスーパーカブで行くとなると往復する必要がある。


 色々と調べていると世の中には猛者がいるもので、一日で往復している人がいた。ただ、このプランは現実的ではない。今回の登山で僕の体力がまだまだ足りていないことを痛感させられたこともあるが、仮に一日で往復が出来たとしても、スーパーカブで大阪に帰る余裕が無くなってしまうからだ。19時ごろに大杉谷に帰ってきたとして、大杉谷から大阪までスーパーカブで5時間はかかるので、帰宅は夜中の24時になる。これでは次の日に出勤ができない。


 そこで僕なりに考えた計画は、前日に大杉谷に入り野宿。目が覚めたら日の出とともに出発して往復登山を行うが、大台ヶ原の山小屋で一泊するのだ。この二泊三日の旅程であれば、山登りを完遂できるような気がした。今回の消化不良の山登りも、この計画を実行に移せば納得が出来ると思う。


 食事が終わり、少し仮眠した。食堂の客は僕一人だけ。目が覚めると土砂降りの雨は止んでいて、雲の切れ間から青空が見え始めていた。サイドバックに掛けていた雨合羽を羽織り、スーパーカブのキーを差し込む。キックペダルを踏みこむとエンジンがかかった。時刻は昼の15時。今から帰ると、夜の20時ごろには大阪に帰れそうだ。アクセルを回す。スーパーカブが走り出した。風が僕の頬を撫でる。雨が降った後の大台ヶ原の空気は、とても透き通っていた。

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