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大台ヶ原に行ってくる

 酷暑が続く9月の初旬、栗の入荷が始まった。仕入れ先に小山という栗担当の男がいる。実は小山と僕は同期の桜で、若い頃は小山が在籍する会社で一緒に仕事をしていた間柄だった。12年間お世話になったその会社を辞めて独立したが、商才のなかった僕は結局のところ店を畳んでしまう。職を転々としたあと、再び中央卸売市場に戻ってきた。現在は、昔世話になった会社から商品を購入している。栗の商談を終えた僕は、ふと思い出して、足を少し引きずりながら帰っていこうとする小山の背中に声を掛けた。


「なあ小山、大台ヶ原に行ったことがある?」


 小山が立ち止まり、振り返る。


「あるよ。何度もあるよ。ええ所やで」


 嬉しそうに小山が戻ってきた。小山という男の趣味はバイクでのツーリングで、詳しくは知らないがHONDAの大型バイクで各地に遠征している。足を引きずっているのは、過去に起こしたバイクでの転倒事故の後遺症だった。死にかけたにも関わらず、この男は全然懲りていない。スピードの魅力に取りつかれたジャンキーだった。


「俺のカブやったら、上り坂は登らんやろうな~」


「そうやな~、1速まで落とさなあかんのとちゃう」


「今月、連休があるから、行ってこようかなって……」


「ええんちゃう」


「大台ヶ原って、東大台と西大台と二つの登山コースがあるやろう。初日は東大台を回って、次の日は西大台を回ろうと思ってんねんけど」


「どこで寝るんや?」


「大台ヶ原やったら、どこでも野宿できるやろう」


「あかんで。あの辺りはキャンプどころか、自炊も禁止や」


「えっ! そうなん」


「それに大台ヶ原に行くんやったら、日出ヶ岳で日の出を見るのがええ」


「日の出か……悪くないな」


 小山の「日の出」という言葉が、僕の心を引っかいた。僕も見てみたい。当初の予定では、大台ヶ原の登山口にあるビジターセンター周辺で野宿をするつもりだった。でも、禁止されているのなら予定を変更せざるを得ない。それなら小山が言うように、日出ヶ岳で日の出を見るプランがとても魅力的に感じた。


 大台ヶ原というのは、奈良県の山奥で三重県との県境にある。標高1695mの日出ヶ岳を中心にして原生林に覆われた周辺の山々を総称して大台ヶ原と呼ばれていた。年間の降水量が屋久島と並ぶほどに多く、本州では最も雨が多い地域になる。小山が僕に問いかけた。


「いつ行くねん?」


「来週か再来週の連休で行こうかな~て思ってる」


「ふ~ん。俺も行こうかな。明日にでも」


「明日か……」


 明日は平日の水曜日で、中央卸売市場は市場休だった。仕事を早めに切り上げて出発すれば、スピードが遅い僕のスーパーカブでも夕方には奈良の吉野の辺りを通過することが出来るだろう。大台ヶ原に向かう国道168号線の横には吉野川が流れており、上流には幾つものダムがある。ダムの周辺なら野宿がしやすい。なるべく大台ヶ原に近づけば、日出ヶ岳で日の出を見るタイミングが調整しやすくなる。


 そこまでイメージした瞬間、俄然行きたくなった。連休と言わず、明日行きたい。どうしても行きたい。スマホを取り出してラインを開く。嫁さんにメッセージを送った。


 ――今晩、出かける。大台ヶ原に行ってくる。

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